作品タイトル不明
13-2 青空市の異変
正規の店舗に幻滅したアルは、次に国境都市パーカーのスラムにある 青空市(バザール) を訪れた。かなりの人が通りを往来しており、活気に満ちているのだが、治安はあまり良くないようで、大声を上げて罵り合ったりという風景もあった。
とは言え、中級学校に通いながらも領都のスラムでスカウトの修行をしたアルにとってはこの程度は慣れたものだ。マドックの話によると、それらしい店があつまっている所があるらしいので、辺境都市レスターでララの店を探した時と同じように、 魔法(センス) 感知(マジック) 呪文を使いながら、魔法の反応のある品物を取り扱っている店を探す。
しかし、かなり歩き回っても、それらしい店はなかなかみつからない。二時間ほど歩き回ってようやく崩れかかったアーチの先に細い路地を見つけ、そこでガラクタのようなものと一緒に魔道具を並べている老人が営む露店をみつけたのだった。
「こんにちは、おじさん」
アルはにこやかに商品を並べている老人の店主に声をかけた。魔法使いギルドの承認を得ずに呪文の書を売るというのは、非合法ではないが、あまりおおっぴらに出来る事でない。ララの店もそうだったが、おそらくいきなり売っているか尋ねても素直に売っているとは言わないに違いない。
「やぁ、いらっしゃい。何か探しものがあるのかい?」
「うん。面白い魔道具を探しててね」
とりあえずアルはそう言って、並んでいる商品の一つを手に取った。魔道具屋が広げた布に並んだたくさんの商品の中で本当に魔道具であるのは三つだけだった。他はそれっぽいガラクタである。その三つのうち、一つは光の魔道具、一つはララの店でも見たことのあるコンロの魔道具だった。そして、アルが手に取ったのはよく知らない魔道具である。
アルが手に取ったものをみて、その老人は少し目を細めて、アルを見た。
「よくわかったな。そんな恰好をしているが、魔法が使えるのか」
魔法(センス) 感知(マジック) 呪文というのは魔法使いが憶える呪文の中でも比較的初心者が憶えていることが多い呪文である。アルが呪文を使って魔道具であると見極めたと想像したのだろう。
「まぁ、そうだね」
アルはそういいながら、魔道具に描いてある魔道回路をちらりと見た。最初に“重さ”の 記号(シンボル) が目に入る。それも逆位置だ。だが、配置はアルの憶えている 飛行(フライ) 呪文ともちがう。そういえば、オーソンが持っていた魔道具に似ている気がした。
“ 落下抑制(フォーリングコントロール) の魔道具ね”
アルの予想とグリィが囁いたのは一緒だった。彼女の記憶力は間違いないだろう。アルは、その魔道具を広げた布に戻した。 飛行(フライ) 呪文を習得済みのアルにとっては、それほど欲しい魔道具というわけではない。
「ねぇ、おじさん、他には?」
店主は不思議そうな目でアルを見た。
「何か聞かなくてもわかったのか?」
「僕はね、他の街で魔道具について修行していたことがあるんだよ」
アルはそれぞれの魔道具を指さして、これは何の魔道具なのか説明すると店主はどうしてわかるのかと驚いた顔をした。ララに師事したのはせいぜい二、三ヶ月だったが、魔道具の見極めについてはしっかりと叩き込まれていたので間違うことはあまりない。
「正解じゃ……。な、なら、これは判るか?」
老人はすこし慌てた様子で、直径五センチほどの丸く平たい魔道具を見せてきた。アルはそれを受け取ると、表裏ひっくり返しながら詳しく見た。裏側に蓋のようなものがあって、そこを開けると、魔石と魔道回路が描かれている。
「魔道回路、小さいな。でも、これぐらいなら……」
『 知覚強化(センソリーブースト) 』 -視覚強化 拡大
アルはワクワクしながらじっとその魔道回路を見る。そこに並んでいる 記号(シンボル) も見覚えのあるものばかりであった。アルは少しがっかりしながら、魔道具を老人に返す。そして、掌をひねって 念話(テレパシー) 呪文を使った。
“これは、 解錠(オープンロック) の魔道具だよ……。駄目だよ、こんなの持ってたら危ないよ?”
店主は眼を見開いたまま、じっとアルを見た。
「そ、そうか……。あははは、そなたの腕を見せてもらおうと思ったが、確かに本物じゃな」
声が虚ろに響く。この様子では店主はこの魔道具が何か知らなかったのだろう。だが、これが有れば誰でも鍵のかかった部屋に盗みに入ることが出来てしまう。衛兵隊にみつかれば、泥棒扱いされかねない代物だ。店主は、そそくさとその魔道具をしまった。
「ねぇ、呪文の書ってないかな?」
アルは挙動不審に陥っている店主に尋ねた。きっと今なら扱っている呪文の書があれば見せてくれるだろう。
「あ、あるのは、こ……これだけじゃ」
店主が渡してくれた大きめの布の袋の中には、呪文の書が10巻ほど、雑多に突っ込まれていた。明らかに状態はあまりよくない。これでは、習得できる可能性は低いだろう。アルは落胆して思わずため息をついた。
「値段は幾ら?」
「ど、どれも……金、いや、銀貨一枚で良い、じゃから……」
金貨数枚で売っていたものを、銀貨一枚で売るので 解錠(オープンロック) の魔道具については黙っていて欲しいという事か。先程の正規店が暴利を貪っているのとは違い、 解錠(オープンロック) 呪文についてはアル自身も習得している呪文であるし、その魔道具をここで売っていると告げ口するつもりもないのだが、そこはあえて口にはしない。それに、この状態のよくない呪文の書に銀貨一枚は、ある意味妥当であり、金貨はふっかけすぎだろう。義理を感じるほどでもない。
こういった商売でふっかけるのは正規の店で暴利をむさぼるのとちがい、ある意味お互いわかったうえでの掛け合いなので目くじらを立てるほどのことでもないだろう。
一応、中にある呪文の書のタイトルを確認していく。 魔法の矢(マジックミサイル) や 光(ライト) といったアルも習得済みのものが多い。未習得のものは 眠り(スリープ) 呪文が二巻、そして 念動(テレキネシス) 呪文が一巻。
「この三巻を貰うね」
アルは銀貨を三枚店主に渡し、残りの呪文の書が入った布袋も併せて店主に返す。
この三巻は、以前、ララから買った 飛行(フライ) 呪文の呪文の書より、さらに状態は良くない。だが、あの時、ある程度解析を進めていたおかげで、その後、正規の 飛行(フライ) 呪文を手に入れた時にはすぐに憶えることが出来た。これも、習得できることは期待薄だが、同じように正規の呪文の書を手に入れたときに、習得時間を短縮できる可能性はあるだろう。
「この 青空市場(バザール) で、魔道具を扱ってる露店っていくつかあるって聞いたんだけど、知らない?」
その問いに店主はすこし怯えたような表情を浮かべ上目遣いにアルをじっと見る。少し考えた後に慌てた様子で首を振った。
“どう見ても何か知ってそうだよ?”
グリィはそう言っているが、アルもそれについては同じ思いだ。だが、しかし何か危険な臭いもしてきた。スラムの縄張り争いといった所だろうか。だが、気になったアルは店主に対して再び念話呪文を使った。
“ねぇ、知ってることを教えてよ”
店主は一瞬目を見開き、アルから目を逸らす。そして広げていた商品をかたづけ始めた。
“ねぇ……。心の中で念じるだけで念話は答えられるんだ。周りには聞かれないから、安心して答えてくれればいいよ”
アルが何度かしつこく尋ねる。店主は手を止め、アルをじっと見返した。
“トネリコ通りだ。変な連中がやってきて、追い出された。残って抵抗してた奴もいたようだが、どうなったか知らない。儂が知っているのはそれぐらいだ。今日はもう店じまいをする。もう帰ってくれ”
それだけ店主は念話を返すと、露店の商品を全てまとめて、背中に背負うと立ち上がった。無言のまま、その場を立ち去っていく。どうするか少し考えたが、これ以上呼び止めてもどうしようもあるまい。
“僕は、冒険者のアル。何か話したいことが出来たら、僕は職人街にある《兎の狩人》亭に泊ってるから訪ねて来て”
何ができるかわからないが、一応そう伝えておく。到着して早々、危ない事に首を突っ込んでしまったかもしれない。アルは何も起こらなければ良いなと思いながら、足早に去っていく店主の背中を見送ったのだった。