作品タイトル不明
32-11 討伐計画
翌々日の昼、アルと兄ギュスターブを乗せた馬車は国境都市パーカーに到着した。アル自身はついていくのを嫌がったのだが、アルも一度挨拶をして礼を述べておくべきだと言われて、仕方なくついてきたのである。都市の門では衛兵たちが馬車に描かれたシプリー子爵家の紋章に気付いて緊張した顔で近寄って来た。アルは知った顔だったので、馬車の窓からにこやかに手を振る。衛兵は少し驚いた様子で、アルに慌てて敬礼した。
「シプリー子爵家の馬車とお見受けいたします」
衛兵の口上に護衛として馬車の前を馬で走っていたオービルが馬から降り、衛兵とやり取りしている。来訪については事前に連絡をしていたらしい。子爵家ともなると大変だなぁとアルは落ち着かない気持ちでキョロキョロしていたがギュスターブは平然としていた。
「このまま、領主館に着けて良いそうです。パーカー伯爵閣下とレビ男爵閣下は既にお待ちだとか」
オービルが馬車の外からそう告げた。ギュスターブが判ったと答えると、馬車はゆっくりと動き出す。
「レビ男爵?」
レビ男爵とは誰だろう。レビ会頭と同じ名前だが……。
「レビ商会のレビ男爵だ。アルフレッドは親しいのだろう? 彼はストラウドの反乱の際、国境都市パーカーの防衛戦の功績が認められて男爵に任じられ、今ではパーカー伯爵領の内政担当者の一人として辣腕を振るっておられる。お会いするたびに、アルフレッドには恩があるのですと色々と便宜を図ってくれていて、いつも助かっている。お前からも礼を言っておいてくれ」
「へぇー、そうなんだ」
アルは意外に思った。騎士ではなく、商人が貴族になる事もあるのか。根っからの商人なのかと思っていたがそうでもなかったようだ。
「彼の娘は東セネット子爵閣下の婚約者だそうだ。叙爵は丁度よかったんじゃないか?」
ルエラの事か。言われてみればそうかもしれない。あのままではナレシュと結婚するのに誰かの養女にしなければならなかった可能性もある。新興とは言え、男爵家の娘であればまだ体裁も整う。
「ついたぞ」
考えているうちに領主館に到着したようだ。馬から下りたオービルが敬礼をし、御者が馬車の扉を開ける。アルは何か落ち着かない気持ちのまま、ギュスターブに続いて馬車から降りたのだった。
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「アル君、久しぶりだ。先の戦いでは色々と世話になった」
「アル殿、御無沙汰しています。かの国での活躍も色々と伺っておりますよ」
アルとギュスターブが謁見の間に入っていくと、パーカー伯爵とレビ男爵(会頭)がそろって椅子から立ち上がり、アルに話しかけてきた。
「パーカー伯爵閣下、レビ男爵閣下、御無沙汰しております。こちらこそ色々とありがとうございます」
最初に話しかけられるべきなのは兄であるギュスターブではないのかと戸惑いつつ、アルは礼を返す。これ以上はどう言っていいのかよくわからない。ちらりとギュスターブを見ると、彼は軽く微笑んでいた。さも当然といった様子だ。アルの様子を見てパーカー伯爵が苦笑いを浮かべる。
「アル君……この呼び方で本当に良いか正直不安ではあるのだ。もし非礼だと思うなら今までの関係に免じてどう呼ぶべきか教えて欲しい。テンペスト王国での ゴーレム(マスターオブ) 頭(ゴーレム) としての立場は存じ上げている。だが、レビ男爵とは相談して、君はあまり形式的な事を喜ばないと聞いたのでな。このような話し方が良いかと判断したのだ」
長い間、国境都市パーカーの領主としてテンペスト王国からの使者と直接応対してきたパーカー伯爵も言葉選びに苦慮した様子だった。アルの感覚からするとお飾りでしかないのだが、女王即位の儀式では女王に王権を授ける役割であった ゴーレム(マスターオブ) 頭(ゴーレム) という役職は、シルヴェスター王国なら国王や王族の長老に準ずる立場の役職であると考えられるだろう。だが、自らの与力であるシプリー子爵家の3男という立場もある。さらにややこしくしているのは魔法使いギルドの特別顧問官という立場だ。おそらく前例などないだろう。色々と迷ったに違いない。
その点、レビ男爵は以前とあまり変わらない言葉遣いをしてくれていた。アルとしてはそれぐらいが心地よい。彼はそれをちゃんと弁えていてパーカー伯爵に今までと同じように友誼を保つにはあまり大仰な態度をとると逆効果だと助言したのだろう。その結果がこのような形か。
「もちろんアル君でよいですよ。それのほうが嬉しいです。伯爵への昇爵おめでとうございます」
アルは微笑みながら頷き、パーカー伯爵とレビ男爵に近づくと握手をした。パーカー伯爵はほっとした様子で優しくぎゅっとアルの手を握り返して来た。
「レビ男爵も叙爵おめでとうございます」
「いやいや、そちらもアル殿に世話になったおかげです」
レビ会頭はそう言ってアルの差し出す手を両手で持って押し戴くように握手をした。しばらく世間話をする。ずっとテンペスト王国に居たアルにとっては知らない事ばかりだ。
「ところで、シプリー子爵から連絡があったシプリー山地内で巨大なゴブリンの集落がみつかったという話について詳しく聞かせてもらえるか」
「はい。まずこちらをご覧ください」
ギュスターブが返事をし、横に立っていたオービルに合図をした。彼は抱えていた鞄からオリバー卿たちがまとめてくれたらしい巨大ゴブリンの集落と周囲の地形が描かれた簡単な地図、規模や構成などが書かれた羊皮紙をパーカー伯爵に手渡す。
「予想規模、ゴブリン2200体、ホブゴブリン100体、ゴブリンメイジ及びシャーマンらしき上位種40体、ゴブリンシャーマンの上位種1体、ゴブリンスローター数体、オーク30体、これほどか……」
「はい、アルフレッドが記録してきた映像があり、その映像から部下の者に見積もらせました。姿は確認できていませんがこれらの他にラミアなどが居る可能性もあります。とても当子爵家だけでは対処できず、ご相談に参りました」
羊皮紙を見ながらパーカー伯爵がレビ会頭と顔を見合わせる。
「アル君が記録したというその映像を見せてもらおう……、いや、おそらく担当してもらう事になる副騎士団長のフェルディナンド男爵にも見てもらった方が良いな」
部屋にいた衛兵の1人がお呼びしてまいりますと敬礼して部屋を出て行った。やってきたのはデュラン卿であった。彼も叙爵していたらしい。いつもデュラン卿と呼んでいて不思議には思っていなかったのだが、そうか、彼のフルネームはデュラン・フェルディナンドだった。どうしてデュラン卿と呼んでいたのか、今考えると不思議である。親しみを持って呼ばれていたのか、それともフェルディナンドが二人居たのか。とりあえず今、彼はフェルディナンド男爵と呼ばれているらしい。
「お久しぶりです」
「おお、ギュスターブとアル、いやギュスターブ殿とアル殿というべきか。久しぶりじゃの。2人とも元気にしておったか」
アルが挨拶すると、フェルディナンド男爵がにこやかに返事を返してきた。パーカー伯爵はアルとギュスターブがフェルディナンド男爵と顔見知りだと知ると、彼がレイン辺境伯家の取り潰しに際してレイン辺境伯騎士団が解体され、そのタイミングで設立されたパーカー伯爵家騎士団に副騎士団長として勧誘したのだと教えてくれた。以前からフェルディナンド男爵の評判を聞いていたらしい。
「そうなのですね。おめでとうございます」
「きわめて素晴らしい人事だと思います。パーカー伯爵閣下もよくご存じだ。フェルディナンド男爵が副騎士団長になると知っていたら、私も参加したかった」
ギュスターブが力強くこぶしを握る。同じ騎士団に所属していたギュスターブの感覚は正しいのだろう。
「いやいや、ギュスターブ殿にはシプリー子爵家があるではないか。儂の方はこの年で今更とはおもうがの。同僚の騎士連中が色々と煩くてな」
軽く微笑みながらフェルディナンド男爵は頷いた。なるほど、ギュスターブと同じように思った騎士は多く居たに違いない。言葉は悪いが、昇爵して騎士団の規模を増やさねばならないパーカー伯爵は彼を副騎士団長とすることで彼を慕う騎士たちをごっそり旧レイン辺境伯騎士団から引き抜いたのかもしれない。
「では映し出しますね」
フェルディナンド男爵が来たので、アルは大規模集落映像を映し出し始めた。パーカー伯爵たちは真剣にその映像を見て敵の戦力を測り始める。フェルディナンド男爵は以前にも使っていた魔道具でその映像を記録し始めた。アルを除く4人は色々と作戦などを話し合い、アルは要望に応じて映像を巻き戻したりして見終わるまでにはかなりの時間を要した。
「どうですか?」
「おおよそ見積もりの通りで間違いあるまい。しかし、これほどの規模とすると我らだけの手にも余るな。まだパーカー伯爵家の騎士団も成立して半年経っておらぬ。連携もまだまだ不安だという実態もある。また、森を焼くなどの方法も考えられるがあまりやりすぎると周囲に延焼する恐れもあるし、一時的な勝利ではなく、拠点の無力化を図るとなると我々だけではおそらく兵力が足りぬ。都市レインに居られるセオドア王子殿下の助力を願う必要があるだろう」
そうなのか……。出来るだけ早く討伐したいものだがとアルはすこしがっかりした。
「セオドア殿下は出兵してくださるでしょうか」
ギュスターブの問いにパーカー伯爵はもちろんと頷く。
「大丈夫だろう。これほどのゴブリンの勢力がかたまってすぐに北上してくるとは思えぬが、相手は蛮族だ。急にどうなるか誰にもわからぬ。この芋の話もあるし鉄鉱山の運用が安定するためにも積極的に対処して下さると思う。だが、少し時間はかかるだろう。早くて一ヶ月後ということになろうな。そのための交渉は私とフェルディナンド男爵で行うので、ギュスターブ殿はそれまでに現地までの詳細な地図を用意してくれるか。あとは騎士団が到着した際に駐留するための準備も頼みたい」
アルとギュスターブは頷いた。一応途中で見つけた蛮族集落は潰したので地図の作成はそれほど難しくないはずだ。鉄鉱山の最寄りの渡し場はかなり整備が進んでいるので、その近くでテントを張るための広い場所を整備すればよいだろう。後で手渡した芋が重要なのかどうかは全くわからない。
「了解しました。よろしくおねがいします」
2人は改めて深々とお辞儀をしたのだった。