軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-5 アルからナレシュへ

夕方になってアルはナレシュが居るレビ商会の屋敷を訪れた。馬車寄せもある三階建ての立派な屋敷で、部屋もかなりの数がありそうだ。

「久しぶりだね。ナレシュ様……ケーンも」

夕食まではすこし時間があるということで通されたナレシュの執務室には、ナレシュとクレイグの他に、何故か一緒に中級学校を卒業したケーンも居た。ナレシュの応援として子爵家から派遣されているらしい。

「まぁ、色々大変だったらしいな。気を落とすなよ」

ケーンがアルに歩み寄って、肩を慰めるようにトントンと叩く。アルはそれに頷くようにしながらちらりとナレシュを見た。彼は申し訳なさそうにアルを見ている。唇はごめんと動いたようだ。ケーンがナレシュの応援でこの屋敷に居たのなら、アルがやってくることを秘密には出来なかっただろう。ケーンはアルを慰めようとして半ば無理やりこの席に来てくれたという所だろうか。

そういえば、パトリシアを辺境都市レスターに最初に案内したとき、タラ子爵夫人に連絡を取ってもらったのは彼だったので、アルとパトリシアの関係は当然知っている。

彼の口ぶりでは、彼はパトリシアが生きている事は知らされていないようだ。学友に隠し事というのは少し後ろめたい気持ちもあるが、とりあえずクレイグが教えてくれた通りらしい。だが、彼が同席しているということは、パトリシアを呼ぶことは無理そうだ。ケーンはアルの肩に手を置いて話を続ける。

「中々気持ちの整理もつかないかもしれないけど、少しでも前向きになっていこう。丁度、というのもおかしいけど、こっちでは色々と問題が起こっててさ。ナレシュ様も僕も手一杯でね。できれば手伝って欲しい。そうしたら気もまぎれると思うんだ」

いきなり出会った中級学校での学友相手にどう演技するのか迷っていたが、ここはケーンの言葉に乗るのが丁度良いかもしれない。アルはしょんぼりした気持ちを想像してそれらしく演技をしながら、うんと頷いた。

「アル君、クレイグからパトリシア様の話を聞いて、さぞショックだと思うけど、ケーン君が言った通りだ。可能ならば是非お願いしたい」

ナレシュもケーンの言葉に乗っかるように話をしてきた。ケーンはずっとナレシュと親しくしていたようだし、ナレシュは彼を信頼しているのだろう。パトリシアの件は折を見て打ち明けても良いのかもしれない。

ナレシュの手伝いか……。辺境都市レスターに急いで帰ってもすることがあるわけではない。もしこちらでできる事があるのなら、もちろん手を貸したいところだ。

ナレシュはアルとケーンにソファを勧め、自身もその対面に座った。アルとケーンは並んで座る。ナレシュは話を続けた。

「アル君は冒険者だから、無給でというわけには行かないと思ったんだけど、僕に許されている予算はあまりなくてさ。現物でお願いしたいと思っている。急いで用意したので足りるのか不安だけど、見てみて欲しい」

ナレシュはクレイグに目で何か合図をした。傍らで立っていたクレイグは頷き、後ろの机の端に置いてあった細長い木の箱が複数乗ったトレイをアルの前に置く。アルは入室してきたときから気になっていた箱だ。装飾がなされ、サイズ的には呪文の書が入っているに違いない箱である。

「避難してきた貴族たちから食料やその他の品々の代償として、美術品やこういった物をレビ商会に買い取ってもらっているんだ。今回の話はデズモンドに了承を貰った」

呪文の書らしきものが入っているであろう木の箱が4つ。アルはおもわず目を輝かせる。

「えっ? こんなにいいの?」

“アリュ。だめよ 演技! 演技!”

グリィがアルの耳元で大きな声を出した。そうだった! アルは急いで顔を作る。

「よかった。少しは元気を取り戻してくれたみたいだね。これらが報酬になるか、まず確認してもらっていいかい? このうちの一巻はテンペスト王国の魔法使いが騎士殺しとして使う有名な呪文なんだよ。王国外には決して呪文の書を流出させないと厳しく管理していたものさ」

ナレシュはそういってにっこりと微笑んだ。そのような貴重な呪文の書を貰っても大丈夫なのだろうか。彼の承諾を得て、アルはトレイに乗った細長い木の箱を手に取り順番に中を確かめていく。木の箱は4つ。そのうち3つは、飾りも三つで一つのようになっている。それぞれ 魔法発見(ディテクトマジック) 、 透明発見(ディテクトインヴィジブル) 、 幻覚発見(ディテクトイリュージョン) が入っていた。そして、それとは別の一番装飾が立派な箱には 貫通する槍(ピアシングスピア) という呪文の書が収まっていた。発見系の呪文三巻だけでも買えば五十金貨はするだろう。後の一巻は市場に出回っていない呪文で、値段は付けられない。

「 貫通する槍(ピアシングスピア) 呪文……。テンペスト王国が他国には流出を禁じた呪文を僕に?」

「これと交換に保護を頼んできた貴族に、この呪文の書を出したことをシルヴェスター王国には秘密にして欲しいとお願いされたんだよ。おおっぴらに献上したとなれば、他のテンペスト王国の者たちから何と言われるかわからないという理由でね。彼としては差し出せるものは他になく、家族を守るために仕方なく選んだ選択肢だったようだ」

そして、ナレシュやレビ会頭でなければ、そのような都合の良い願いなど受け入れられなかったに違いない。

「アル君ならこういうのを欲しがるだろう?発見系の三巻は有名な呪文だから、既にアル君が習得しているかもしれないけど、きっとこれは知らないと思ってさ」

「騎士殺しとして使う有名な呪文? どんな呪文なのかな」

貫通する槍(ピアシングスピア) 呪文というのはアルが聞いたことがない呪文だった。テンペスト王国のみで使われていた呪文というのならそれも不思議ではないのだが、一体どのような呪文なのだろう。

「テンペスト王国には鎧を身に着けていてもそれを貫くほどの威力を持つ魔法を習得している魔法使いが居るという話を以前から聞いていた。だが、詳しい情報はなくてね。対処するには呪文を行使させる暇なく突っ込むしかないという話だった。もし、他にこの呪文の対処方法があれば、それもアル君には調べてもらいたい」

「わかったよ。習得したら、どんなものか一緒に試してみよう。報酬としてはこの四巻でもちろん十分だよ。それで、僕が手伝えることっていうのはどんな事? 何か殺人事件が起こったというのはデズモンドさんから聞いたけど……」

ナレシュはアルの言葉に頷いた。

「いま、一番頭が痛いのはジョン・サンフォード殿が殺された件だね。爺とシグムンドがそれの調査をしてくれているのだけど、残念ながら進展がない。今はアル君に教えてもらったトネリコ通りに聞き込みに行っているはずだ。帰ってきたら話を聞いてみて欲しい。後はタガード侯爵家から使者が僕の所にも来ていてね。その事も相談したい」

ナレシュが爺と呼んだのはラドヤード卿の事だろう。土地鑑はないが、何か手助けになる事があるなら協力しよう。タガード侯爵家とはパトリシアの許嫁が居る所だ。何を相談に乗るのかわからないが、パトリシアの意見をききたいという所だろうか。とりあえずアルは頷いた。あとはタバサ男爵夫人の件か。出来れば会ってみたいものだが、その前に渡しておきたいものがある。

「ナレシュ君、君にお土産があるんだ。それと、これを……」

アルはいつもの背負い袋に四つの呪文の書をしまい込み、代わりに立派な造りの似たような木箱を一つ、そして布を巻いた長い棒をテーブルに置いた。

「まずは、君から貰った 肉体強化(フィジカルブースト) 呪文の呪文の書だ。無事習得を終えたので僕にはもう不要になった。なので返しておくよ。修復も済ませて新品同様になっているし、ちゃんと 梱包(パッキング) 呪文で保護した状態にしてあるから、管理にそれほど注意しなくても大丈夫。魔法使いギルドの証明書はないけどね。ナレシュ君も僕と同じ15才だろ、まだ呪文習得を諦めるには早いかなと思ってさ」

ナレシュは驚いた顔をした。

「君はまだ、僕に呪文習得の可能性はあると?」

「うん。時間あるときに、その手伝いもするよ。もう一度試してみるのはどうかな」

その横で、ケーンも目を輝かせた。

「それって、僕も一緒にお願いできないかな?」

「もちろん、歓迎するよ」

ナレシュはクレイグをちらりと見る。

「ちゃんと寝る時間は確保してくださるなら……」

クレイグは渋々といった様子で頷いた。

「わかった。では、一旦ありがたく返してもらう事にする。そういう事ならアル君にはこの屋敷に部屋を用意するよ。それのほうが僕も連絡を取りやすいからね」

「ありがとう。じゃぁ、お言葉に甘えてそうさせてもらう。それともう一つはこれだ。見てみて欲しい」

アルは長い棒を指さす。ナレシュはずっしりと重いそれをゆっくりと持ち上げた。巻いてある布がほどけると、飾り気のない黒革の鞘に収まった鍔のない大きな剣が姿を現した。以前古代遺跡で見つけたバスタードソードである。

「これは……抜いてみてもいいかい?」

アルが頷くのを見て、ナレシュはソファから立ち上がり、無骨な雰囲気の柄を握るとゆっくりと剣を抜く。青白く銀色に光る刀身が姿を現した。ナレシュはじっとそれを見つめる。

「なんと、吸い込まれそうな……。この剣はさぞかし名のあるものだろう」

「詳しい事は言えないけど、古代遺跡で二振り手に入れたんだ。そのうち一振りはパトリシア様の身辺を守る女騎士に譲ったのだけど、彼女はそれでワイバーンと戦い、硬い鱗を簡単に斬っていたよ。 梱包(パッキング) 呪文と 保持(リテント) 呪文で保護されていると思うので、手入れもあまり要らないはずだ」

アルがそう告げると、ナレシュだけでなくクレイグやケーンもほぉと驚きの声を上げた。だが、その反応を見て、アルはジョアンナがワイバーンを斬ったことは秘密にしておかなければならなかったのを思い出した。

「ワイバーンを?! それほどの切れ味か……」

「ごめん、ワイバーンの件は言っちゃいけなかった。この場だけの話にしておいてほしい。剣の事はよくわからないけど、とりあえずそれぐらい斬れるって事みたいだよ。この剣をナレシュ君に使ってほしい。セネット伯爵領からの避難民に対して君がしてくれている事に対する礼と思ってくれると嬉しい」

ナレシュは怪訝そうな顔をして、アルの顔をじっと見る。

「それについては、礼など必要ないだろう? 私は自分がすべきだと思う事をしているだけだよ」

「そうかもしれないけどね。僕たちには無理なんだ」

ケーンが居るので”たち”というのは極力小さな声で言う。伝わっただろうか。ナレシュはじっとアルを見た。しばらく間が空く。

「そうか、そうだね。わかった。礼として貰っておいたほうが、気が収まるのだね。ならば、貰っておくよ。でも、手伝いはしてくれるんだろう?」

「もちろん」

アルは即答した。この剣をナレシュに贈ることで、セネット伯爵領の避難民の処遇をナレシュに任せてしまっている現実について、パトリシアが感じている罪悪感が少しでも薄れれば、アルとしてはそれでいいのだ。もちろん、それに関しての手伝いはするつもりだ。アルとナレシュのやりとりをクレイグは頷きながら聞いていた。ケーンは意味が分かっていない様子で不思議そうな顔をしている。

「クレイグ、この剣の鞘と柄をテンペスト王国風に拵えてもらえるように手配してくれないか。パトリシア姫から託された遺品として佩くことにしようと思う」

ナレシュの言葉にアルは何度も頷いた。