軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-9 呪文の書の売人

「こんにちは」

「あいよ、いらっしゃい」

アルが声をかけたその露店の店主は見たところ40代ぐらいのふとった女性であった。以前カーミラという怪しい女性に教えてもらったのはララおばばという人であったが、おばばという年ではない。それとはまた別の人だろう。

「あの、これは、何ですか?」

魔法感知(センスマジック) の効果で青白く光って見える黒い球体をアルは触れないように注意しながら指をさした。魔道具には呪われた効果を持つものもあり、それには触れただけで危険なこともある。

「それ? ああ、それは魔道具だよ。初めて見る?」

女店主は特に気負う事もなく、ごく自然にその黒い球体を手に取ると、アルに差し出して見せた。みたところその黒い球体はゆがみもなく綺麗な真球で表面には2か所縦に切れ目のようなものが入っていた。

「いえ、魔道具はわかってます。何の魔道具かなと思って」

「へぇ、わかってるなんて自分は魔法使いだとでも言うのかい? とてもそうは見えないけど……」

女店主は驚いた顔をしてアルの顔をじっと見て首を傾げたが、すぐに頷いてにっこりと笑った。

「この魔道具が何かって? あんたは運がいいよ。これは先週、私の知り合いが地下遺跡からみつけたものだ。まだ効果については調べている途中だからわからないけど、巨大な宝物庫で発見されたものだからね。すごい効果を持っているに決まっている。いまなら10金貨で売ってやろう。どうだい? もうこんな機会は2度とないよ」

女店主の説明にアルは苦笑いを浮かべて首を振った。本当に10金貨も値打ちがある物をこんな扱いで売っているわけがない。その反応を見て彼女も肩をすくめた。

「わかった、わかった、冗談さ。先週みつかったばかりだとかそういうのは全部嘘だよ。でも、魔道具なのは本当。何の魔道具か調べてみたいっていうのなら10銀貨で買ってくれないかい?」

それは何の魔道具かわからないということだろうか。ころころと話す内容が変わるのにはどうしたものかと考えながら、アルは話を続けることにした。もしかしたら、この女性も呪文の書を扱っているのかもしれない。

「もし、ゴミスクロールの話ができるのなら、その魔道具についても考えてみようかな」

ゴミスクロールという言葉を出すと女店主はすこし首を傾げた。そしてきょろきょろと周りを見回してから、もう一度アルの方を見る。そして、手に持った黒い球体を差し出し、もう片方の手で代金をよこせといった雰囲気で突き出す。

情報料として買えということか。もう少し値切ってからにすればよかったかと思いつつ、アルはしぶしぶといった表情で大銀貨を1枚、財布から出して見せる。女店主はその大銀貨をむしる様にとると、黒い球体をアルに押し付けた。

「それで、どんなゴミスクロールを探しているんだね?」

「僕がまだ覚えていないものならなんでも。ただし状態と値段によるかな」

「へぇ、そりゃぁ景気のいい話だ。 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文は覚えたのかい?」

女店主の問いにアルが頷いて見せた。彼女はホウと感心したような声を上げる。

「 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文は覚えたっていうのなら、じゃぁ、 解錠(オープンロック) 呪文かい?」

こういうところに来て探すのは禁呪と定番は決まっているのだろう。女店主はそう尋ねたが、アルは再び首を振った。

「それももう覚えたよ。 眠り(スリープ) 呪文か 麻痺(パラライズ) 呪文、 飛行(フライ) 呪文はない?」

今度は女店主がかるく首を振る。

「おすすめできるほど状態が良いのはないね。そうだ、 噴射(スプレー) 呪文はどうだい? これなら1金貨にしておくよ。初めての取引だ。お互いこれぐらいがいいんじゃないかね」

噴射(スプレー) 呪文は領都の呪文の書の店で話を聞いたことがあった。たしか第2階層の呪文で別に持ったインクを吹き付ける呪文でそれほど人気もなく、値段もそれほど高くない呪文だったはずだ。インクの代わりにレモン果汁を顔に吹き付ければ目つぶしぐらいになるかもしれないと想像したような記憶があった。もちろん、本当にできるかどうかは試してみないとわからない。それが金貨1枚である。それほど高くなかったとは言え、1枚なんてことは絶対に無かったはずであるが、保証のない呪文の書であり、相場は全く分からなかった。彼女の口ぶりからして最初は小口の取引から始めようということのように思える。

「わかったよ。ちゃんとサービスしておくれよ」

アルはしばらく考えてから大きく頷いた。金貨を1枚取り出す。女店主はにっこりと笑ってどこからか呪文の書を取り出した。どこから取り出したのかは全く分からなかった。一瞬で彼女の掌の上に急に現れたのである。

「もちろんさ。私も良い取引をたくさんしたいからね。希望の商品も探してみておくけど、どれも人気が高い。あまり期待しないでおくれね」

彼女はアルから金を受け取って呪文の書を手渡した。アルはその場で呪文の書の最初の部分を確認してみる。たしかに 噴射(スプレー) 呪文であった。すくなくとも全くの詐欺ではなさそうである。

「ああ、よろしく頼むよ。そういえば、お姉さんの名前は? いつもここで営業してるの?」

「ああ、わたしの名前はララ。場所はこことは限らないけど、魔道具屋のララって聞けば、教えてくれるのも居るだろうよ。私の事をララおばばとかいうふざけたのが居るけど、そいつの真似をするんじゃないよ」

そういうことか。アルはカーミラの色っぽい笑みを思い出した。彼女とこのララとは知り合いに違いない。ふざけ合って遊んでいるのだろうがすくなくとも嘘は言ってなかったらしい。ということは、この呪文の書は期待できるかもしれない。 噴射(スプレー) 呪文か……。アルは大事そうに背負い袋に呪文の書をしまったのだった。