作品タイトル不明
32-12 とりあえず
ひと月ほどが経ったある日の夜、アルはチャニング村のテーブルで夕食後のお茶を楽しんでいた。同じテーブルには兄ジャスパー、姉のルーシー、妹のメアリー、オーソンの他、父ネルソンが久しぶりにチャニング村に戻って来ていた。パーカー伯爵家騎士団、そしてセオドア王子率いる援軍は既にオーティスの街近郊にまで到着し、ミュリエル川を遡って数日後には鉄鉱山に近い鉱石積み出し用の港に到着予定という連絡が来ていたし、マーローの街で食糧などの物資の調整をしていたギュスターブも父に遅れて明日の夜にはここに到着する予定であった。
村から大規模集落に近いところまでの地図や道(辛うじて馬が進める程度のもの)の確保、拠点となる港の近くでの野営地の整備は既に終了しており、シプリー子爵家としての準備はとりあえず大丈夫そうな状況である。
「アルフレッド、ここでずっと手伝ってくれているが、大丈夫なのか? もちろんこっちとしてはありがたいが、今日出発するときにパメラが気にしててな。テンペスト王国での仕事もあるだろうし、パトリシア様も寂しがっておられるんじゃないかってな」
ネルソンはそう言って頭を掻く。アルは軽く微笑んで首を振る。
「大丈夫だよ。手伝いといっても数日に1回とかのペースだったもの。合間を見て向こうに帰ったり、他の作業とかもいろいろとしていたよ」
それに帰らなかった日でも、大抵パトリシアとは寝る前に契りの指輪をつかって念話で会話をしているしねとアルは付け足しかけて止めた。またルーシーやメアリーに冷やかされてしまう。
テンペスト王国の王都まで馬や馬車で行こうとすれば片道で10日以上はかかるだろう。その先入観があってアルが帰っていないと考えているのだろうが、アルなら 飛行(フライ) 呪文で飛んでも5時間ほどで行けてしまうのである。実際、何回かはテンペストの王城や研究塔とは往復していたし、パトリシアと相談してカサーバの試験栽培すら始めていた。
「そうなのか? まぁ、それならいいが……」
「ところで父さん、最近いろんな魔道具が作れるようになってね。初歩的なもので、まだまだ蛮族に対する根本的な解決にはなってないんだけどさ。とりあえずの対策として試してもらおうと思うんだ」
アルはそう言って、足元に置いていた革袋から腕輪を9つ取り出した。バングルと呼ばれる巾2センチほどの金属製のもので、鈍く銀色に輝いている。以前テンペスト王国の騎士団に提供したものと基本的にデザインは同じだが、腕の太い騎士用ではなく、ルーシーやメアリーのように腕が細い者が装着していて不自然ではないように少し小さめになっている。
「 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文が使える腕輪、 飛行(フライ) 呪文が使える腕輪、そして、 運搬(キャリアー) 呪文が使える腕輪が3つずつある。今回みたいな事件が起こった時に使って欲しい」
そう言いながら、アルは家族が座るテーブルの上にそれらを並べた。驚いた様子で皆、それを眺めている。
「さわってもいい?」
メアリーが目を輝かせてアルに尋ねた。
「いいよ、でも1つ約束をしてほしい。きっとこれらを多く使うのはギュスターブ兄さんやオーソン、そしてメアリーになるだろう。でも、この魔道具があるからといって無理をしないでほしいんだ。そのあたりの判断はちゃんとできるよね」
以前にも古代遺跡で手に入れて、使って欲しいとチャニング村に持ち込んだ魔道具はあった。だが、それらは光の魔道具や水の魔道具など主に生活が楽になるような魔道具であり、今回のように蛮族の被害に対して直接役に立つ魔道具ではなかった。というのもそれにはアルなりの理由があった。探索向きの魔道具を渡すことによって、今までより危険な事をするようになるのではないかという恐れを持っていたからである。
だが、実際に今回のような事件が起こって色々と考えさせられた。これらの魔道具を使えば、何かできるだろう。特に空からの捜索などができれば、遠くまで連れていかれる前に救いだすことができるかもしれない。もちろんこの間ギュスターブに無理な救出行動について怒られたばかりではある。だが、アルが気になるのはメアリーの安全についてであった。
昔、チャニング村の周囲を警戒して回るのはアルの仕事だった。仕事といっても、大人から命令されたものではない。祖父と狩りの師匠であったモリスが亡くなった後、村の周囲に蛮族が来ていないか、自主的に、そして自分なりに見回っていただけであった。そして、アルが中級学校に進学した後、アルの後ろを真似して歩いていたメアリーがいつの間にかその仕事を継いでいた。アルも何度かメアリーを危険だからと止めたのだが、アル自身も同じような事をしていたので強くは言えず、今では彼女の行動は村の安全確保になくてはならない存在となり黙認されてしまっている。
悩んだ結果、アルはこれらを作って渡すことにした。ギュスターブやオーソンは経験豊富だし、一番年下のメアリーもきちんと正しく判断し、使ってくれるだろう。それの方が今よりは安全ではないだろうか。
「うん、もちろんだよ」
ネルソンやジャスパーは不安そうにしているが、メアリーは微笑みしっかり頷いた。正解かどうかは判らないが、きっとこれが正しい。メアリーや他の自警団が頑張ってくれている間に、そして致命的な問題が起こる前に、古代遺跡を巡ってきちんとした蛮族に対する対策を必ず見つけるのだ。自分にそう言い聞かせてアルは魔道具の説明を始めた。
まずはこれらを使うために魔道具の装着の際に必要な秘密の 合言葉(コマンドワード) の説明、 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文は目標を決めて 合言葉(コマンドワード) を唱えるとその中心に向かって飛ぶ事、有効射程は30メートルで飛ぶのは1本だけで金属鎧や分厚い毛皮を持つ熊や魔獣には効かない事、 飛行(フライ) 呪文の効果時間は1時間で、効果時間が切れる前に地面に下りておくこと(一応5分前には魔道具が震えて通知してくれるがそれはあくまで念のためでしかなく自分で管理してほしい)、飛行中、魔法が使える相手に近づくと、 飛行(フライ) 呪文が解除される恐れがあるので注意する事、 運搬(キャリアー) 呪文については8時間の効果時間で30キログラムの重さが運べる籠が出現して後ろをついてくる事などだ。
アルの説明に5人は真剣な顔をして聞いていた。アルが自分で使う呪文より効果が小さいのはアルが今現在持っている技術で魔道具を作った場合、熟練度が1扱いとなってしまうのでどうしようもなかった。ちなみに 運搬(キャリアー) 呪文で現れるのが円盤でなく籠にしたのは、それのほうが使い勝手がいいかなと考えて呪文の初期パラメータを変更して作成したのである。
「それと、注意してほしいのは、魔道具を自慢したりしないで欲しい事かな。特に飛行の魔道具はあまり出回っていないものなので、高値で売れる可能性がある。今までチャニング村に僕らが知らない人はあまり来なかったけど、最近はそうでもなくなってきた。油断していると盗もうとする悪いやつが出てくるかもしれないんだ。だからそう言った事も注意して欲しい」
以前、辺境都市レスターで聞いた時には飛行の魔道具は100金貨を越えると聞いた記憶がある。あくまで公式の販売価格であり、買い取り価格となるとそれほどでもないと思うが、それでもかなりの価値があるだろう。注意しておいてもらったほうがよい。
「あとは、これ」
そう言って、アルは腕輪に続いて袋から幅30センチ、奥行きと高さは10センチほどの木箱を出した。
「魔道具? なんだ?」
「僕宛てに手紙を送るのに使える魔道具だよ。この箱の中に手紙を入れて蓋を閉じると僕が見る事の出来る場所にその手紙が送られるんだ。と言っても、あまり期待はしないで。その場所はチャニング家でいうとこの食堂のテーブルの上みたいなところなので、僕もずっとその場所を見ているわけじゃない。用事でしばらく出かけている事があるかもしれない。でも、今回みたいな事件が起こった時に、一応連絡する方法があれば良いかなと思ってさ」
これは実は 移送(トランスポート) 呪文の仕組みを使った魔道具であった。最近ようやく熟練度が上がり、3つ目の倉庫区画が指定できるようになったので色々と試し、その結果として機能に制限がある(袋や容器の口を通るものしか入れることができない)とはいえ一応、マジックバッグと言えるものを作れるようになった。これはその応用であった。
ただ、 移送(トランスポート) 呪文の事や、マジックバッグが作れるという事はまだ秘密にしておきたいので、手紙を送る魔道具だと説明したのである。そしてこの倉庫区画には特別な仕掛けがあった。アルが別に持つマジックバッグとその倉庫区画のペアと倉庫区画が重複するようにして作ってあるのだ。
この事件をきっかけに通信手段が確保できないかと考えた時、最初アルが思いついたのは丁度このタイミングで作れるようになったこのマジックバッグの仕組みを利用して、倉庫区画1つに対してそれに出し入れする袋が2つに出来ないかという事だった。それなら倉庫区画を中継地点として手紙のやり取りができるようになる。物のやりとりや場合によっては人の移動にまで使える可能性がある試みであった。
だが、色々と試したものの、結局倉庫区画として場所は共有されていても、出し入れする袋側に伝わる倉庫区画の中身の一覧に表示されるものはその袋を通じて出し入れしたものだけに過ぎなかった。その試みは挫折したのである。
ただし、アルの場合はその倉庫区画が共有されていれば、以前の北の倉庫区画を調査したのと同様に 浮遊眼(フローティングアイ) 呪文を使って実際にその倉庫区画に入っているものを見る、すなわち送られて来た手紙の有無ぐらいは遠隔で確認できるということでこの手紙を送るのに使える魔道具が誕生したのであった。実際の中身を見るためにはこの倉庫区画用に整備した死の川の上流の拠点にまで行く手間が必要ではあるが、それについては今回の件で併せて作ったアルの手持ちの死の川上流の拠点用のマジックバッグを使い、誰かに収納してもらえば可能であった。
「へぇ、なるほどな。これを使えればアルフレッドに簡単に手紙を送ることができるようになるのか。母さんが喜びそうだ。逆は無理なのか?」
逆? つまりはアルから手紙を送るということだろうか。このひと月の間に死の川上流以外にも、鉄鉱山に作った砦に確保した自分の部屋と、テンペスト王城の隠し通路にある部屋、研究塔のアルの部屋も倉庫区画として設定し、それに対応するマジックバッグも作成したので、これらを使えば、誰かに収納してもらうことによって倉庫区画と定義した砦の自分の部屋まで移動することは可能になっている。その中から 手紙送信(センドメイルボックス) 呪文を使えば、ここに手紙を送ることは可能だろう。
「試しはしてないけどできなくはなさそう……かな。その場合は、このテーブルの上に手紙を送るよ」
母はそれほど手紙を書く人だっただろうか。あまりたくさん来ると返事を書くのが大変だなと少し思いつつ、アルはそう答えたのだった。