軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15-5 タバサ男爵夫人の部屋で(ただし夫人不在) 前編

日が沈むころ、マラキ・ゴーレムに釦型の魔道具の中身の処理などを任せたアルは国境都市パーカーにあるレビ商会の屋敷に戻ってきていた。夕食として部屋に運ばれて来た自分の分だけでなく、タバサ男爵夫人の分まで彼女の召使であるドリスと二人で分けて食べる。

「いつもは、一人でたべてるの?」

アルは、白いパンをちぎって一切れ口に放り込むと、彼女をずっと一人っきりにしていたのではと少し罪悪感を憶えながら尋ねた。彼がここに戻る際、配膳される分はアルに食べておいて欲しいと言ったタバサ男爵夫人の楽しそうな笑顔を思いだしたのだ。アルがいつも戻る時間にタバサ男爵夫人はまだパトリシアと談笑していることが多い。おそらく彼女は遅くに戻ってきて、食べているに違いない。ということは、彼女は先に一人で寂しく食べているのではないだろうか。

「はい。でも、お気になさらないでください。召使なら普通の事ですし、第一、私は一人で居るほうが気楽なのです」

彼女はそう言って静かに微笑んだ。後ろで結んで垂れた栗色のポニーテールが軽く揺れる。十才だとはとても思えない受け答えだ。自分が十才の時にこんな受け答えなどできなかったに違いない。どんな苦労をしながら、彼女はタバサ男爵夫人を庇いながらこの国境都市パーカーまで来たのだろう。アルは思いを巡らせた。

「ならば良いけど……なにか足りないものとかは?」

「ありがとうございます。夫人がここで過ごされる事はあまりないので、特に足りないものなどはありません。他の召使などが忙しくしているのを窓から見て逆に申し訳ないと思う程です」

そうか、確かにあまり働く必要もないというのは贅沢といえば贅沢な暮らしだと言える。

「暇じゃない?」

「一人の時にはよく刺繍などをしています。材料は夫人が持ってきてくださっています。あれをしていると、あっという間に時間が経つのです。あと、最近は変わった果物などを持ってきてくださっていて、それが楽しみになっています。つい昨日も見た目はまるでジャガイモのようで、切るとオレンジ色のものを持ってきてくださったのです。食べてみるとすごく甘くて」

ああ、それならとアルも頷いた。三日ほど前に、ようやく島への通路が完成したので、上級作業ゴーレムを護衛にして本格的な島の探検を始めており、いくつか食べても大丈夫そうな果実や魚介類がわかってきていた。その中には、このあたりでは見たこともない変わった果物や魚も多くあり、そのなかでも非常に甘い果物も有った。タバサ男爵夫人はドリスにそれを持ってきていたのか。

「変な虫とか居ないか注意してね。一応、採るときには確認はしてるけど、中に潜んでいるかもしれない。あと、まだ、一度に多くは食べないほうが良いかもしれない」

「ご心配ありがとうございます。かしこまりました」

ドリスは微笑みながら軽く頷く。二人がそんな事を話していると、アルの 魔法発見(ディテクトマジック) 呪文に反応があった。

“いつもの警備用の魔道具と反応は同じよ”

グリィがそうアルに囁いた。 魔法発見(ディテクトマジック) 呪文を使っていると、魔法は反応するのだが、呪文を使っている、或いは誰かにかけてもらった状態であるのか、それとも常時なんらかの呪文の効果がある魔道具であるかは反応が違っており、区別がつくのである。とは言っても、道具や場所にかかっているものか、人にかかっているものかが判るだけで、詳しい呪文の種別などはわからない。ただし、呪文の行使者については、それぞれ波長と呼ばれる呪文を使った際の術者の特徴が読み取れる。もちろん、それだけでは誰が使ったかはわからないものの、魔道具であればそれを記録し、過去の記録と照合することができるのである。

これを利用して、警備用の魔道具では魔道具を持つ者や呪文をかけた状態で発見範囲に入って来たものを、その魔道具の使用者が過去の入室履歴などと照合することによって識別しているのだが、グリィはアルの 魔法発見(ディテクトマジック) 呪文で感じ取った内容と、自らの記憶とを照合し即座にその結果をアルに伝えることが出来るのだった。

「誰か近づいてきたよ。ナレシュ様かな?」

近づいてくる足音は複数であった。 知覚強化(センソリーブースト) 呪文迄は使っていないのではっきりしたことは判らないが、二人か三人ぐらいだろう。警備用の魔道具を持っているということは、クレイグも一緒であるに違いない。あとは案内役の召使一人ぐらいか。タバサ男爵夫人の部屋を訪ねるのに、いくらアルが先客として居るとは言え、ナレシュが一人で訪問することは無さそうである。アルの言葉でドリスはあわてて立ちあがり、夕食のトレイなどを急いで片付け始めた。

しばらくして、トントンと扉がノックされた。

「クリスでございます。ナレシュ様、クレイグをお連れしました」

「どうぞ」

アルとドリスは立ち上がった。ドリスが答える。訪問者は予想通りだ。三人はそのまま部屋に通された。さすがにドリスもナレシュ相手に武器を置いてほしいとは言わないらしい。

「よかった、アル君もちゃんと居たんだね」

「もちろんです。ナレシュ様……あ、セネット男爵閣下」

アルの言葉にナレシュは悲しそうな顔をした。

「ごめん、セネット男爵閣下はやめて欲しい。これぐらいのメンバーなら本当はナレシュ君でお願いしたいのだけど……」

「ナレシュ様……」

クレイグが少し困ったような口調で声を上げ、ナレシュは首を振る。

「クレイグがこういうから、せめてナレシュ様……かな。とりあえず閣下はちょっと」

アルは軽く頷いた。

「では、私は失礼いたします」

そう言って、クリスは扉を閉めて出ていった。ドリスが二人に茶を出す。

「タバサ男爵夫人はいらっしゃらないのですか?」

「申し訳ありません。体調がすぐれないと寝ておられます」

クレイグの問いに対するドリスの答えに、ナレシュとクレイグが視線を交わしたが、それ以上は何も言わないようだ。どう考えているのか気にはなるが尋ねるのも変な話だろう。しかし、クレイグも一緒か……。そうなるとアシスタント・デバイスの話をするかどうか迷うところだ。

“何も話しかけないようにテスに言う?”

グリィがアルに囁いた。グリィもアルと同じような事を考えたらしい。テスというのは、倒したゴブリンメイジを倒して手に入れたアシスタント・デバイスを 再起動(リセット) したことで、新たにつけた名前である。アシスタント・デバイス同士は十メートルぐらいの距離であれば一対一で音声には拠らない念話のような会話ができる。なので、グリィからテスに何かを伝えることは可能であった。

ナレシュにならアシスタント・デバイスの件も伝えても良いかと思っていたが、クレイグにまで話してよいのかは確信が持てない。彼はナレシュのためと考えれば、アルともしこの場で約束したとしても、守らないかもしれない。プレンティス侯爵家のヴェール卿はアシスタント・デバイスの存在を知っているので、他者はともかく、ナレシュは知っていた方が良いと考えていたが、この状況では最初からは明かさないほうがよいだろう。アルは肯定の意味を伝えるのに、自分の太ももをトンと叩いた。

“テスはわかったって。あとは会話じゃなくて、ピンとかポンとかの音もこういう会話の代りに使えるから”

「タバサ男爵夫人に挨拶をしておこうと思ったけれど、残念だね。まぁ、仕方ない。アル君、昼間に話していた呪文の書の 読み解き(デサイファ) についてなんだけど、どうすればいいのかな?」

ナレシュの言葉にアルは頷いた。

「うん、とりあえず 光(ライト) の呪文の書を用意してみた。まず始めに僕の前で改めてここに描かれている 記号(シンボル) の 読み解き(デサイファ) をしてもらいたいと思っている。で、これを貸すので、その時に、身に付けて欲しいんだ」

そう言って、アルは以前ゴブリンメイジが身に付けていたアシスタント・デバイスを取り出した。ゴブリンメイジは首輪としていたが、人間が使うのは違和感があるので 金属軟化(ソフテンメタル) 呪文の杖を使って金属製のブレスレットに加工し直してある。

「これは?」

「魔力とでも言ったらいいのかな? 記号(シンボル) の 読み解き(デサイファ) する際に装着者がかすかにでもその力を感じ取れているのか、その度合いを測る魔道具だよ。微かにでも感じられていたら、その度合いに合わせて、装着者にだけ微かな音が聞こえる仕組みになっている」

この説明をテスが聞いて理解し、その通りに振舞ってくれればよいのだが。

“大丈夫そう。わかったって言ってるわ”

グリィのささやき声にアルはほっと胸をなでおろす。

「そんな魔道具があるのですか? そのような魔道具を一体どこで?」

クレイグが驚いた様子で尋ねるが、アルは首を振った。

「それは言えません。とりあえず信頼してもらうしかありません」

そう言って、アルはクレイグをじっと見る。クレイグは納得したのかどうかわからないがとりあえず口をつぐんだ。

「ナレシュ様には、その魔道具を使ってもらって、 記号(シンボル) の 読み解き(デサイファ) する際に何か感じとれているかどうか確認したいんだ。昼にも話したけど、その力をどう感じ取るのか、感覚的なものすぎて、僕も言葉では言い表せない。でも、その魔道具ならそれを測ることが出来るはずなんだ」

ナレシュはアルの言葉にじっと考え込んだ。

「以前、ついたことのある師匠は、私の剣の振り方を見て、いや違う、もっとブワーっと振るのだ、とか、いや、もっとシュワっととか言ってくれた。その時、それはそれで、もっときちんと教えて欲しいと思ったものだが、それでも、正しい、間違っているという事ぐらいは教えてもらえた。呪文の書の 記号(シンボル) の 読み解き(デサイファ) については、たしかにそれすらも無い。手探りでこれが正しいのかわからないままずっと努力せねばならない。その状態で 読み解き(デサイファ) が出来るのがいわゆる十人に一人才能のある人間なのだと思っていた。そして、私にはそれが無理だと思った」

アルはナレシュの言葉に頷く。

「うん、僕自身はこの 読み解き(デサイファ) に苦労したことが全くなかった。幼い頃から 読み解き(デサイファ) できることは当たり前だと思っていたよ。だからこの腕輪をナレシュ様に使ってみて欲しいんだ。本当は僕がずっとつきっきりで説明してあげたいところなんだけど、ナレシュ様自身、忙しすぎるだろう。でもこれがあれば可能性はある」

「ナレシュ様、このような腕輪があるのなら、魔法使いギルドに報告なさるべきです。そうすれば、魔法使いギルドからかなりの協力を引き出せることでしょう」

再びクレイグが言葉を挟んだ。