軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-20 タバサ男爵夫人再び

長い一日を過ごしたアルだったが、屋敷に戻ってナレシュたちと朝食を食べた後、まだ一つすることが残っていた。昨夕、研究塔に行ったまま、パトリシアと話をしたいと残ったタバサ男爵夫人の件である。話の結果を確認するべく、彼女の部屋を訪れたアルは、ドリスに留守番をお願いして、研究塔に 転移(テレポート) したのだった。

「おはようございます。アル様」

事前に転移の連絡をしていたからか、いつも転移先として利用している塔の前の広場では、パトリシアと一緒に、タバサ男爵夫人、ジョアンナの三人、そして、そのすぐ横にはマラキ・ゴーレムが待ってくれていた。マラキ・ゴーレムは表情がないのでわからないが、女性三人はにこやかな笑顔だ。お互い仲良く話ができたのだろうか。

「おはよう。みんな元気そうだね。上で待っていてくれたらよかったのに」

アルが微笑みながらそう言うと、タバサ男爵夫人は一歩歩み出て、アルに深々とお辞儀をした。

「アル様、パトリシア様をお救い下さり、ありがとうございました」

「えっ?」

虚をつかれて、アルは思わず声を上げた。だが、すぐにタバサ男爵夫人は、パトリシアを娘のように思っており、今までの話を聞いて礼を言いたかったのかと思い至った。年齢的には母娘という程は離れてはいないはずだが、彼女の責任感がそう感じさせたのだろう。

「ううん、パトリシアを放っておくことはできなかっただけだよ。話は終わったみたいだね」

この三人の様子からすると、アルが心配していたようなパトリシアに何か恨み言をいったりと言った事はなかったのだろう。

「はい。ですが、アル様と相談したいことがあるの。上で良い?」

パトリシアの問いにアルは頷いた。国境都市パーカーでの様々な問題は一旦落ち着いたはずだ。ナレシュたちはもう寝ただろうし、すぐに戻らなくても大丈夫だろう。アルたちは揃って塔の八階に移動したのだった。

八階の皆で食事をするテーブルには、水の入った椀に花が飾られていた。白い花びらは三本、中心から放射線状に伸びた形をしていて、甘い香りがほのかに漂っている。

「わぁ、良いね」

アルが思わず感嘆すると、パトリシアも大きく頷いた。

「良いでしょう? タビーママと朝から一緒にお散歩していて見つけたの。塔の外壁のすぐ内側に咲いている所があって、そこで摘んできたのよ」

塔の外壁内部はある程度改修作業を進めてはいるが、それはまだ研究塔や通路に面した農園や菜園が主だ。二人がみつけたのは、まだ未整備のところだろう。花が飾ってあるというだけで、とてもやさしい気持ちになる。アルは微笑んだ。

「念のために守護用ゴーレムに護衛させておりました。ご安心ください」

マラキ・ゴーレムが付け足す。

「大丈夫と言っているのに、研究塔を出たら、常に一体が付いてくるのよ」

パトリシアは少し不満そうだ。だが、この塔の守護用ゴーレムの破損具合からすると魔獣や魔法を使った相手との闘いが過去には有ったようだ。絶対に安全という訳ではないので仕方ないところだろう。

「で、話というのは?」

アルはそう言いながら、テーブルに座る。パトリシア、タバサ男爵夫人、ジョアンナも席に着いた。

「えっとね、二つあるの。一つ目は、ジョアンナのお父様、クウェンネル男爵閣下の話。パーカー子爵領には、プレンティス侯爵家に対して抵抗を続けているテンペスト王国第一騎士団が滞在しているらしいの。もちろん、シルヴェスター国王陛下の許しを得ての話らしいわ。その騎士団の一員の中に、クウェンネル男爵閣下もいらっしゃるらしいわ。できればジョアンナの無事をお知らせしてあげたい」

それは、もちろん連絡するべきだろう。ただ、ジョアンナが生存しているとテンペスト王国側が知れば、パトリシアもやはり生きているのではという事になる。秘密にしてもらえるようにお願いはしたいところだが、ある程度覚悟は必要になる。アルは少しだけ迷ったがすぐに頷いた。

「うん、お知らせしよう。ナレシュにお願いしておくよ」

「あと、もう一つ、タビーママとあとドリス……彼女自身には確認しないといけないけど……、二人にこの塔に来てもらいたいと思っているの。どう思う?」

タバサ男爵夫人の一族はどうしているのだろう。ナレシュの従者であるクレイグから聞いた話では、男爵家の主だった親族や仕えていた騎士たちは戦いの中で死んでしまったか、あるいはちりぢりになってしまったという話だった。アルが聞きにくそうにしているのを察したのか、タバサ男爵夫人が口を開いた。

「セネット伯爵領から逃れて来て既に半年近くが経ちます。私の身寄りの者が逃れて来ることはあまり期待できないでしょう。私自身の事は御心配には及びません」

孤独な身のはずだが、気丈なものだ。パトリシアの事を心配して食事もできなかったと聞いていたので、か弱い人かと思っていたが、そうでもないのか。彼女はさらに言葉を続けた。

「国境近くでは、生き残ったテンペスト王国騎士団の方たちが、王国の再興に向けて動いておりますが、今の状況でパトリシア様が姿を現されるのはまだ危険だというのは戦争を知らない私にも理解できます。そして、まだパトリシア様には知らなければいけない事も多い。それらを考えますと、私は教育係としてパトリシア様の許でお仕えさせていただきたいと思っております」

彼女としては、テンペスト王国再興が具体的になるまでは、研究塔で身を隠すのは賛成ということか。しかし、もし再興が成れば、どうしようと考えているのか。そのあたりは少し気になったが、彼女がこの研究塔で暮らすということ自体は、パトリシアには良い事だろう。花を飾るとか、そういった事はアルには思いつかなかった。

そんな事を考えていると、タバサ男爵夫人は急に真剣な表情を浮かべ、アルをじっと見た。

「ドリスが聞いてきた話では、テンペスト王国内はかなりの混戦状態のようです。王家を簒奪したプレンティス侯爵家、もう一つの侯爵家であるタガード侯爵家、そしてそれらとは一線を引き、様子見をしているいくつかの伯爵家、他にもプレンティス侯爵家の行為に異を唱える王国騎士団前騎士団長、このパーカー子爵領でも、シルヴェスター王国の了解を得て土地をお借りし、プレンティス侯爵家に対して抵抗を続けるテンペスト王国第一騎士団の大隊長、パウエル子爵が部隊を率いて駐屯しておられるとか」

そこで、タバサ男爵夫人は一度言葉を切った。一体何が言いたいのだろう。アルが彼女を見ると、彼女もじっとアルの事を見つめてきた。アルは思わず視線を逸らし、パトリシアを見る。パトリシアも少し不安そうな顔でタバサ男爵夫人をみつめていた。

「アル様は、どうしたら良いとお考えなのでしょう。パトリシア様を女王として、アル様はその王配になられるのですか?」

タバサ男爵夫人の言葉に、横で座っていたパトリシアがえっ?と声を上げた。王配というのは女王の配偶者の事だ。パトリシアはテンペスト王家の唯一の生き残りである。女王として、王国復興を目指すというのは確かに無い話ではないのかもしれない。ただ、今、そんなことを言い出しても、すぐに潰されるだけだろう。第一、彼女には女王になるという意思はない……はず?

アルはパトリシアの顔をじっと見た。パトリシアもアルの顔をじっと見返す。

「アル様はそう望まれるのですか?」

パトリシアの言葉に、アルは力いっぱい首を振った。そんなことは考えたことがなかった。アルは妹イングリッドを幼いころに亡くした。そんな悲劇が二度と起こらないようにと、その答えを古代遺跡に求め、懸命に呪文を習得してきたし、斥候としての技も磨いてきた。最近では魔道具の事も勉強している。祖父のディーンが辺境伯家に魔法使いとして仕えていたので、それに憧れる気持ちが無いわけではなかったが、王配として権力を持つというのはそれともかなりかけ離れている。

二人の様子に、タバサ男爵夫人は軽く首を振った。

「失礼しました。お二人ともそのような事に興味がないというのはよくわかりました。ですが、パトリシア様。もしそうだとしても、今の状況では、王家唯一の生き残りとして、公の場に立たないといけなくなる日が来るかもしれません。その時に備えて、アル様の為はもちろん、亡くなられたお父様やお母様の名を穢さぬためにも様々な勉強をされるべきです」

「タビーママ?」

パトリシアの言葉に、タバサ男爵夫人は首を振った。

「昨日は私もついパトリシアと呼んでしまいましたが、それは改めようと思います。パトリシア様も、私の事はタバサとお呼びくださいませ」

パトリシアは少し考え込んだ様子だったが、ゆっくりと頷いた。

「わかったわ。タバサ……。慣れないけど、努力するわ。私がずっと弱いままではいけないということね」

「はい」

何か急にパトリシアがしっかりした気がする。

「わかったよ。タバサ男爵夫人の件については、僕も良いと思う。こうやって花を飾ったりするのも素敵だしね」

「アル様、私もナレシュ様と直接お会いしたい。機会はありますでしょうか?」

アルは頷いた。夕方にはおそらく起きて来るだろう。アルは昨夕から今朝にかけて起こった事を手短に説明した。

「そんな事があったのですね。ということはアル様も昨晩は一睡も? 知らずに長々と話をしていてごめんなさい」

パトリシアは慌てた様子で言った。

「大丈夫だよ。夜が明ける前ぐらいに交代で仮眠したし、徹夜することは慣れてる。とりあえず、ナレシュが目を覚ましたら、予定を聞いて、また 契(ちぎ) りの指輪を使って 念話(テレパシー) で知らせる事にするね。それまで、この 転移(テレポート) の魔道具はパトリシアに預けておくことにしよう。タバサ男爵夫人とはまだまだ話をすることもあるんだろう?」

転移(テレポート) の魔道具もこの国境都市パーカーにとどまっている間は特に使う事もないだろう。

「わぁ、ありがとう。うれしい。じゃぁ、アル様がタバサの部屋に戻られる際、転移テスト用のゴーレムを連れていってください」

パトリシアの言葉にアルは頷いた。

「じゃぁ、一旦僕は戻るね。タバサ男爵夫人はどうされますか?」

「はい、私も一度戻ります。ドリスと話をしないといけません」

そこまで話をして、アルとタバサ男爵夫人は一旦部屋に戻ったのだった。