作品タイトル不明
32-13 訪問者
魔道具の話をした翌日、アルが大規模蛮族集落の偵察を終えて帰ってくると、空から見るチャニング村の雰囲気が変わっていた。村の皆がなにか緊張した顔で慌ただしく走り回っているのだ。
“なにかあったの?”
アルは父ネルソンに急いで念話をつなぐ。
“アルフレッド! やっと帰って来た。お前に会いに王子様が来てるんだ。急いで屋敷にきてくれ”
父の返事はかなり慌てた様子だった。王子様というのはきっとセオドア王子殿下のことだろう。到着は数日後ではなかったのか? それも川の向こう側、鉱石積み出し用の港の近くの野営地に陣を敷くはずでチャニング村に来る予定ではなかったはずだ。アルも少し混乱気味でとりあえず屋敷に急ぐ。
屋敷の前には立派な馬車が1台、馬が5頭繋がれていた。馬車も馬も見おぼえがあった。予想したとおりセオドア王子殿下のものだ。 魔法発見(ディテクトマジック) には屋敷の食堂あたりにいつもは存在しない呪文の反応が4つあった。何らかの呪文を使っている人間が4人居るらしい。これはセオドア王子殿下だけでもなさそうだ。急いで屋敷の裏側に着陸すると、帰り道で狩って 運搬(キャリアー) の円盤に載せていた巨大なワイルドボアをいつも解体場にしている台の上にとりあえず載せる。
「ただいま戻りました」
大声で叫ぶと、メアリーが裏口から飛び出してきた。
「アルっ 王子様が!」
メアリーもかなり慌てている。アルはわかったと手を上げて、裏口から屋敷の中に入る。炊事場を抜けた先の廊下には小柄な女性騎士、ベロニカ卿とローブを着た魔法使いらしき人物が立っていて周囲に目を配っていた。ベロニカ卿というのは以前に警備ゴーレムと模擬戦もしたことのある王子配下の警備役の騎士だ。アルが会釈すると彼女も礼を返して扉をノックする。
「アルフレッド殿が戻られました」
「おお、すぐに入って……」「入るようにと伝えくださいませ」
父の声とそれにかぶせるようにいつもより高いルーシーの声がした。アルは会釈して中に入る。それほど広くはない食堂に、セオドア王子、ビンセント子爵、スタンレー・ソープが座っていた。その対面に、あたふたして落ち着かない様子の父ネルソンと、極度に緊張している様子のルーシーが座っている。入って来たアルに揃って助けを求めるような視線を送って来た。
「お待たせしました」
アルが軽くお辞儀をすると、セオドア王子は上機嫌な様子でにやにやと笑みを浮かべながらアルに話しかけてきた。
「おお、元気にしていたか。今、丁度お前の親父さんに今回のそなたの対応について聞かせてもらってた所だ。ひと月ほどずっと手伝ってくれてたらしいな。ありがとよ。むこうの生活はどうだ? パトリシア女王陛下にとてもかわいがってもらっていると聞いたぞ」
「あはは。いや、えっと、それは……」
どう答えれば良いのか。アルは慌てて王子の左右に座っているビンセント子爵やスタンレーの様子を見た。彼らはにこやかに面白そうなものを見ている顔をしている。雰囲気からすると嫌味などではない感じだ。
「は、はい……。まぁ、そうですね」
照れた様子で頭を掻く。そのアルの反応をみてセオドア王子は楽しそうに手で自分の膝を叩いた。
「わははっ、順調そうで何よりだ。子供ができたら祝いを送るから必ず連絡をするのだぞ。父親殿経由でもいいからな」
ちょっと気が早い気もするのだが、否定もできない。
「ありがとうございます。それと、今回の叙爵の件ありがとうございました」
「うむ、お前さんやお前さんの祖父の実績だ。胸を張ればいい。お前さんに継ぐ気はないかもしれねぇが、実家の事だ。今回みてぇに十分に支援をするようにな」
そう言ってセオドア王子はにやりと笑う。言葉通りの意図と考えて問題ないのだろう。はいと答えて深々と頭を下げる。
「殿下、そろそろ話をさせてください」
待ちきれない様子でスタンレーが口を挟む。
「ん? いやいや、まぁ、ちょっと待て」
そう言って、セオドア王子はビンセント子爵に何やら目配せをした。ビンセント子爵は軽く頭を下げた。
「シプリー子爵閣下、御息女様、いろいろとお話をありがとうございました。我々はアルフレッド殿と少しお話を」
「え? えっと……?」
ビンセント子爵の言葉の意味がよくわからなかったネルソンはすぐ横で立ち上がったルーシーに脇腹をつつかれて、慌てて立ち上がる。
「はい。お言葉ありがとうございました」
ルーシーは丁寧にお辞儀をした。ネルソンも慌ててそれを倣う。セオドア王子は鷹揚に頷き返す。そのままネルソンとルーシーは部屋を出て行った。
「では早速……」
スタンレーが何か喋ろうとしたが、それをセオドア王子は手で制する。
「急ぐな。その前に、確認しておきたいことが2つある。まずはカサーバとかいう芋の事だ。ゴブリンが栽培していたらしいが毒があるというのは本当か?」
「はい」
アルは頷く。 植物(ボタニカル) 百科事典(エンサイクロペディア) に載っていた話だ。間違いはあるまい。
「それはどこから得た情報だ? 領都で植物に詳しい者に調べさせたのだが、このカサーバという芋についての情報はまるでなかった。このあたりの特産なのかと思い、そなたの父にも聞いたが、そなたの父はそなたから名前も含めて初めて聞いたと言っていた」
「それは……」
セオドア王子は微笑んでいるが、眼がきらりと光った気がした。そうか、アルははっと気がついた。ゴーレム 百科事典(エンサイクロペディア) 、魔道具 百科事典(エンサイクロペディア) Ⅰ、アシスタント 百科事典(エンサイクロペディア) どれも載っている情報というのは極めて高度であり、これらの知識は財産でもある。ということは、 植物(ボタニカル) 百科事典(エンサイクロペディア) に書かれている内容というのも同じように価値があるものなのかもしれない。そういえばパトリシアも大事そうに読んでいたではないか。簡単に話してはいけない情報だったのかもしれない。それなのに栽培方法までパーカー伯爵を通じて話をしてしまった。
「我が家に仕えていたモリスという僕の狩りの師匠から聞いたんです。パーカー伯爵に伝えた以上の事は判りません。彼はこのあたりに出没する蛮族や魔獣にとても詳しかったのですが、かなり前に亡くなってしまいました」
話してしまった事はもう仕方ない。だが、 植物(ボタニカル) 百科事典(エンサイクロペディア) の存在については秘匿しておくことにしよう。そう思ってアルはモリスから聞いたことにした。 植物(ボタニカル) 百科事典(エンサイクロペディア) について話をしてしまうと見せて欲しい、或いは対価を出すので売って欲しい、複製が欲しいという事になりかねない。だが、研究塔に残るテンペストの遺産やゴーレム 百科事典(エンサイクロペディア) 、魔道具 百科事典(エンサイクロペディア) Ⅰといった貴重なものを2人の共通の財産だからと自由に使わせてくれているパトリシアの厚意を思うとそのような事は安易には出来ない。
「そうか……。栽培はかなり簡単そうだし、毒を中和する方法があれば救荒作物として使えると思ったが、判らないのなら仕方ねぇな。こっちでももうちょっと調べさせることにしよう。アルフレッドの方でももし何か判ったら教えてくれ」
セオドア王子はすこし残念そうに話した。アルも頷く。もちろん人々を救うために使えるのなら隠すべきではない。パトリシアとも相談できるだろう。
「あと、もう一つ、 動物(アニマル) 変身(トランスフォーメーション) 呪文の話だ。バネッサ殿から話を聞いた」
蛮族が 動物(アニマル) 変身(トランスフォーメーション) 呪文を使って人間世界に潜入しているかもしれないという話はセオドア王子にも情報は行ったのか。バネッサ・ソープ伯爵には一応、パトリシアと話をした後に相談には行ったが、シルヴェスター王国内でどのような扱いにするのかは彼女の判断にゆだねることにしていた。
「はい。以前テンペストの魔導士が他の人間に化けて事件を起こしていたのでそれが可能なのは知っていましたが、蛮族までその知恵があったのは驚きました」
「国境都市パーカー付近で村長かなにかに化けて騒ぎを起こしたやつだな」
アルの説明に王子は頷いた。そのことも知っているらしい。
「とりあえず 動物(アニマル) 変身(トランスフォーメーション) 呪文で他の人間に変身できるという話はしばらく秘密で頼む。シルヴェスター王国内では近衛騎士団や衛兵隊の一部など要所にだけ情報を流し、それと並行して魔法使いギルドが呪文の書の回収や習得状況の調査を行っている。テンペスト王国ともある程度足並みをそろえたいと考えているとパトリシア陛下には伝えておいてくれ」
下手に情報を公開すると人間同士の間で相互不信を生みかねない案件だ。セオドア王子の依頼にアルは頷いた。
「よし、じゃぁ、スタンレー、話していいぞ」
我慢していた様子のスタンレーが嬉しそうに目を見開いて頷く。
「以前、おっしゃられていた 浮遊眼(フローティングアイ) 呪文と 記録再生(レコード&プレイ) 呪文を組み合わせて使えるようになりました。ある程度オプションも使えたのですが、アルフレッド様から助言が欲しいのです。見て頂けますか?」