作品タイトル不明
13-11 隣の集落
明るい日差しの中、アルとナレシュたち四騎の騎馬と一人の空を飛ぶ魔法使いは荒れた道を急ぎ、隣の集落にやって来た。こちらの集落では先程まで居た一番北の集落とはうって変わってまったく静かな様子であった。アルとナレシュ達が馬で近づくと、自警団らしい連中が近寄ってくる。最初は空に浮かんでいるアルに注意を奪われていたが、騎馬がナレシュだとわかると、軽く敬礼をした。
「ご苦労さまです。何か異変などありませんか?」
「はい。特には何も。ナレシュ様こそ今日は何かございましたか?」
自警団の者たちの態度はナレシュ達へのかなりの敬意を感じられるものだった。
「急で申し訳ないが、長に会いたい。呼んでもらえるか?」
ナレシュはそう言って馬から降りる。自警団の一人が大きな声でハイと返事をして集落の方に走り出した。他の三人も馬から降りたので、アルも地上に降りる。残った自警団の連中がアルとナレシュたちを丁重に集落のまん中にある広場に案内してくれた。集落の住人らしい子供たちを含む十数人が遠巻きにアルたちをみている。しばらくすると五十代と二十代の二人の男が小走りにナレシュの許にやってきた。
「ナレシュ様、お呼びとか……」
五十代の初老の男がナレシュの前に跪く。彼が長なのだろう。その様子には操られているような雰囲気は全く見られず、おかしい雰囲気などもない。アルはナレシュたちの陰で 魔法感知(センスマジック) を使って確認してみた。だが、何らかの呪文がかかっているような様子もなかった。
「忙しい所、すまぬな。実は昨晩、一番北の村の井戸に誰かが羊の死骸を放り込んだという事件があってな。それも、それを放り込んだ者が、長にそっくりの男性だったというのだ」
ナレシュが一番北の村で起こっている事件を説明した。
「なんと!」
「親父がそんな事をする訳が……昨晩はずっとこちらにおりました。一番北の村になど……」
二人とも、そのような事実は全くないと即座に否定する。周囲もすこしざわつきながらも、固唾をのんでみている感じだ。ナレシュとしてもそれは想像していたらしく、軽く頷いた。
「もちろん、わかっている。そなたに変装してこの避難してきた者たちの集落同士の反目を煽っているものが居るのだろう。パウエル子爵閣下の動きを警戒しているに違いない」
パウエル子爵……一体誰だろう。アルは首を傾げた。
『プレンティス侯爵騎士団と戦って負けたテンペスト王国騎士団の生き残りさ。もっと国境近くのあたりに、うちの国に協力を求めて逃げ込んで来たのが五百騎程居るらしい。集落によって色々あるが、ここの集落には表向きはただの避難民だが陰でパウエル閣下を支援しているって者たちが多いのさ……』
横でデズモンドがアルにこっそり囁いてくれた。なるほど、そういう勢力もあるのか。今一つテンペスト側の間諜の目的がよくわからなかったが、それなら頷ける。ナレシュもそういう事を知った上で、一番北の集落の連中にここの長はそういう人間ではないと説得を試みていたのだろう。
「その者がそなたに変装するためには、そなたの顔を見知っておく必要があるはずだ。最近、この集落を訪れていた者がいるのではないだろうか? 心当たりはないか?」
「ご存じだと思いますが、行商人はたまに来ております。こちらに持ち出してきた物を安く買い叩けるのではと考えた連中です。ナレシュ様がいらして以来、レビ商会が親身になって商売をしてくださっているので、極端な話はかなり無くなりましたが、それでも口の上手い者は居ります。その連中はどれも怪しいと言えば怪しいと言えるのですが……」
ナレシュの問いに長は少し考え込みながら、そう答えた。ナレシュは何者かの変装を疑っているようだ。確かに長が操られていないとすれば、何者かが変装しているという可能性が高いだろう。もちろん、裏切り者が居る可能性などもあるし、ナレシュがそれを考えていないということは無いだろうが、そこは順番に調べるということだろう。
「なぁ、親父、この間、流れの理髪師が来ただろう。あいつ変わってたよな。親父の髪を切るのは無料で良いって言ってた奴」
長の息子らしい二十代の男が急に思い出したようにそう言いだした。理髪師というのは、髪を切る事の他、皮膚病の軟膏なども売ったり、かんたんな外科手術まで商売をしている連中である。
小さな集落では髪は知り合いが切り、治療については薬師がという場合が多いのだが、大きな都市では髪の切り方などにも流行があったりして、専門の職業として理髪師を名乗る者も居た。
流れの理髪師というのは珍しい気はするが、国で内乱が起こったとすればそういう事もあるのだろうか。
「そうかな。儂に無料サービスをして、他の者で儲けようとしていただけではないのか?」
「でも、それにしては集落で一泊だけしてすぐ移動して……」
「たしかにそうだが……」
話し合っている二人に、ナレシュは判断するのは僕たちで、思いつく者がいれば言って欲しいと訊ねる。
息子の話によるとその男は三十代後半の男でその弟子だと思われる男女二人程と一緒に一週間ほど前に、黒い馬車で集落を訪れたらしい。そして、長の髪を無料で切った後、集落に滞在したが、他に誰も理髪を頼んだり、軟膏を求めたりした者はおらず、翌日には集落を立ち去ったらしい。
「黒い馬車……?」
話を聞いていたアルが思わず、身を乗り出すようにして訊ねた。長は慌てて頭を下げ、アルの事を誰かと怪訝そうに周囲をきょろきょろと見る。だが、ナレシュたちが何も言わないので、顔を上げるとアルの顔を見て答え始めた。
「はい、特に特徴があるわけではなかったですが、ここらに四人乗りの馬車が来るのは珍しいので印象に残ったのです」
「それって、こんな馬車でした?」
アルはゾラ男爵の屋敷の近くに止まっていた馬車を思い出しながら、 幻覚(イリュージョン) 呪文を使い小さな馬車を作ってみせた。周囲がそれを見てオオとどよめく。 幻覚(イリュージョン) 呪文を見たのは初めてだったのだろう。
「おお、たしか、このような馬車でした」「でした」
呪文に驚き、すこし反応できずにいた集落の長親子は、あわてて口をそろえて頷く。
「アル、変に馬車に拘るね。どうして?」
ナレシュは不思議そうに尋ねる。他の者も居るので、いつもと違いアルの事は呼び捨てだ。
「これはゾラ男爵を見張っていた馬車です。そして、辺境都市レスターでレビ商会を見張っていた馬車……どれも同じ形の黒い四人乗りの馬車なのです」
周囲に人が居るので言えないが、辺境都市レスターの外に逃れた時に追いかけてきていた三台の馬車も思い返せば同じ形の馬車だった。テンペストの魔導士はもしかして同じ形の馬車をつかっているのではないのだろうか。
「なるほど、ということは、この形の黒い馬車を探せば、何らかの手がかりになるかもしれないと?」
ナレシュの疑問にアルは頷いた。幻覚呪文で姿かたちを作れるほどよく知った形の 物体(オブジェクト) である。これなら呪文で探すことも出来る。
『 物品探索(ロケイトオブジェクト) 』 -黒い馬車
呪文の反応はすぐ帰って来た。北北西におよそ七キロ……。標高はあまり変わっていない。
この呪文は憶えてからかなり経っており、熟練度も十分に高いはずなのだが、それでも有効範囲は半径十キロほどが限界であった。
“位置把握できたよ”
グリィのお陰で呪文を何度も使いながら、正確に場所を把握するという手間は無くて済みそうである。
最悪、飛行しながら探そうと思っていたが、一回目に見つかるとは幸運だった。この集落で裏切り者が居る可能性も考えたアルは周囲を見回し、ナレシュとデズモンドに近づくと、小さな声で報告した。
「似た馬車が北北西七キロの所にあります。偵察してきても?」
荒地を馬で七キロとなると三十分ぐらいかかるかもしれないが、アル単独なら飛行するので十分もかからないだろう。村長の話を裏取りする間に往復して報告できるに違いない。
「わかった、先に行ってくれ。我々も後から追う。ついた頃に状況を知らせてくれたら良い」
その口ぶりは、ここで待っていることはせず、アルを追いかけて来るつもりらしかった。ここの長への聞き取りはもう良いと判断したのか、それとも、アルの意見をそれほど信頼してくれているのだろうか。
「では、長よ、騒がせてすまなかった。調査を続けるので、また何かあればよろしく頼む」
ナレシュは再び馬に乗った。デスモンドと従士の二人も続いて騎乗する。
「失礼ですが、こちらの方は?」
長がアルをちらりと見てナレシュに尋ねた。
「アルさ。僕の中級学校のときからのかけがえのない友人で、魔法の天才だよ」
ナレシュの中で、アルは、おかしい魔法使いではないらしい。アルは微笑みながらふわりと浮き上がり、北北西に向かって飛行を始めたのだった。