作品タイトル不明
14-2 古代文明の崩壊とテンペスト王国の建国 前編
しばらく待っていると、マラキ・ゴーレムは 自分と似た仮面を被った頭部をもつ等身大の胸像を運んで来て、アルたちの座っているテーブルの上に置いた。パトリシアはその胸像の肩あたりにリアナのアシスタント・デバイスを載せる。じっと見ていると、胸像の眼がすこし赤く光った。
「こんにちは。アル様。私はアシスタントのリアナと申します」
胸像から発せられた声は張りのある女性の声で、かなり落ち着いた雰囲気のものだった。
「初めまして。わぁ、マラキとお話したときもわくわくしたけど、今回も何かすごい。パトリシアから聞きました。あなたがテンペスト王国の王様にずっと助言をされていたって……。お会いできて光栄です」
「ありがとうございます。私の事はマラキと同様、リアナと呼び捨てでお願いいたします。苦難の時があれば、アシスタントとして助言するのは当然の事です。その助言につきまして、テンペスト様本人であるかのように誤解された際、否定しなかった点はお詫び申し上げます。その時点で一族は危機的な状況にあり、そこから脱出するために私はそれが必要であると判断したのです」
アルはパトリシアをちらりと見た。彼女はきょとんとしている。特にそれについて、怒ったりはしていないのは明らかだった。マラキ・ゴーレムも軽く頷くだけだ。
「僕がどうという立場にはありませんが、きっと大丈夫なのだと思います」
アルはとりあえずそう答えた。
「ありがとうございます。何か私に聞かれたい事がおありのようなので、直接お話できるようにパトリシア様にお願いしました。お尋ねのテンペスト様がマラキと共に墓に入った後古代文明がどうなったかという問いについてですが、アル様が仰る古代文明というのは、テンペスト様が生活し、マラキや私が作られた時代の文明ということでよろしいのですよね」
そうか、古代文明と言ったが、その時代に生まれた者にとっては古代でもなんでもないのだろう。そして、その時代の前にもいろいろな移り変わりがあったのかもしれない。だが、聞きたいのはまずテンペストの時代の話だ。アルは頷いた。
「テンペスト様は一族の中でも変わり者として有名でした。当時、人々が暮らしていたのはもっと北です。距離としてはここから四千キロぐらいは離れているでしょう。一族の街もそのあたりにありました。若いころのテンペスト様は他人と会うのを嫌い、めったに他人がやってこないであろうこのようなところに研究塔を作り、一人でゴーレム作りの研究をしていたのです」
「辺境都市レスターからここまではおよそ千キロよ。それの四倍ね」
リアナの説明に、グリィが補足をしてくれた。
「そんなところに街が……」
アルは思わずそう呟いた。四千キロ……。ここに来るまででも、空を飛んで三日以上かかった。空を飛んで二週間ぐらいはかかる計算だ。だが、そこには古代の遺跡群があるということだろう。行く事は出来るだろうか。アルは思わず気持ちが高ぶり、唇を舐め頭をがしがしと掻いた。
「残念ながら、そこにはもう街はありません。廃墟はのこっているかもしれませんが……。ある時、大きな地震があったのです。かなりの数の建物が崩れ、大きな被害が出ました。そして、その後、ずっとまるで夜になったかのような暗い曇りの日が続き、気温が急に下がりました。しばらくすると夏であるのに雪まで降り始めたのです」
天変地異? 何かが神の怒りでも買ったのだろうか。パトリシアとタバサ男爵夫人も初めて聞く話のようで、じっとその話に耳を傾けている。
「それはテンペスト様が亡くなられてから、およそ百年経った頃の話でした。その百年の間、テンペスト様のようなゴーレムを自在に作る才能を持つ魔法使いも、私たちのようなアシスタント・デバイスを作る魔法使いも現れることなく、人々は既に存在している魔道具の便利さに慣れてしまい、別の新たな技術を開発するよりは、それを利用して如何に豊かな生活を送るかということに注力してしまっていたのです。私は百年以上の経験を評価され、一族の長に代々受け継がれて助言をする立場となっていました」
百年、およそ三世代の間か。蛮族や魔獣の脅威などにも脅かされない平和な時代であったのなら、音楽や芸術といったものに興味が向かって行ったのかもしれない。
「私が生まれてからもこれほどの規模の災害が発生したのは初めての経験でした。人々はその太陽の出ない暗くたれこめた空について、どうしてこのようになったのか調べようとしました。他の一族が暮らす街と連絡をとったり、空を飛べる魔法使いが調査に向かったりしたのです。ですが、そこでさらに重大な事件が発生しました。魔力伝送網が止まったのです」
魔力伝送網……。研究塔のある岩を空に浮かべるための装置も魔力伝送網という全世界に魔力を供給する仕組みから、受魔アンテナ装置を経由して魔力の供給を受けていたという話は以前マラキからも聞いたことがあった。それの停止によってこの研究塔が立っている巨大な岩が浮かんでいた空からこの島に落下したのだ。
「魔力伝送網が停止した理由についてはよくわかりませんでした。当時、魔力を供給する仕組みが地震によって被害を受けたのではないかというのがもっぱらの意見でした。ご存じかどうかわかりませんが、このような時の為に魔力生成装置には太陽のエネルギーから魔力を生成する装置が備え付けられていましたが、暗い曇りの日が続くと性能を十分に発揮できませんでした。その結果、街にあるかなりの魔導装置、魔道具が数日で使えなくなってしまったのです」
アルとパトリシアは顔を見合わせて首を傾げた。魔道具が使えなくなったというのは不便だろうが、それほど重大な事なのだろうか。
「一番最初に問題となったのは、水と空調設備でした。当時、水は魔導装置によって地下から綺麗なものが汲み上げられており、また、建物内の気温も魔道具によって一定に保たれていました。ですが、その両方が使えなくなりました。水がなくなり、ふりつもる雪に町は凍り付いたのです。後から考えれば、街の近くを流れていた川から水を汲み、木を切って薪を燃やして暖を取ればよかったのでしょうが、当時はそのような事に慣れておらず、道具も環境も揃ってはいなかったのです」
王様がいきなり極寒の地の村に来てそこで自分で畑を耕して暮らすことになったような感じか。急に環境が変わればたしかに大変なのかもしれない。
「魔石は備蓄されていなかったの? 他にも 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文が使える魔法使いは?」
アルは尋ねた。魔力伝送網で供給されていた魔力というのはそれほどのものだったのだろうか。
「備蓄されていた魔石は二週間ほどで緊急用を除いてはほとんど使い尽くされました。 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文が使える者は数人居ましたが、必要な魔力量を供給するにはとても足りません。治安は急激に悪化しました。一族の中の結束は崩れ、食料や水を奪い合うような事が始まりました。そこで一族を束ねる者たちは、今の街を捨て、もっと南に移住するという決断をしました。調査に向かった魔法使いから、まだ南では暗い曇りではなく、太陽の光が射しているというところがあるという情報があったためです。もちろん、そこで暮らしていけるかどうかはわかりませんでした。ですが、急激な気温の変化で農作物のほとんどが枯れ、飼っていた動物の飼料すらなく、その街で暮らしていてもこれから来る冬を乗り越えられないだろうと判断したのです」
「研究塔に来ようとは思わなかったの?」
続けてアルが尋ねた。一族というのがどれぐらい居たのかはしらないが、この研究塔なら十人や二十人ぐらいならなんとか暮らしていけたのではないのだろうか?
「我々の一族の街、及び近郊の農村で暮らしていたのはその頃、およそ三万人です。もし研究塔が万全に稼働していたとしても、その人数が生活するのはとても無理だったでしょうし、第一、魔力伝送網が停止している状況で研究塔が無事であるとはとても思えませんでした」
安全装置のようなものはあったにしろ、塔を載せた巨岩が上空から島に無事不時着できただけでも奇跡的な話だったのは確かだ。緊急時にそれに頼れるとは思わなかったのだろう。
「他にも、このあたりには古代遺跡がたまに見つかるよね。それは?」
「もちろん、大地震の前には我々だけではなく、他の一族も研究だけでなく、他にも様々な理由で世界中に施設を作っていました。ただし、我々の一族が所有する施設で、全員が暮らせるほどの規模のものはありませんでした。とは言え、それらの施設がある地域の情報は移住先を探す参考となりました」
さまよえる三万人か……。テンペストの一族以外にも南に移住しようとした者たちも多くいたのかもしれない。そう考えるとどれぐらいの人数が暗い世界を移動していったのだろう。
「幸い、我が一族にはテンペスト様が遺されたゴーレムがあり、それらに最低限の荷物を運ばせて我が一族は安住の地を求めて旅を続けました。テンペストの建国伝説でいう試練の八カ月です。最終的には、我々はテンペスト様が眠りにつかれたという湖の近くで、森と川のある肥沃な土地を見つけ、あらたなる街をつくることに成功したのです。それがテンペスト王国の始まりでした」
「それがテンペスト王国暦の元年ということですか?」
パトリシアが尋ねる。今はシルヴェスター王国暦でいうと172年だが、テンペスト王国暦で言うと255年だという話だった。つまり、それは255年前に起こった出来事なのか。
「そのとおりです」
古代と表現するにはそれほど古い時代ではない。だが、魔力の供給が途切れ、急激に凍り付いた故郷を捨てざるを得なかったというのはかなりの苦難であったことは想像に難くない。アルはそれを想いつつ、ゆっくりと頷いた。