作品タイトル不明
11-6 西棟
アルが案内された西棟は幅八十メートル、奥行き八十メートルもある大きな建物だった。天井までも五メートルほどあり、アルは思わずその天井を見上げた。
「わぁ、おっきい建物」
「大きなゴーレムもございますので、このような大きさとなっております」
マラキ・ゴーレムの口調は丁寧で、アルとしては違和感が強い。だが、彼自身の希望と言われれば慣れるしかないのだろう。
守護ゴーレムの身長は三メートル近くあった。それらを保守するのであればこれぐらいの天井の高さとなってしまうのだろう。登録を済ませたおかげか、アルが扉に手を触れても、建物の大きな扉はスルスルと開いた。中には様々な形のゴーレムが金属の太いはしごのようなものに吊られる形で並んでいた。それらのゴーレムはきちんと手入れがされていて埃などかぶっていない。だが、手足や一部の部品が欠けているゴーレムがほとんどだ。
「これほど損耗しているとは……。年月が経ってしまっているのか、それとも何者かの襲撃を受けたのか」
マラキ・ゴーレムは保守装置の状態を確認し、首を傾げる。顔がないので表情がわからないが、なんとなく困惑しているような気がする。彼はしばらく壁際に並んだ箱などを確認していたが、すぐに、ああと声を上げた。
「かなりの数のゴーレムの交換パーツが底をついております。それに設備の修復に使うための素材も同様です。この年月の間にかなりの数の侵入者に対処してきたと思われます」
メンテナンスがある程度自動でできると言っても、そこには限界があるということだろう。アルはどうしたらよいのかとマラキ・ゴーレムを見た。
「交換パーツは研究塔の一階で作ることが可能です。その作り方は設計図が残されており、私でも作成は可能です。また、設備の修復に必要な素材は、岩石や土となります。ゴーレムたちはこの施設から外には出ないように制御されているため、不足したのでしょう」
岩石や土は良い。日が完全に暮れるまでに採ってこよう。ただ、交換パーツを作るとして材料は必要ないのだろうか。そうアルが尋ねると、マラキ・ゴーレムは頷いた。
「ゴーレムの身体をつくるための素材も同様に足りません。研究塔は大量生産のための施設ではございませんので、これらのパーツを作るのに大量に使う鉄や銅、錫といった金属類、粘土とよばれる土などの備蓄量はそれほど多くありません」
鉄や銅はなんとなくわかるが、錫、粘土といったものはどこで手に入れればいいのか。 アルは首を傾げる。
「錫は、食器を作る時に多くつかう金属でございますが、難しければ青銅製の武器などを鋳つぶすことによって、銅も併せて入手が可能です。粘土というのは陶器を作る時に必要となるきめが細かく、粘り気のある土の事となります。素材によって得られる強度がちがいますが、ある程度きめの細かいものであれば作成は可能です。どちらも大きな商人であれば取り扱いがあると存じます」
なるほど、元々食料は足りないだろうと思っていたが、そういったものも必要ということか。だが、素材さえあればなんとかなるのであれば、一緒に買ってくるしかあるまい。
「恐れ入ります」
マラキは丁寧にお辞儀をした。
「それさえそろえば、塔が空を飛ばなくても大丈夫そう?」
アルの問いにマラキは軽く頷く。
「完全状態ではございませんが守護ゴーレムが十体おります。念のため、資材の購入に向かわれている間は、研究塔にある材料を使って優先的に守護ゴーレムの交換パーツを作るように致します」
アル自身は戦った事がないが、守護ゴーレムは強そうだ。買いに行く間位なら今の戦力で耐えてもらえるだろうか。
「できるだけ早く買い物に行くよ。あとは東棟だね。東棟には何があるの?」
「東棟には、ワインの醸造のための様々な設備、出荷のためのワイン庫の他、畜舎や菜園などが有った頃にそれ用の農具、収穫物の保存庫や解体作業のために使われた設備などになります」
アルはそう聞いて軽く頷いた。ワインは後回しでいいだろう。
「他になにか要りそうなものは?」
「自給自足を目指されるのでございましたら、菜園でそだてるための作物の苗や種が必要となります。浮上できないとなれば、気温などの条件が変わりますので、当初育てておりました作物は育たない可能性が高うございます。試行錯誤が必要になるかと存じます」
なるほど。二千メートルの高さで飛んでいた時はかなり寒かったが、ここはかなり暖かい。小麦などは育つまい。何が作物として向いているのだろう。これも一緒に聞いてみないといけない。大麦やライ麦なら大丈夫だろうが、芋類のほうが良いかもしれない。
「成程ね。わかったよ。今日はもうすぐ日が暮れるけど、土や岩石だけは先に採取してくる。他に必要そうなものを整理して、明日の朝、出発しよう。マジックバッグがあって本当に助かった。テンペスト様のご遺体はどうする? 主寝室に?」
「いえ、さすがにそれは……。区画内の一部に改めて墓を作らせて頂いてよろしいでしょうか?」
アルは頷いた。それのほうが良いだろう。近くに花畑なども作ると良いかもしれない。
「明日行くのはアル殿だけにするか?」
ジョアンナの問いにアルは軽く頷いた。パトリシアたちが逃げ出した後どうなったのかの確認もしたいし、金属などを入手する事を考えると、レビ会頭と話をするのが一番良さそうだ。それを考えると、パトリシアとジョアンナはここに残ったほうが良いだろう。
「パトリシア様とアル様とは 契(ちぎ) りの指輪で離れていても念話ができると伺いました。それと、あとは以前、話をさせて頂いておりました、転移の魔道具をお持ちくだされば、ここに何かしら異変が起こりましても、アル殿はお戻りいただくことが可能かと存じます」
マラキ・ゴーレムの言葉に、アルとパトリシアは力強く頷いた。そうだ、転移の魔道具。それはどこにあるのだろう。
「ゴーレムの試作品のなかで持っているものがおります。塔に戻りましょう」
西棟の確認を終えたアルたちは、塔に戻る事にした。
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塔の一階で、マラキ・ゴーレムは壁面の黒い板に触れて何か操作をした。何をしたのかマラキ・ゴーレムに聞くと、二階から七階にある様々な試作品のうちの一つを選び、それを一階の作業用のスペースに取り出すように指示をしたのだという。しばらく待っていると、奥から一辺が二メートルほどの金属の大きな箱が音もなく移動してきた。アルたちの手前でその箱は開く。中には樽が一つぽつんと置かれていた。よく見ると、その樽にはおもちゃのような手が一本突き出ており、なにか丸くて白いものを一つ握っている。
「これは?」
マラキは箱の内側に貼られた木の板を指さした。そこには『転移先安全確認用のゴーレム 対応タイプ 音声、ボタン』と書かれている。それぞれの試作品にはこのような説明がつけてあるのだろう。
「 転移(テレポート) 呪文というのは非常に便利でございますが、習得の難易度は高く、誰でも使えるわけではございません。体質的に魔法が使えない者も居ります。そのため、テンペスト様の時代には、 転移(テレポート) 呪文が利用できる魔道具が何種類も存在致しました。ですが、危険もございます」
アルは首をひねった。 転移(テレポート) 呪文に危険?
「 転移(テレポート) 先に魔獣や蛮族が居ることもある?」
ジョアンナが自信なさげに答えた。ああ、確かに 転移(テレポート) 先の状況というのはわからないのか。そういうリスクは常にあるかもしれない。
「もちろん、それも考えられます。危険な相手というのは、魔獣や蛮族だけではなく盗賊なども考えられます。ですが、その危険は安全な屋内を転移先として登録することによって抑える事ができます」
マラキ・ゴーレムの説明に皆が頷いた。そして、他に問題があるのかと首を傾げた。パトリシアが急に何かを思いついたのか、手を上げた。
「わかったわ! ここみたいに空に浮かんでいたはずの塔に移動しようとしたら、塔がなくなっていたりする!」
ああ、長い年月の間に建物が変わっていたりするということもあるのか。古代遺跡だと地面に埋もれていたり、水に沈んでいたりというのもあるのかもしれない。
「はい、その通りでございます。 転移(テレポート) 呪文を魔道具で利用する場合、 転移(テレポート) 先は座標を元に行われます。単純にそこに建物が建ち、 転移(テレポート) 先が塞がってしまった場合には 転移(テレポート) そのものが失敗するので問題ございませんが、工事等によって、転移先が危険な場所に変わってしまっていることがございます。また、他人が持っていたもので、単純に 転移(テレポート) 先にどこが登録されているか不明な場合も考えられます」
なるほど、古代遺跡で 転移(テレポート) の魔道具をみつけたとしても、いきなり試すのは怖すぎる。テンペストの時代でも、盗賊が持っていたりしたら、同じような話だろう。そのための転移先安全確認用のゴーレムという訳か。
「このゴーレムが持っている魔道具は 転移(テレポート) の魔道具です。一番シンプルなもので、 転移(テレポート) 先は一か所しか登録できません。 転移(テレポート) を行った際に、以前の 転移(テレポート) 先を残すか、或いは新たに 転移(テレポート) 元を 転移(テレポート) 先として登録するかが選べます。飛ばずに今の場所を 転移(テレポート) 先として登録することも一応可能でございます」
転移(テレポート) 元を 転移(テレポート) 先として登録する?? ああ、行った後、出発した場所を登録しておけば戻れるということか。
「ただし、注意点がございます。地下や水中では現在座標がとれないところが多いようです。その場合は 転移(テレポート) 先の登録を失敗してしまいます」
アルたちは頷いた。帰ってこられなくなったら大変だ。今、登録してあるのは、かつて、塔の入口のすぐ外だった場所で、今は高度二千メートルの空の上だということだった。
「 転移(テレポート) の魔道具というのは、テンペスト様の時代にはありふれていたのかしら? それと、ここに残されているのは一つだけ?」
そうそう、それも聞きたかった。パトリシアの問いに、アルもマラキ・ゴーレムの方を見る。
「ここに残されているのは、この一つだけです。テンペスト様が試作のゴーレムをお披露目した後、持たせたままだったものです。ありふれていたかどうかについては、私は存じません。転移を使われる魔法使いの方に頼んでもなかなかすぐには作ってもらえないと愚痴をこぼされているのは聞いたことがございます」
試作ゴーレムの中には、いろいろと面白いものがあるのかもしれない。
「呪文の書……とかは残って無い?」
アルは、恐る恐る尋ねた。マラキ・ゴーレムの今までの説明からすると、テンペストは研究塔を使わなくなり、引き払ったような印象だ。呪文の書などは期待薄な気がしたが念のためだ。
「残念ながら、その通りでございます。テンペスト様は、青年の頃は新たなゴーレムを作る意欲が盛んで、その頃にこの研究塔も作られたようでございますが、私を手に入れられた頃には、その意欲も失われており、作られるゴーレムも他の方からの依頼を受けたもののみに限られておりました。ワインの出荷も自動で済ませるような仕組みとなっており、こちらに来られる事はあまりありませんでした。そのため、呪文の書や金銀宝石といった宝物などはこちらには残されてはおりません」
テンペストの死後、家族などはここには来なかったのだろうか。
「ワインはテンペスト様個人の趣味でした。私の知る限り、一族の会話でここが話題に上ったことはございません。死後は私もわかりません。ずっとテンペスト様と共にありましたので……」
そういうことか。せっかくの設備なのに勿体ないとは思うが、そのおかげで忘れられた塔として残っていたわけか。
「他に見ておくべき所ってありそう?」
マラキ・ゴーレムは首を傾げる。畑は後回しで良いだろうか。
「それよりも、申し訳ありません。パトリシア様、テンペスト様のお墓をどこに作ったらよいか、相談に乗っていただけますか?」
マラキ・ゴーレムはお辞儀をした。パトリシアはアルの顔を見る。
「そうだね。パトリシアとジョアンナさんはマラキとそちらをお願い。岩石や土の採取は僕一人でも大丈夫。島から登り口がないか気になるから、それを確認しがてら行ってくるよ。テンペスト様の御遺体は塔に置いていいよね? ワイバーンの死骸も置いておく場所ある? 一応 温度調節(サーモス) 呪文で冷やしてあるからすぐには腐らないと思う……」
アルたちは手分けして、作業にとりかかることにしたのだった。