作品タイトル不明
15-1 ナレシュ男爵領開拓のお仕事
数日後の早朝、アルはケーンを 運搬(キャリアー) 呪文で作った椅子に乗せ、ノラン村を飛び立った。以前からケーンには頼まれ、何度か行っている空からの状況確認の手伝いである。
「アル、北に向かって」
「アル、今度は西」
「アル、もうちょっと低空でゆっくり」
そんな事を言いながら、ケーンは懸命に羊皮紙に何かを書き込んでいる。時々インク壺からインクが零れそうになって悲鳴をあげたりして忙しそうだ。
「どう? 目的のものは確認できた?」
「うん、そうだね。 ナレシュ様の男爵領となる十の村の川や森といった周囲の位置関係はおおよそ確認できたかな。しかし、荒地がほんとに多いよ。水食がかなり進んでいるところもある。だからパーカー子爵もこの辺りの開拓はしなかったんだろうな。ほんと、厳しい地域だよ。でも、こうやって空から見れば、まだ緑が残っている所とか川の流れとかが一目瞭然だ。大まかな計画はこれで立てられる。場合によっては村の移転といった事も考えないといけないけど、どうしようかなぁ。でも、ほんと、アルの飛行呪文は助かるよ。このあいだ、パーカー子爵にお願いして子爵家の魔法使いに協力してもらったんだけど、偉そうな事を言うばっかりで全然作業は進まないし、第一、僕を抱えて飛ぶしかできないから、そんなに長い間は飛べない上に、飛んでいる間、書き物もろくにできないんだ」
ケーンの様子にアルは大きく頷いた。
「じゃぁ、これで、そろそろ僕は……」
「いや、ダメだよ! この資料を元にして、村長たちと交渉するんだけど、どうしても納得しない村長とかが出て来ると思うんだよ。ここ半年、独自で試行錯誤しながらみんな頑張っているからね。そんな簡単に納得しなくて当たり前なんだけどさ。その時に、空からの確認作業がもう一度必要になる。そうだな……ずっととは言わない。あと一週間、いや、実際の確認作業を入れて、あと十日は居て欲しい。休暇だと思ってさ。頼むよ」
十日か……。あと十日もすれば、年明けだ。新年はチャニング村で迎え、本格的に辺境方面、あるいはあの天変地異が起こる前にテンペストの一族が暮らしていた北の地への探索に向かおうとおもっていたのだが、ケーンのこの様子を見れば、仕方ないとアルは諦めた。あてがあって急ぐ旅ではない。
「うーん、本当は謝礼をもらうところだけど、危険もないだろうし、ケーンにはいろいろと助けてもらってるしなぁ……。じゃぁ、ちゃんとケーンの要請があってレビ商会の館に滞在するというのだけは、ラドヤード卿やクレイグさんに言っておいてね。ナレシュの友達が何もしていないのに大きな顔をして滞在しているって言われたくないんだ。もちろん、タバサ男爵夫人も出発できないから夫人の分もね」
「ラドヤード卿はともかく、クレイグさんがうるさいんだよなぁ。でもわかったよ」
ケーンは渋い顔をしたが、仕方ないとばかりに頷いた。あいかわらず予算が厳しいらしい。男爵位の叙爵にもきっとかなりの金がかかるのだろう。それがわかっているからアルもお金の事は言わずにいるのだ。だが、依頼を受けているということだけは、話を通しておいてもらう必要がある。
「ところで、タバサ男爵夫人とのうわさは本当なのかい?」
のんびりと、上空を飛んでいると、ケーンが唐突に聞いてきた。
「えっ? 何の事?」
「タバサ男爵夫人の部屋にずっと入り浸ってるっていうのを聞いたよ。アルが部屋に行くようになってからタバサ男爵夫人や侍女のドリスはいままでと全然違って愛想もよくなったってさ。アルもパトリシア様の事をずっと思って暗い表情だったのに、最近はだいぶ元気になったじゃないか。タバサ男爵夫人は素敵な人だと思うよ。未亡人だと言ってもまだ十分若いしさ」
! ナレシュじゃなければ問題にならないのではなかったのか? クレイグはアルはまだ子供に見えるから大丈夫だと言っていたのに……。うーん、問題にはならないだけで、噂にはなったらしい。アルとしては複雑な心境になった。もちろんそれほど人数が多い館ではないし、たしかにほぼ毎日部屋には行っているのは事実ではあるのだが……。
「行儀作法とかをね、習っているだけだよ。本当に……」
すこしあたふたとしながら、アルは答えた。
「本当? 僕と君の仲なのに、隠し事なんて必要ないよ?」
ケーンはにやにやしながら、手を伸ばしてアルの肩をポンポンと叩く。
「本当に本当なんだけどなぁ」
うーん、単なる冒険者にすぎない僕との噂が立ってしまったとは、タバサ男爵夫人には申し訳ない事をしてしまった。どうしようか……。アルはそんなことを考えながら頭をガシガシと掻いた。懸命に否定しても逆効果だろう。クレイグあたりと少し相談したほうがいいのかもしれない。
「うーん……。まぁ、今はいいや。今度、お酒を飲みながら詳しい話を聞かせてよ」
ケーンは何故か心得顔でうんうんと頷きながら言う。
「言う事は何もないけどね。ところで、内政官って結局ケーンだけなの?」
すこし強引かなと思いつつ、アルは話題を変えた。
「うん、そうなんだよ。ナレシュ様も、何度か父上であるレスター子爵にお願いしてくれているのだけど、だれも来てくれなくてさ。まぁ、まだどうなるかわからない男爵領だから、そんなところには行けないという人が多いのかもしれない。辺境都市レスターの代官であるスカリー男爵閣下が調整しているという答えしか返ってこないらしいよ。レビ会頭はスカリー男爵閣下はレスター子爵の嫡男であるサンジェイ様の生母、アグネス夫人の兄上だからナレシュ様への増援は期待薄だろうと仰ってる。僕の父経由でスカリー男爵閣下じゃなく、ホーソン男爵閣下にもお願いできないか尋ねているけど、いろいろ複雑みたいでね。本当の所はよくわからない」
そういって、ケーンはため息をついた。先程の表情とはうって変わって真面目な顔つきだ。
「でもね、最近、レビ会頭が、僕の手伝いによく頭の廻る子を手配しようって言ってくれてるんだ。そうすれば、僕にも部下ができるんだよ」
「わぁ、いいね。がんばれ♪」
「おー♪」
アルとケーンはそんな事をしゃべりながら、上空からの地形確認作業を続けていたのだった。