作品タイトル不明
32-15 討伐
軍議から2日経った日の昼過ぎ、北東に陣取った軍勢から蛮族の広い集落に向かって大量の矢が降り注ぎ、続いて騎士たちが叫び声を上げて突撃していく。アルはその様子を上空から眺めていた。蛮族の集落の南でも同様に軍勢が侵入を始めているようで、微かに蛮族の騒ぐ声が聞こえてくる。彼らは完全に不意をつかれたようで、慌てふためき逃げまどっていた。
“ゴブリンメイジ5体、起点から西に52~54メートル、南に106~108メートル、高さマイナス3メートル”
“了解”
アルは 知覚強化(センソリーブースト) 呪文や 魔法感知(センスマジック) 呪文を駆使して得た情報にグリィからの情報を合わせてパーカー伯爵の側にいる連絡要員に伝えた。連絡要員は緊張した様子で返事をしてきた。しばらくすると、後方に控えた弓部隊から上空で見るとまるで一つの黒い塊にみえる程の大量の矢が弧を描いて発射され、ゴブリンメイジたちが居たあたりに降り注いだ。矢はその周辺にいたゴブリンたちも巻き添えにして突き刺さる。矢の雨が止んだ後、 魔法感知(センスマジック) 呪文での反応は消え、立っているゴブリンはいなくなった。アルが指定した場所と実際に矢が飛来した範囲の中心とはおよそ10メートルはなれてしまっているが、それでも矢の降り注ぐ範囲が広いので効果は十分だ。
“殲滅確認。誤差、西に7、北に7”
“了解です。やった!”
アルが伝えると安堵と喜びの声が聞こえてくる。たった1日しか訓練をしていないのにこれほどの精度でこの距離を攻撃できるなんてすごいのではないだろうか。
“順調ね。このまま何の問題も起こらなければいいんだけど……”
グリィの声にアルは軽く頷き、再び周囲を見回し始めた。
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セオドア王子との会談の2日後の軍議で決まった作戦は、蛮族集落に対して北東の隅からパーカー伯爵家騎士団、南東の隅からセオドア王子率いるシルヴェスター王国第2騎士団が侵攻するというものだった。
パーカー伯爵家騎士団は馬を使わずに弓を使うという弓兵が部隊の半数近くを占めるという特殊な構成であり、強固な全身金属鎧を身に纏った騎士の数は少ない。ただし、パーカー伯爵家騎士団の誇る弓兵の射程はおよそ200メートル、特に闘技を使わなくとも1分間に10本近くの矢を放つことができるらしい。それを聞いてアルは以前、エリックやレビ会頭を救出しに行った時にユージン子爵の砦に居た弓使いを思いだした。それが数百人居ると考えれば極めて強力である。ただし、その弓兵を有効に運用するには、その目標を的確に指示する必要があるようで、一番力を発揮するのは城壁など高い所から敵に対して攻撃するという拠点防衛戦であるということだった。
それらの特性を踏まえ、パーカー伯爵家側の部隊は軍勢を騎士部隊と弓部隊の2つに分けることになった。騎士部隊はフェルディナンド男爵率いるパーカー伯爵家の騎士たちを中心に東セネット子爵家騎士団(ナレシュ指揮、ゾラ卿率いる魔法使いたちも含む)、シプリー子爵家騎士団(ギュスターブ指揮)から構成されて蛮族と直接対峙する。パーカー伯爵率いる主力の弓兵はその後ろを進み弓を使って蛮族を殲滅する。アルは数人のパーカー伯爵家の魔法使いと共に騎士部隊の上空から弓部隊に効果的な攻撃先、主に上位種のいる場所の位置、方向と距離を念話で伝える役割を担う事になったのである。
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“ゴブリンスローター討伐確認。誤差西に4、南に2。もうすぐゴブリンハイシャーマンの居た神殿が見えてくる。注意されたし”
“了解です”
アルの念話に少し落ち着いてきた様子の連絡要員が答えた。ゴブリンシャーマンすら実力はよくわからないのに、さらにその上位種となるとどんな力を持っているのか全くわからない。このまま順調に弓兵部隊の射程範囲内まで近づくことができればいいのだが。祈るような気持ちで弓兵部隊の移動を遠くから見守る。弓兵部隊自体移動に慣れていないこともあるが、接近戦に弱く、移動先に生き残りの蛮族が居ないことを確認する必要もあるので時間がかかるのだ。
“えっ? 前方で広範囲に魔法の反応がでたわ”
グリィの声にそちらを見る。半径100メートルほどに渡って青白い魔法の反応が出ていた。集団に対して効果のある強化呪文だろうか。それにしても広い。その効果範囲とこちらの騎士部隊の接する所々で人間の悲鳴が上がりはじめた。
何が起こっているのかとアルは 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文を使って 知覚強化(センソリーブースト) 呪文の望遠を調整する。ホブゴブリンだ。それも見える範囲全てがホブゴブリンで、今まで居たはずのゴブリンの姿は全て消えていた。そしてどのホブゴブリンからも 魔法感知(センスマジック) の反応がある。ホブゴブリンたちは狂気じみた雰囲気で前衛である騎士部隊に向かって襲い掛かり始めた。前線から遠いところにいたホブゴブリンもどんどんと押し寄せつつある。
“ きっと(キット) 聖戦(ホーリーウォー) だ(ダ) 。 かっこいい(カッコイイ) ”
コーリンが呟く。
「 聖戦(ホーリーウォー) ? 何それ?」
“ 前の(マエノ) 持ち主(モチヌシ) 憧れてた(アコガレテタ) 呪文(ジュモン) 。 使うと(ツカウト) 死ぬまで(シヌマデ) 戦う(タタカウ) 。 同族(ドウゾク) 上位種(ジョウイシュ) なる(ナル) ”
コーリンがいう前の持ち主というのは以前の所有者、上級ラミアの事か。 聖戦(ホーリーウォー) という呪文で範囲内のゴブリンが全て上位種であるホブゴブリンに進化した? そんな呪文があるのか。 聖(ホーリー) とはどういうことだ? 蛮族が信仰していても、神は神ということか。しかしこの呪文を使ったのは誰だろう。ゴブリンハイシャーマンか? 神殿ではなく前線に出てきていたのか。
「呪文はどれぐらい効果があるんだ? 切れたらどうなる?」
“ 3時間(サンジカン) 。 呪文(ジュモン) きれたら(キレタラ) 半分(ハンブン) 死ぬ(シヌ) 。 残り(ノコリ) ごぶりん(ゴブリン) 戻る(モドル) ”
いくら騎士部隊だとしても3時間耐えるのはとても無理だろう。
「使った相手はどこにいるかな?」
“魔法の反応のあるホブゴブリンが多すぎてよくわからないわ。呪文が発動した中心あたりでしょうけど、もっと上からなら見えるかもしれない。弓部隊に狙って欲しいけど風もあるし少し遠いかも”
アルは最前線を見た。見渡す限りのホブゴブリン。騎士はなんとか互角にホブゴブリンと戦えているようだが、傍に仕える従士たちの大半にとっては厳しい相手のようで防戦一方となっている。これほど多くのホブゴブリン相手では 魔法の火花群(マジック スパークス) 呪文を使っても戦況はひっくり返せないだろう。頼みの弓部隊は移動を始めたばかりですぐに撃つのは難しいかもしれない。
“緊急連絡。相手のゴブリンが全部ホブゴブリンになった。大量のホブゴブリン相手に味方は苦戦中。原因は上位の蛮族が使った呪文だと思う。呪文を使ったのはさっきの起点から西に約210メートル、南に約70メートル、高さプラス5メートル、ただし術者は移動している恐れあり。僕は術者を倒しに行く”
“了解、閣下に伝えます”
術者を倒せば呪文は解除されるだろう。この状況を脱するにはそれしかない。そう考えたアルは、同行していた魔法使い数名にも状況を伝え、ホブゴブリンの大集団の中心の上空を目指した。ただし途中で 魔法解除(ディスペルマジック) されるのは怖いのでとりあえず高度50メートルほどを保つ。
“あれよ!”
視界に半透明ピンクの点が浮かぶ。居た。ゴブリンハイシャーマンと、その周囲にゴブリンシャーマンが3体。なにやら周りに指示をしていて、アルにはまだ気づいていない様子だ。彼らの身体はうっすらと青白く光っていた。何か強化呪文を使っているかもしれない。
「ゴブリンメイジはいないのか。それなら 魔法解除(ディスペルマジック) の恐れはない?」
“可能性は低そうだけど、絶対の保証はないわ。危険よ。弓兵に任せましょう”
アルは唇を噛みしめ、頭をガリガリと掻いた。後方をちらりと見る。そこではホブゴブリンたちに囲まれて必死に戦っている騎士たちの姿があった。その中には兄ギュスターブも居れば、ナレシュたちも居る。弓兵は移動をし始めた所だった。撃つまでには時間がかかる。
「大丈夫だよ」
『 素早い(クイック) 盾(シールド) 』
『 遅延(ディレイ) - 飛行(フライ) 呪文』
念のため、 盾(シールド) の枚数を足し、 遅延(ディレイ) 呪文に 飛行(フライ) 呪文を用意しておく。これである程度の攻撃呪文にも耐えられるし、 飛行(フライ) 呪文を一度 魔法解除(ディスペルマジック) されても大丈夫だ。効果時間の長い 盾(シールド) 呪文や 魔法抵抗(マジックレジスト) 呪文は作戦に入る前に用意済だ。
素直に30メートルまで近づいて 魔法の竜巻(マジックトルネード) を撃つか。効果範囲を狭めることによって距離を伸ばすという手もある。 長距離(ロングレンジ) 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文ならオプションを使わなくてもこの位置から届くだろう。だが、相手が何か防御のための呪文を使っている可能性は高い。 盾(シールド) 呪文だとすると本数は足りるだろうか。自分が知らないものがまだあるかもしれない。
アルは心を決めてゴブリンハイシャーマンに向かって飛んだ。相対距離30メートルまではあっという間だ。
『 魔法の竜巻(マジックトルネード) 』
これが一番確実だろう。アルの掌から青白い玉がまっすぐにゴブリンハイシャーマンに向かって飛ぶ。次の瞬間、白い光が渦を巻いて広がった。
「ギャギャギャギャウ!」
蛮族たちの悲鳴が聞こえた。ゴブリンハイシャーマンの周囲に居たゴブリンシャーマンやホブゴブリンたちは一斉になぎ倒される。
『 罰(パニッシュメント) 』
だが、光の渦の中から呪文が飛んできた。アルの身体を守る六角形の光が5枚立て続けに浮かんで消える。ゴブリンシャーマンやホブゴブリンに 魔法の竜巻(マジックトルネード) は有効だったが、ゴブリンハイシャーマンには効いていないようだ。ゴブリンハイシャーマンの使っている防御呪文は回数ではないのか。 力場の壁(フォースウォール) 呪文に近いのかもしれない。どうすれば倒せるのだろう。
光の渦が収まった。中心にゴブリンハイシャーマンが立ち、28メートル先の宙に浮かぶじっとアルを睨みつけている。
『 罰(パニッシュメント) 』
『 魔法解除(ディスペルマジック) 』
アルの身体を守る盾が5枚立て続けに浮かんで消えた。それと同時にゴブリンハイシャーマンの周囲でなにか膜のようなものが弾けた。ゴブリンハイシャーマンの顔に驚愕が浮かぶ。ゴブリンハイシャーマンの使っていた防御呪文は 魔法解除(ディスペルマジック) 出来た。ゴブリンハイシャーマンの身体からはもう青白い光は放たれていない。防御呪文は1つだけだったようだ。
失敗の可能性はもちろん有って、最悪、解除できなければ上空に逃げるしかないと思っていたが、賭けは成功だ。
『 聖防……(ディバインアー) 』
『 素早い(クイック) 魔法の矢(マジックミサイル) 』
ゴブリンハイシャーマンが呪文を唱え終えるよりアルの方が先だった。掌から飛んだ青白い光がゴブリンハイシャーマンの胸元に次々と突き立つ。ゴブリンハイシャーマンはその場で仰向けに崩れ落ちた。
「ギャウギャウギャウギャウ!!」
先程の 魔法の竜巻(マジックトルネード) 呪文の効果から外れていた周囲のホブゴブリンたちが泣きそうな声を上げながら胸を掻きむしる。しゃがみ込んで脱力した様子でゴブリンに戻っていくもの、身体の一部分がホブゴブリンのままでゴブリンに戻り切れずにそのまま倒れるもの、その場で口や目などから血を噴き出して倒れていくもの、その様子は様々だ。
“アリュ、やった。倒したわ!”