軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-6 報告そして異変

南門を抜けると、そこは起伏に富んだ湿地帯で、アルにとっては大口トカゲ狩りなどをして毎日のように通う見慣れた土地であった。2mほどの高さの木々は雨期で芽吹いた緑が非常に鮮やかである。左手に見えるホールデン川は数日前まで続いていた豪雨の影響がまだ続いていて水量は多いままであった。すこし高い所に上って道の先を見ると先ほど見送った隊商の最後尾がある。

「ああ、よかった。それほど離れてない」

アルは呟いてふと横を見た。レダは膝に手をついて肩で息をしていた。まだそれほどの距離は走っていないはずであったが、彼女にはそうではなかったらしい。

「レダ様大丈夫? 呼吸を楽にする呪文、かけていい?」

アルの問いにレダは怪訝そうな顔をしつつも頷いた。

『 肉体強化(フィジカルブースト) 』 - 体力強化 接触付与

アルが肩に触れた瞬間、レダは驚いた顔をして彼を見た。

「今のは……、まさか 肉体強化(フィジカルブースト) 呪文? そのような呪文が使えるのですか?」

アルはにっこりとほほ笑んで頷く。

「筋力じゃなく体力を全体的に少しずつ。それほど強くないから違和感は出ないと思う。どう? 少しは楽になったでしょ」

レダは大きなショックを受けたようで顔を強張らせたまま少し頷く。

「がんばって。もうちょっとで追いつくから……」

そういってアルは再び走り始めた。レダは胸にいっぱい空気を吸い込む。おそらく呼吸が楽になったのだろうとアルはすこし安心した。

「はい」

彼女は素直にそう答えて、アルの後ろを走り始めた。今までの硬い口調とはすこし違う反応で、手足の動きも先程までと違って軽やかだった。2人は走って列の最後尾の同行している商人たちの馬車に追いついた。護衛を務める冒険者たちはレダを知っていたようで、2人に片手を上げて挨拶をしてくれた。レダも同じように返事を返しながら嬉しそうな表情を浮かべていた。アルも片手をあげて挨拶を返す。

商人たちの馬車を追い越すと、本隊である内政局及びエリックの馬車、そしてその周囲を守る衛兵隊が居た。衛兵隊を指揮している男は2人居て共に馬に乗っている。

「一番先頭にいるのが隊長のジョナス様。騎士爵だけど、 卿(・) って呼ぶと怒られるから注意してください」

レダが指し示したのは隊列の先頭で馬に乗っている男であった。身長は180㎝ぐらいであろう。日に焼けた褐色の身体にはみっしりと肉がついている。黒く染めた革製の鎧兜を身に着けており、顔は兜の面頬に覆われていて見えなかった。

騎士爵ということは代々世襲を許された貴族ということになる。アルの父のように小さな村の領主であることもあるが、より上の貴族に仕えて俸給をもらう者も居て、彼はそれにあたるのかもしれない。騎士爵であれば、本来ジョナス 卿(・) と呼ぶべきであるがそれで怒られるというのは何があるのだろう。

「ジョナス様、エリック配下のレダです。後ろをついてくる連中の確認作業をしてまいりました」

レダとアルは彼の近くにまで近づくと声をかけた。ジョナス卿は馬の速度を落さずに面頬を上げた。細い目で馬上のジョナス卿からの距離を保つために速足で歩くレダとアルの姿をしばらく見た。

「後ろの若い男がエリック殿の言っていた新顔か。ふむ……良いだろう。お嬢も少しは真面目にやっているようだ。感心、感心」

揶揄うような口調ではあるが、レダは特に反応しない。このあたりが、ジョナス卿と名前を聞いた時の彼女の表情の理由だろうか。レダは続けて特に異常は見られなかったと報告をした。

「よろしい。エリック殿に了解したと伝えておいてくれ」

アルたち2人は礼をして下がろうとした。その時、ホールデン川の対岸に居た百羽以上の水鳥の群れが急に騒ぎ出し、大きな羽音をたてて飛び上がった。

「何事か?」

ジョナス卿は周囲を見回す。馬車の馬が羽音に驚いて嘶いており、御者があわてて停車させている。衛兵たちだけでなく、後ろの隊商の連中も周囲を見回しており、アルも同じように周囲を見回した。雨のせいで視界はあまり良くない。

『 知覚強化(センソリーブースト) 』 - 視覚強化 望遠

アルは豆粒ほどの大きさの動いているものを見つけてはそれに焦点を当てて正体を確認していく。スズメ、逃げてゆく水鳥……なかなか脅威となりそうなものは見つからない。水鳥は臆病な鳥だ。些細なものに反応したかもしれない。何度も確認作業を繰り返す。そしてようやく見つけた。

-ヒツジクイオオワシ

翼を広げた幅は5mを超え、大好物の羊をその両足で掴んでさらっていくと言われる鷲の魔獣だ。頭部と羽根の先の羽毛が白く他の部分が茶色なのが特徴的なその姿は非常に力強く、貴族の紋章のデザインに使われることもある。南東の方角、川を越えた先を飛んでおり、徐々にこちらに近づいてきている。

「南東の空にヒツジクイオオワシ。距離は1キロ」

アルはそう叫ぶ。その声が聞こえた数人がその方角をじっと見た。ヒツジクイオオワシはそういっている間にも接近してきておりその姿は肉眼でも捉えることができるようになっていた。

「迎撃はマックとノエル。他は馬を抑えよ」

衛兵隊の隊長ジョナス卿は部下に指示を出す。馬は臆病な動物だ。もしヒツジクイオオワシが降下してくるようなことがあれば暴れる可能性が高く直接の被害よりもそれのほうが危険だと判断したのだろう。彼の指示に従って衛兵隊の大半が馬車に駆け寄った。

ヒツジクイオオワシは速く、500m程まで近づいてきていた。すでに茶色と白の羽根模様はくっきりと見える。まっすぐこちらに向かってきており、隊商の何かを狙っているようだった。羽を広げた長さは7m程あり、標準的なものよりかなり大きい個体のようだった。アルは横で棒立ちになっていたレダの手を掴みエリックが乗っているはずの馬車の陰に彼女を誘導し、自分も身体を隠す。

その時にはすでにヒツジクイオオワシは100m程の距離であった。そこでクケーッと大きな叫び声を上げた。馬が騒ぎ出したが衛兵たちがなんとか抑え込んでいた。だが、後方の商人たちの方では大きな馬の嘶きと何かがぶつかるような音が起こった。ヒツジクイオオワシがそちらに向きを変えた。

「いまだ、撃てっ」

向きを変えたタイミングを逃さずジョナス卿が叫ぶ。弓を構えていた2人の衛兵が矢を放った。

『 魔法の矢(マジックミサイル) 』

アルもそれに合わせて 魔法の矢(マジックミサイル) を放つ。ほぼ同時にいつの間にか馬車から外に出ていたエリックとフィッツの手元からも光り輝く矢が飛び出した。

「クケーッ」

本物の矢と魔法の矢が次々と突き刺さったヒツジクイオオワシは悲鳴にも聞こえる叫び声を上げた。進路を変え上空に逃げようとする。点々と血が地面に飛び散り、アルの居るところにも届いた。ヒツジクイオオワシは上昇している途中にバランスを崩したのか回転を始め、やがて失速しふわりと空中で一瞬止まった。そしてそのまま完全に力を失うと空中を滑空してそのままホールデン川に落下したのだった。

「やったー」「おー」「わー」

賞賛の叫びが後方の商人たちの方から上がった。一部、せっかくの素材を惜しむ声もあったかもしれない。だが、ホールデン川の中は大口トカゲやリザードマンがうようよ居る危険な場所でとても死骸は回収できないだろう。アルは大河を流れていく死骸を眺めながら大きく安堵のため息をついたのだった。