作品タイトル不明
16-6 宴会
アルは翌日、ケーンの仕事をなんとか昼前に終わらせた後、大きな牡鹿を三頭倒してノラン村に持ち帰った。ナレシュの新領地から見て北側に広がる山の麓あたりは、ほとんど人の手が入っていないようで獲物となるものは多かった。今回は行かなかったが、アルがもらう予定の土地のあたりも同じような状況なのだろう。今回の獲物の三頭はどれも百キロ前後ある立派な個体で、よいご馳走になるだろう。ただ、年明けの御馳走だというので、できれば立派な角が残っているものが良いなと探したのだが、このあたりの鹿はこの季節、角が生え変わる時期らしく、どれも角が無い点が残念なところであった。
鹿は領主であるナレシュからの差し入れという扱いで、村の広場に持ち込むと、そのままアルも手伝って血抜きと解体をし、調理が始まる段取りとなった。調理と言ってもそれほど複雑なものではない。シンプルにアル特製の香草入りの塩をつけて焼いた肉と、端肉や内臓に、村人が手持ちの野菜などを加えて故郷の味付けで作ったニンニクが強く効いたスープの二種類である。振る舞いを受けた村人たちの中には即興で楽器を奏で始める者なども居て、嬉しそうに、その火の周りで楽しく踊り、年越しを祝ったのだった。
「ありがとう、アル。あんな立派な鹿を三頭も……。味付けも村のおかみさんから美味しいって評判だよ」
「報酬の上乗せは期待しておくよ」
返答を聞いて、眼を大きく見開いて驚いた顔をするケーンにアルはあははと笑い飛ばす。
「冗談だよ。狩りにはそれほど手間をかけたわけじゃないし、面倒な血抜き、解体は村の人がやってくれたしね。気にしなくていいよ。まぁ、僕からのナレシュへの男爵叙爵の祝いぐらいとして思っておいて」
「ありがとう、ありがとう。やっぱり持つべきは腕のいい狩人の友人だ」
アルとケーンがそんな事を話していると、ジョアンナがやって来た。
「アル殿、ごちそうになっている」
「ジョアンナさんもお疲れ様です。この村はどうですか?」
アルに尋ねられ、ジョアンナは楽しそうに人々が食事をしている風景をのんびりと眺めた。
「ああ、いい村だ。ただ、こういう風景を見ていると、故郷のクウェンネルの街がどうなっているのかと思ったりもする。早く戦争が終われば良いのだが……」
アルが彼女の故郷、クウェンネルの街について尋ねると、ジョアンナはすこし空を眺めるような仕草をした後、すこしずつ話を始めた。
クウェンネルの街は父親であるクウェンネル男爵が治めていた街で、彼女はそこで生まれ、騎士団に任官するまではそこで暮らしていたらしい。テンペスト王国の王都とセネット伯爵領を結ぶ主街道にある交通の要衝で、セネット伯爵領の領都からは北西に三十キロほどの位置にあるそうだ。彼女が父親から聞いた話によると、テンペスト王国騎士団とプレンティス侯爵騎士団が共同してセネット伯爵領に侵攻した際にプレンティス侯爵家に占領されてしまったらしい。街に残っていた母親や弟妹などはプレンティス侯爵家に人質になっているのだという。
「人質に?」
アルが思わず声を出すと、ジョアンナは首を振った。
「大丈夫だ。幸いプレンティス侯爵配下の有力貴族に嫁いだ叔母が居てね。私の家族は人質と言っても、その叔母の屋敷に保護されているらしい。さすがに外出などはできないが、それほどひどい扱いはされていないようだ」
ジョアンナの説明にアルは軽く胸をなでおろした。
「いろいろと複雑ですね」
「そうだ、これを返しておく。ありがとう」
ジョアンナは小さな革袋をアルに手渡した。おそらく契りの指輪が入っているのだろう。ちらりと周囲を見回す。先程まで話をしていたケーンはいつの間にかどこかに行っており、周囲には誰も居ない。
「お話できました?」
「ああ、タバサ男爵夫人の指導が厳しいと愚痴をこぼしておられたが、それの話をされているときの声音は幸せそうだったよ。だが、その後で、こちらの状況についていろいろと聞いてこられた。その時の声はうって変わって真剣だったな」
アルに対して、パトリシアがテンペスト王国での内乱の話などについて聞いてくることは無い。もう、気にしていないのではと思っていたが、そうでもないのか。
「塔に来たことを後悔したような様子は?」
アルが尋ねると、ジョアンナは強く首を振った。
「それはない。だが、姫様も自分が王国の人々に何かできることがないのかというのは気にしておられた」
「うーん……」
アルは自分の頭をなんども掻く。
「わからない……。でも、どうしようもないかな。とりあえず、数日ケーンを手伝ったら、しばらくここは離れるつもり。でもまた、来るから、その時は同じようにパトリシアと話をしてあげてほしい」
アルの頼みに、ジョアンナも軽く頷いた。アルとしては、テンペスト王国の事はパトリシアに出来る事はあまりない、逆に姿を現せば利用されるだけだろうし、セネット伯爵家をはじめ、残された人々の事はある程度ナレシュに委ねてしまうしか仕方ないだろうという気持ちでいたが、パトリシアとしては、まだそこまで割り切れてはいないのだろう。
「アル、ジョアンナ卿、飲もう」
ケーンがワインの瓶と木のカップを三つ持って戻って来た。 カップの一つをアルに、もう一つをジョアンナに押し付ける。時に解決してもらうしかないのだろう。
「わかった。飲もう!」
ケーンは二人が持ったカップにワインをなみなみと注ぐ。
「新年に!」
「新しい年に!」
「乾杯!」