軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-21 クレイグの提案

忙しいナレシュの時間がとれたのは、それから五日も経った日の夕方の事だった。

「ごめんね。アル君。井戸の改修とか、テンペスト王国が築いていた秘密拠点をどうするかとかをパーカー子爵閣下に色々と相談されてね」

そんなところまで相談を受けるほどナレシュは頼りにされているらしい。もちろん、大急ぎだといえば話は違ったのだろうが、人の生死に関わる事ではない。そのおかげというべきかどうかはわからないが、アル自身が頼まれたのは精々物資の輸送程度でアル自身はそれほど時間も拘束されることなく、事前報酬としてもらった呪文の書から新たな呪文の習得をしたり、都市で買い物をしたりとのんびりとした時間を過ごすことが出来たのだった。

「で、相談って、タバサ男爵夫人に関わる事?」

ナレシュの問いにアルは頷いた。

「うん、そうなんだ。タバサ男爵夫人の部屋で良いかな?」

「それは良いけど……うーん……」

相談事の一つはそうだ。他に話をしたい事もタバサ男爵夫人の部屋だと使用人の出入りも制限されているので最適だろう。だが、ナレシュは少し悩んだ様子を見せた。何か問題でもあるのだろうか。

「ナレシュ様は他の者たちから常に注目されています。未亡人であるタバサ男爵夫人の部屋を男性の友人と二人で訪れたとなると口さがない者に変な噂を立てられないかと心配していらっしゃるのですよ。私が一緒であれば、公務であると言えるでしょう。一緒にお邪魔してもよろしいですか?」

横に控えていたクレイグがそう言って割って入ってきた。彼は従者に過ぎないが、ナレシュは信頼している様子だし、パトリシアの件も知っている。しかし、そんな事まで心配しないといけないのか。アル自身は一人でかなり長時間お邪魔していたのだが、それは大丈夫だったのだろうか。

「アルならナレシュ様ほどの注目度はないから大丈夫ですよ。それに、見た目はまだ子供ですし……」

ちゃんと身長は百六十を超えたし、ナレシュと同い年なのに、この扱いか……。

「うーん、とりあえずクレイグさんなら大丈夫だと思います。もちろん会話内容の秘密は守ってくださいね」

「畏まりました。審判の神オルデに誓って」

クレイグは真剣な顔をして、左手を右肩に置いてそう言った。そうして、ナレシュ、アル、クレイグの三人はタバサ男爵夫人の部屋に向かったのだった。

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「ご無沙汰しています。ナレシュ様」

三人がタバサ男爵夫人の部屋に通されたところで、奥の扉からタバサ男爵夫人に続いて姿をあらわしたのはパトリシアとジョアンナだった。ナレシュとクレイグは驚きに目を見開いている。

「パトリシア姫殿下、そしてジョアンナ卿。どうやってこの屋敷に?」

ナレシュの質問にパトリシアたちはアルの顔を見る。だが、アルは首を振った。

「ごめん、ナレシュ君。それは一応、秘密にしておきたいんだ」

転移の魔道具については、今後のパトリシアの安全にも関わる話だ。タバサ男爵夫人はパトリシアの事を第一に考えるだろうと思われたので問題なかったが、ナレシュはともかくクレイグにまで知られてよいかどうかは判断が難しい。レビ会頭が知らせていないということなら一旦秘密ということにしておくべきだろう。

「わかったよ。とりあえずパトリシア姫殿下はご無事でなにより。お姿を見て安心しました」

ナレシュはアルの言葉に素直に気持ちを切り替えてにっこりと微笑んでくれた。

「ナレシュ様、今日は忙しい所、時間を取っていただきありがとうございます」

「いえ、パトリシア姫殿下がお待ちだというのなら、最優先にしたのですが、アル君があまり優先度は高くないというので後回しにしてしまいました。申し訳ありませんでした」

ドリスが飲み物を運んできた。アル、ナレシュ、パトリシア、タバサ男爵夫人、ジョアンナの五人はテーブルにつく。クレイグは従士らしくナレシュの後ろで立ったままだ。

「ナレシュ様には色々と尽力をしていただいている事はタバサからいろいろと教えてもらいました。本当にありがとうございます……」

そういって、パトリシアは深々と頭を下げた。パトリシアのその様子にもナレシュは少し驚きの表情をし、その後、軽く首を振った。

「パトリシア姫殿下も色々と大変だったことと思います。しかし、以前、お会いした時と変わられましたね。色々な事に心を痛めていらっしゃるのは、ずっと感じておりましたが……」

ナレシュはパトリシアの事をずっと泣いてばかりだったように思っていたのだろう。一時期、ルエラもパトリシアの事を本当に心配していた。

「はい、お気にかけていただきありがとうございます。アル様やジョアンナ、そしてタバサのおかげでしょう。そして、今回、時間をとって頂いたのは少し相談させていただきたいことがあったのです」

そこまで言って、パトリシアはちらりとアルの方を見た。そうか、ナレシュとはアルの方が親しいし、どこまで話をして良いのかの判断も難しいのかもしれない。アルは軽く頷く。

「僕から説明していい?」

アルの言葉にナレシュは頷いた。

「相談は二つ。一つ目はタバサ男爵夫人とドリスをパトリシアの下に引き取りたいという事。二つ目は、パトリシアの護衛を務めているジョアンナさんの生存をお伝えしたいという事なんだ。今、パウエル子爵配下としてこちらに逃れているクウェンネル男爵は、パトリシアの護衛を務めているジョアンナさんの実の父親なんだ。ナレシュ君はどう思う?」

「タバサ男爵夫人については、僕はかまわない。ずっとパトリシア姫殿下を心配されていたからね。でも、もう一つのジョアンナ卿の件については、どうなのかな。ジョアンナ卿には申し訳ない話だけど、ヴェール卿から狙われ、それを躱すのにせっかくパトリシア姫殿下は死んだと思わせたのだろう? レイン辺境伯やパーカー子爵もすっかりそう信じている。ジョアンナ卿が生きていたという事になれば、結局、パトリシア姫殿下の身が再び狙われることになるかもしれない」

ナレシュの心配も当然だろう。

「一応、普段、彼女はほぼ安全なところに居るんだ。そして、やっぱりジョアンナさんのお父さんは心配していると思う。なんとか伝えてあげる事は出来ないかな?」

うーんと言って、ナレシュは腕を組んだ。

「ストラウド様の件もあるからね……」

パトリシアに求婚しようとしたレイン辺境伯の次男。たしかに彼女が生存しているというのを公けにすればそちらの問題もでてくるのか。

「そして、今、丁度、タガード侯爵家のノラ様も丁度パーカーに滞在中だ」

「ノラ様?」

アルが首を傾げると、ナレシュがかるく微笑んだ。

「ああ、パトリシア姫殿下の婚約者であるジリアン様の妹君さ。タガード侯爵家からの外交使節として来られているんだ。以前、レビ会頭には、ジリアン様が生きておられるという話は伝えたと思うんだが、アル君にもちゃんとそれは伝わっただろうか? それの切っ掛けとなったのが、彼女の来訪の先触れだったんだ。僕はまだ会ったことがないけど、すごく頭が切れる方だとパーカー子爵から聞いた。年は僕たちより二つほど上のはずだよ。彼女にパトリシア姫殿下が無事だと知られれば、即引き取りたいという申し出が来るだろう」

なんとか知らせてあげたいのだが、そう言われると難しい気もしてきた。アルとナレシュはじっと考え込む。

「ナレシュ様、一つ提案させて頂いてよろしいですか」

クレイグが軽くお辞儀をしつつそう切り出した。ナレシュはパトリシアやアルの顔を見てから、いいよとクレイグに許しをだす。

「入ってきている話ですと、テンペスト王国内部のプレンティス侯爵に対抗しようとしている勢力は必ずしも意見がまとまっているわけではなさそうです。パウエル子爵閣下のようにテンペスト王国騎士団の中でもプレンティス侯爵家には従えないとして抵抗を続けている勢力と、タガード侯爵家に代表される有力貴族たちの間には特に溝がある様に思われます」

クレイグの話にはタバサ男爵夫人も頷いた。彼女もそう感じていたのだろう。

「もちろん、騎士団の中にはタガード侯爵家とつながりのある者もいるでしょうから、ジョアンナ卿の生存を伝えるのは、パウエル子爵閣下とジョアンナ卿の御父上であるクウェンネル男爵閣下のお二人だけに留めると良いのではないでしょうか。パトリシア姫殿下の生存については問われても、言質は与えずに判らないと告げ、それを話題にするのは、せめてセネット伯爵領を確保なりして姫殿下の安全を確保できるようになるまで待った方が良いのではと仰っておけば、御二人もそれ以上は問うて来られないのではと存じます」

パトリシアの生存については、すくなくとも安全を確保できそうな環境が整わない限りあいまいにしておくという案なのだろうか。アルには悪くは無いように思えた。しかし、クレイグの説明にナレシュは首を振る。

「パトリシア姫殿下の生存を示唆する情報を、いくら協力関係にあるとは言え、違う国の人間にだけ伝えて、レイン辺境伯閣下に伝えなかったとなると……」

「伝えてもよろしいかと思います。ジョアンナ卿がパトリシア姫殿下の護衛であったとわざわざ伝えなければ、そのつながりまではレイン辺境伯閣下は御存じありますまい」

ナレシュはすこし目を細め、クレイグを睨み見た。彼は素知らぬ顔をしている。しばらくそれが続いた後、ナレシュはため息をついた。

「わかったよ。パトリシア姫殿下がアル君と逃げた話は秘密にしていた。それと同じことで、何をいまさらとでも言いたいのだろう?」

ナレシュの言葉にクレイグは深くお辞儀をした。

「クレイグの提案でどうだろうか? 僕には悪くない案のようにおもえるけれど?」

アルはパトリシア、ジョアンナ、タバサ男爵夫人の顔を順番に見た。これほど複雑な政治が絡む話となると正直、アルには難しい。

「一つよろしいか? そうなると、私は今後どうすれば?」

ジョアンナが尋ねた。父の下に戻り、パトリシアの護衛を拝任する前のように王国騎士団の一員として働くことになるのではと彼女は考えていたらしい。

「おそらく、王国騎士団に戻られると、ジョアンナ卿の事を知っている者も多く居りましょう。そうなると秘密が秘密でなくなることに……」

クレイグはそう言って少し渋い顔をする。

「そうですか」

ジョアンナは少し気落ちした様だった。パトリシアの身辺警護は光栄な事ではあるが、今現在、彼女の安全はほぼ確保されており、彼女としては力の振るうところがあまりなく、訓練ばかりの日々なのだという。確かに研究塔というほぼ絶海の孤島で城壁に囲まれ、守護ゴーレムも居るような環境では彼女が得意としている剣や槍を振るう機会はほとんどないだろう。

「ならば、僕の手伝いをしてもらえないだろうか? 顔見知りが居るとしても、親しく話をしなければ、大丈夫ではないだろうか。とは言っても、自分自身が、まだ騎士ですらないので、きちんとした俸給は払えないが……」

ナレシュが言いだした。成程、彼はずっと忙しく手が足りていない。アルが手伝えないところでも、騎士の経験のある彼女ならできる事も多いだろう。ジョアンナとパトリシアは顔を見合わせた。おそらく外向けには、騎士見習い、従士に近い形でどうだろうとナレシュは付け足す。

「しかし、そうなると、姫様が私を必要とした時が……」

彼女としては、パトリシアの身辺警護の任が解かれたわけではないと言いたいのだろう。ナレシュはもちろんその時はパトリシアの下に行っても良いと答えた。

「わかりました。父の下に戻ると言っても、土地の奪還ができるまで、いくら騎士と強がっても俸給もなにもないだろうと覚悟していたのです。ナレシュ様にお仕えできるのなら望外の幸せです」

ナレシュはぱっと立ち上がってありがとうと声を上げた。余程うれしかったのだろう。ラドヤード卿は彼の父親から与えられた部下であったし、今従っている従士も正確にはラドヤード卿からつけられた従士でしかない。ということは、ジョアンナはナレシュ個人の初めての部下ということになるのかもしれない。いや、クレイグが居たので武官ではという但し書きが付くのか。

その後、話し合いは進み、タバサ男爵夫人とその侍女のドリスは、アルがこの国境都市パーカーにまだしばらく滞在するので、当面ここに居ることになった。そして、ジョアンナは逃れてきたという偽装工作を経て、ナレシュの従士としてレビ商会の屋敷に住む。ナレシュとパウエル子爵閣下との秘密会談の日程はその後調整するという事でまとまったのだった。