作品タイトル不明
16-3 チャニング村 帰省 後編
「川を越えたら、すぐにいっぱい集落があると思ったのに……、あれ、ねぇ、アル、あの煙は何?」
翌朝、アルはメアリーと従士のネヴィルの二人を 運搬(キャリアー) 呪文の円盤を変形した椅子に乗せて空を飛び、ミュリエル川を渡った。
アルは最初、自分だけで見て回ったほうが気楽かと思ったのだが、父や前従士であるマイロンたちとも一緒に相談すると、川を越えたあたりの状況は、今後の計画を考えるネヴィルがきちんと見ておいた方が良いと言う話になった。そして、発案者であるメアリーも自分が乗ると言ってきかず、この二人を連れて行く事になったのだ。
シプリー高地は土地が起伏に富んでおり見晴らしは良くない。三人が空を飛んで川を渡ると、目当ての蛮族の集落はその川沿いには見つからず、その少し南に煙が上がっているのが見えたのだった。
「森が燃えてるのかな? 僕たちとは別に誰かが蛮族の集落を襲撃するようなことは無いよね」
アルは首を傾げる。
「とりあえず行ってみましょう」
「そうだね」
ひとつ山を越えると、山肌が削られたようになっていて赤茶けた岩混じりの土の斜面となっていた。その 麓(ふもと) あたりから煙が上がっており、周囲の山々の木は広範囲にわたって切り拓かれていた。
「何でしょう……これは」
ネヴィルが呟く。
『 知覚強化(センソリーブースト) 』 視覚強化 望遠
アルは自分、そして、メアリーとネヴィルの視覚を順番に強化した。山の頂上近くの空の上から、じっくりと麓を眺める。するとそこには、石が三メートル程の筒状に積まれた小さな塔のようなものが並んでおり、その先から煙があがっているのが判る。その塔の周りでは、人型の何かがたくさん動いていた。ゴブリン、そして、一回り大きいのも混じっている。ホブゴブリンだろう。
「石を積んで何かを燃やしているのかな?」
“うーん。わかんない!”
グリィにも無理らしい。メアリーとネヴィルは初めてかけてもらった呪文に、きょろきょろと最初は落ち着かない様子だったが感覚がつかめるとじっと麓を観察している。
「ゴブリンが何をしているのかは気になるけど、遠すぎて良く見えないな。もう少し近づくよ」
アルは少し高度を下げ、風下からゆっくりと近づく。丘の周りはどんどんと木が切り倒されているようで地面が露出しており、丘の一部はすり鉢状に土地が削られていて、赤茶けた石が一面に広がっていた。ホブゴブリンとゴブリンはあわせて百体ほどが懸命に働いているようであった。石を積んでいるものも居れば、黒焦げの塔のようなものを崩しているものも居る。
「わかんないな。襲撃するか、それとも一旦戻って報告するかだけど……」
ここで、報告しに戻った場合、アルは国境都市パーカーに向かわねばならないので、ゴブリンたちが何をしているのかはわからず仕舞いになってしまうだろう。メアリーが首を傾げながら、何かの儀式でもしているんじゃないかしらとつぶやいていた。石を積んで作っているように見える塔、その中には薪となにか布の袋のようなものがあり、それをゴブリンは広げたり絞ったりしているようだった。ゴブリンが絞るたびに、塔の中の炎が大きく強くなっている。
「これは……なにか鍛冶屋っぽい気がします」
ネヴィルが呟いた。
”これって、まさか、武器を作ってる?!”
ゴブリンは武器をもっていることはあまり無いが上位種ではそうでもない。ということはどこかで武器を作っているという事だ。ここはそういった場所の一つという事だろうか。ということは、あまり放って置くわけにもいかないのか。
「武器を作ってるかもしれないね。ちょっと数が多いけどほっとけないかな。でも、これだけの数だと、討伐報告はしないほうが良いかな」
百体に及ぶ蛮族を討伐したという報告をする場合、さすがに騎士一人と従士二人しかいないチャニング家が単独で行ったというのはさすがに目立ちすぎる気がした。
「アルフレッド様が百体倒したから報奨金って言ったら、ネルソン様が卒倒されてしまいます」
ネヴィルの言葉にアルはあわてて首を振ってそんな気はないし、そんな意味じゃないよと苦笑いを浮かべた。領都でのゴブリンの討伐報酬は一体につき銀貨一枚。百体なら金貨一枚となる。辺境都市レスターならその三倍の金貨三枚になる。チャニング家の財政状況にはそんな余裕はないのはアルもわかっている。
「そ、そうでしたか。失礼しました。ですが、もし、ここが何かの金属の鉱山だとすると、報告はした方が良いと思います。その報告をする為にあの石を積んだ塔の中身は採取したいです」
ネヴィルの言葉にそうかとアルは頷いた。何の金属かによるが、鉱山が見つかったとなれば、辺境伯としてもこのミュリエル川を越えたあたりの開拓を決断するかもしれない。それがチャニング村にとって良い事なのか悪い事なのか……。
「報告するかどうかは、父さんに任せるけど、確かに見本だけは回収したほうがよさそうだね。よし、じゃぁ、少し近づいて空から 魔法の竜巻(マジックトルネード) 呪文を撃ち込むよ。今の所、ゴブリンとホブゴブリンしか見つけてないから大丈夫だと思うけど、ゴブリンアーチャーやゴブリンメイジらしい影を見つけたらすぐに言ってね」
空からの相手に、ゴブリンやホブゴブリンなら、せいぜい石を拾って手で投げて来る程度だろう。スリングなどは使うまい。三十メートル上空に居ればおそらく大丈夫だろうが、念のため 盾(シールド) 呪文をかけておく。そして、アルたちはゆっくりとゴブリンたちに近づいた。
『 魔法の竜巻(マジックトルネード) 』
アルの手元から青白い光のようなものがヒューと音を立てながら飛び、ホブゴブリンやゴブリンたちがいるど真ん中に向かって飛んだ。その光が地面にあたった瞬間、ゴォーーーッと風がうなるような音がして、その点を中心にまるで光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がった。
ギャギャギャウーーーーーー!!
いきなりの攻撃にゴブリン、ホブゴブリンの悲鳴が響く。上空を見上げ、アルたちに気が付いたが、それに石を投げたりするものは稀だ。岩陰に身を隠したりするものが殆どだった。
『 魔法の竜巻(マジックトルネード) 』
上空を旋回するようにしながら、アルの手から、情け容赦なく、二発目の青白い光が飛んだ。また違う所でその光は渦を巻いて広がった。
ギャギャギャウーーーーーー!!
再び、ゴブリン、ホブゴブリンの悲鳴が響く。そのような事を何度繰り返しただろうか。そのあたり一帯で動くゴブリン、ホブゴブリンはいなくなった。
「ふぅ……もう大丈夫かな?」
アルがそう呟くと、途中から目を瞑っていたメアリーがそっと目を開けた。
「ゴブリンだけど、これだけ一方的だと、ちょっと何か考えるわね」
「うーん、ごめん。悪いけど、それは僕には思えない。ゴブリン相手にはそういうのは命取りだと思う」
メアリーの言葉にアルは首を振って、グリィのペンダントを握りしめた。
「降下するよ。注意して」
アルはそう言いながら、慎重に地面に降りていく。途中で、ぴくりと動いたゴブリンには容赦なく 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文で止めを刺した。ゴブリンたちが作業をしていた場所を歩き回る。動かないゴブリンの死骸の横にある石を積んで作られた塔を崩し、中で赤くなっていたものが冷めるのを待つ。しばらくして、アルは温度が下がった粒のようなものを手に取った。
『 分析(アナライズ) 』
鋳鉄 94% ......
他にも色々と含まれている様だが、一番多いものは鋳鉄だった。この鋳鉄というのはたしか鉄の一種だったはずだ。付近に転がる赤い石のようなものからこれを抽出していたのだろう。
『 抽出(エクストラクト) 』 鋳鉄
掌の粒は、金属光沢のある粒と、少しのさらさらの土に変わった。最初の粒とあまり大きさは変わっていないように見える。
「たぶん鉄の鉱山だね」
「わかりました。一応、鍛冶屋でも確認してもらいます」
ネヴィルの言葉にアルは頷いた。 運搬(キャリアー) 呪文を使い、改めて円盤を変形した椅子を用意した。先ほどの粒のほか、赤茶けた石など様々な物資を回収したネヴィルが、そこに座る。メアリーはゴブリンの死骸を見て何か考えていた様子だったが、アルに促されて、ネヴィルの横に座った。
「とりあえず帰ろうか」
ゴブリンたちの死骸はあまり放置するのは良くないのだが、ちょっと数が多すぎて今は放置せざるを得ない。さすがに、この未開の地で悠長に土を掘って埋めるわけにもいかないし、釦型の魔道具は移送先に事情があるので他に人が居る前では使えないので運ぶ手段もないのだ。二人を送ってから後でマジックバッグに回収して、処分先を考えるしかないだろう。それもこのやり方が出来るのは、冬の間だけかもしれない。倉庫部屋がずっと寒いかどうかはまだはっきりしないのだ。
「うん、そうね。帰りましょう。ゴブリンとホブゴブリン、これだけ倒しただけでも、きっと価値はあったわ」
メアリーがすこし自分に言い聞かせるように言った。うんとアルも頷く。きっと、これで川を渡って侵入してくる蛮族が少しは減るはずだ。
「行くよ」
アルはふわりと宙に浮かんだ。三人は一路、チャニング村を目指したのだった。