作品タイトル不明
13-13 拠点襲撃
アルは天幕の辺りに居たもう一人も同じやり方で眠らせ、手早く猿轡をして縛り上げるとふぅと一つ息をついた。そして、近くに繋がれた馬を驚かせないように注意しながら扉のある岩の周囲を見て回る。そして岩に直径二センチほどの丸い小さな穴が高さ二メートルのところと地面すれすれのところ、それぞれに複数開いているのに気が付いた。穴は小さくて、向こう側までは見ることが出来ないが、奥はすこし明るいので岩の中にくり抜かれた部屋に繋がっているのだろう。
何のためのものかはよくわからないが、そこに耳を近づけ、中の音が聞こえないか試してみる。だが、中は静かなものだった。話し声などはまるで聞こえない。聞こえるのは呼吸音……いびきらしいものだけである。
“ナレシュ君、見張りは片付けた。岩の中の連中はすごく静かだよ。寝てるっぽい”
ナレシュに 念話(テレパシー) を送ったが、返事はすぐには無かった。むこうでデズモンドたちと相談しているのだろう。そういえば、死骸を井戸に放り込んだのは昨日の夜中だ。この中の連中がその作戦をしていたのだとすれば、それを終えて休養中ということかもしれない。
“相手の馬も居るから、馬で近づくと興奮して騒ぐかもしれない。 飛行(フライ) 呪文をつかって迎えに行くから待っててね”
返事は待たずに、アルは 念話(テレパシー) を送ってナレシュたちが潜む場所に向かった。ナレシュとデズモンドと従士が二人、 運搬(キャリアー) 呪文を使って二往復すれば静かに連れて来られるはずだ。
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運搬(キャリアー) 呪文に驚かれながらも、なんとか敵拠点に四人を運び込んだアルは状況を改めて説明した。岩をくり抜いた部屋の中の間諜たちはまだ外の異変に気がついていないらしく、岩の中からはまだ寝息しか聞こえてきていない。
「なんというか……すごい手際だな。まるで凄腕の暗殺者じゃねぇか」
縛り上げた二人を見てデズモンドが半ば呆れたように呟いた。こういう事もできるからこそ 隠蔽(コンシール) 呪文は禁呪なのだろう。だが、この呪文を習得していることは明かせないアルはそれを説明できず、あいまいな微笑みをうかべるしかない。
「僕の予想だと、相手は寝ていると思うけど、罠である可能性が絶対ないという訳じゃないです。あまり動きがないから人数までは把握できてないし、間取りもわからない。もしかしたら部屋が複数あるかもしれない」
アルの説明に、ナレシュとデズモンド、従士たちは頷いた。
「縛り上げた見張りを脅して聞き出したいところだが、そんなに簡単に口を割るとも思えないからな。ところで扉には鍵とかかかってねぇのか?」
デズモンドは自分が先頭に立つのがさも当たり前かのように扉の前に立つ。頭が天井につかえそうだ。アルはナレシュたち四人に 知覚強化(センソリーブースト) 呪文の暗視を接触付与し、 盾(シールド) 呪文もかける。そして改めて四人の顔をみる。
「かかってるかわかんないから一応 解錠(オープンロック) するね。いい?」
「わかった。アル君頼む」
ナレシュたちは突入の手順などを相談済みなようで無言で頷く。
『 解錠(オープンロック) 』
続いてデズモンドが静かに扉を開けようとする。だが、扉に仕掛けがあったのか、ギギギと大きな音がした。
アル、ナレシュ、デズモンドは眼を見開き、一瞬顔を見合わせた後、急いで中を覗き込む。
部屋の中はおよそ四メートル四方の真っ白い壁の部屋だった。奥に降りる階段があり、扉の左右の壁には二段にくり抜かれていて、そこに藁が敷かれてある。下の段には窮屈そうに六人が、上の段には二人が寝ている。下の段の六人は革鎧を身に付けていた。ということは左右の上の段に寝ている二人は魔法使いだろう。
「抵抗するな! 動けば殺す!」
叫びながら勢いよく飛び出すデズモンドとナレシュ。
『 貫通する槍(ピアシングスピア) 』
『 貫通す(ピアシン) ……『 痙攣(スパズム) 』
勝負は一瞬で決着した。アルの 痙攣(スパズム) 呪文は、テンペスト側の魔法使いの呪文のうち、一つは間に合わず、一つは止めた。テンペスト側の魔法使いの 貫通する槍(ピアシングスピア) は三本。デズモンドとナレシュ、そしてアルの三人に向かって放たれた。だが、三人の身体に命中しようとしたその瞬間、六角形の盾の形をした光が、ゆらめくように姿を現し甲高い金属音のようなものを立ててそれを弾く。事前にアルがかけておいた 盾(シールド) 呪文の効果だ。
その結果、ナレシュとデズモンドはダメージを受けることなく二人の魔法使いの目の前までたどり着き、その喉元に剣を突き付けたのだった。ナレシュの従士も下の段で呆然としている男たちに槍を構える。
「わ、わかった。もう抵抗しない。私はテンペスト王国、プレンティス侯爵家第二魔導士団所属の魔導士、フレッチャーだ。捕虜としての扱いを望む」
魔法使いの一人が抵抗の意思がないと両手を上げて示しつつそう言いだした。デズモンドとナレシュが顔を見合わせる。彼が言っている捕虜というのは一般的な捕虜とは少し意味合いが違うだろう。
戦争の際に使われる言葉で、敵わない相手に対して降伏し、これ以上抵抗しない代わりに身代金を払って解放してもらう事を考えているに違いない。この男は密偵としての心構えなどがないままここに居るのだろうか。ここが見つかるわけがないとそういった教育を怠ったのなら、それは極めて甘い判断だろう。以前のヴェール卿との駆け引きを意識していたアルとしてはかなり拍子抜けであった。
もちろん、蛮族相手とちがって、人間同士の戦争の場合、戦った相手を皆殺しにするということはあまり無い。そして捕虜になった者が身代金を支払って解放されることもよくある事である。ただし、この場合、テンペスト王国とアルやナレシュの所属するシルヴェスター王国とは交戦状態にはなく、彼らがした行為は単なる犯罪であり、それを犯した彼は囚人にすぎないはずであった。
ナレシュとデズモンドがしばらく無言で語り合う。しかし最終的にデズモンドが軽く苦笑して頷き、ナレシュが口を開いた。
「わかりました。とはいえ、その判断は私では行えぬ。そのように申し出られたという事は、パーカー子爵閣下にお伝えしましょう。ただし、ここであなた方が行っていた事は正直に説明していただきます。また、状況が確定するまでは、口枷と手枷はしていただきます。よろしいですね」
口枷がないと、魔法使いはいつでも魔法が使えてしまう。普通の騎士のように武装解除だけで済ますわけにはいかないのだ。フレッチャーと名乗った魔導士は渋い顔をしつつ頷いた。しかし、逮捕ではなく、降伏を受け入れるのか。ナレシュとデズモンドには何か考えがあるのだろうか。
「お前さんは?」
「私も魔導士だ……捕虜となる」
デズモンドの問いにフレッチャーと同じく上の段で寝ていたもう一人の魔導士もがっくりとした様子で肩を落とした。彼の方はフレッチャー卿より状況がわかっているのかもしれない。だが、この状況は如何ともしがたいと判断したのだろう。二人の魔導士が抵抗を諦めたのを見て、他の六人も観念した様子で素直に縛り上げられたのだった。