軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11-5 研究塔 後編

先頭のマラキが、塔の南側の扉に手を触れると、扉は音もなくすーっと開いた。それと同時に部屋の中の天井に規則的に設置された白い半球型のものが手前から順番に光を放ちはじめ、部屋の中はやわらかく照らされてゆく。

「おぉお、すごい」

思わず、アルが声を上げた。その後ろに居たパトリシアとジョアンナも驚きで目を丸くしながら壁や天井を眺めている。

「これぐらいは当然だろう」

マラキ・ゴーレムが驚く三人のほうが不思議だと言わんばかりの口調で応える。そこに、上級作業ゴーレムとほぼ同じゴーレムが二体、奥からやって来た。マラキ・ゴーレムに対して丁寧にお辞儀をする。マラキ・ゴーレムも礼を返した。

「アルとパトリシア様、ジョアンナ殿も登録をした方が良いな」

マラキ・ゴーレムがそう言って、塔に入ったすぐ内側の壁にアルの顔の高さぐらいの黒く艶のある石板のようなものを指さした。

「訪問者としてはすでに登録しているが、それだけでは、守護ゴーレムから攻撃を受けないというだけで、扉の開閉すら出来ぬ。自由に動いてもらうためにも登録をしてもらったほうが良い」

「へぇ、扉の開閉ができる権利みたいなのがあるって事? 登録すれば身分証みたいなのがもらえるの?」

マラキ・ゴーレムは首を振る。

「残念ながら、身分証自体の発行はここではできない。だが、登録しておけば、この施設内で情報が共有されるので、当面不自由はないだろう。それと、アルの持つアシスタント・デバイスは身分証の代わりとなる機能を持っているはずだ」

“うん、持ってる!”

アシスタント・デバイスはそんな機能まで持っているのか……。アルの知らない能力が他にもあるのかもしれない。また聞いてみないといけないなとも思いつつ、まずは登録だ。

アルはマラキ・ゴーレムの指示に従って、掌を広げて黒い石板にそっと触れた。少し待つとピーッという音がした。

「登録完了だ。これで扉の開閉などは問題なく行える」

マラキ・ゴーレムの言葉にアルは頷いた。次はパトリシアだ。同じようにパトリシアが掌を黒い石板に触れた。少し待ち、ピーッピーッと音がした。先ほどのアルの時と少し違う音だ。

「パトリシア様はテンペスト様との正式な血統であると確認されました。私に承認確認があり、もちろん了承しました。おめでとうございます。パトリシア様は正式にテンペスト様の後継者として登録されました。テンペスト様の研究塔は再び主人を戴くことができました。ありがとうございます」

「「「えっ?」」」

急にマラキ・ゴーレムの口調が変わり、まるで上位貴族に仕える使用人のようになった。アル、パトリシア、ジョアンナの三人は思わず声を上げる。正式な後継者……そうか、彼女はテンペストの血を引く王家の一族なのだ。それも何らかの方法でそれを確かめたということか。少し失礼な事だった気もするが、貴族の中には養子などを受け入れたりして血筋が守られていないことも有ると聞く。そのため言わずにしたのかもしれない。

「後継者ですか?」

パトリシアは少し当惑したような表情で尋ねた。

「はい、テンペスト様が残された遺産、少なくともこの塔及び関連施設については、テンペスト様が亡くなられた後、誰も正式な所有権を持つ方がおいでにはなりませんでした。パトリシア様は、テンペスト様の血統をお持ちですので、継承していただくことが可能です」

マラキ・ゴーレムの言葉に彼女は力なく首を振った。

「私は、たくさんの人を犠牲にしつつ逃げ出してきたのです。王族を名乗る資格はない人間なのです」

「姫様。そんなことはありませぬ」

パトリシアの言葉に、ジョアンナが珍しく声を上げた。

「姫様は姫様なりに十分力を尽くしてこられた。そして、その中で何度も力を持たない事を二人で嘆いたではありませぬか。そして、この塔はそれの第一歩となりうるもの。また、ここまで協力してくださったアル様に報いる……いや、報いるという言葉ではアル様に失礼、アル様にこの塔に残る力を万全に使っていただき、これからも助力を願わねばならないと考えます。さらに、先ほどからのマラキ殿のお話では、ここは王家の持ち物というのではなく、テンペスト様の個人的な持ち物。いわば父が建てた家を娘が継ぐようなものです。王家にこだわられる必要はありませぬ」

ジョアンナはいささか早口で、そこまで一気に喋った。パトリシアは彼女の言葉をじっと聞いて考え込んだ。そして、アルの顔をじっと見る。アルは一瞬どうしようかと考えたが、ここは後押ししようと少し微笑み頷いた。パトリシアはゆっくりと頷いた。

「わかりました。マラキ様。有難く受け入れます。そして、アル様にも私と同じ権限をお与えください」

「ありがとうございます。かしこまりました」

マラキ・ゴーレムは丁寧にお辞儀をした。マラキ・ゴーレムの横に居た上級作業ゴーレム三体(うち、一体は墓所からきたもの)も一斉に二人に対してお辞儀をする。

「パトリシア様、アル様、私は執事のようにテンペスト様にお仕えしておりました。お二人は新しくご主人になられましたので、様やさんづけではなく、私の事はマラキとお呼び下さいますようにお願い申し上げます」

アルとパトリシアは戸惑った様子で顔を見合わせて軽く首を傾げる。そしてお互い軽く頷いた。

「わかりました。マラキ。よろしくお願いします」「お願いします」

二人の言葉に、マラキ・ゴーレムと上級作業ゴーレムはふたたび深々と礼をしたのだった。

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ジョアンナの登録も問題なく終わり、マラキによる塔の案内が始まった。塔の一階は研究室として、ゴーレムを作る部品に魔道回路を書き込むための装置や、さらにその部品を作るための成形や焼成設備などが並んでいるということだった。これらの設備は上級作業ゴーレムによって維持管理されているらしく、すぐにでも使える状態が保たれているはずだということであった。そして、二階から七階はテンペストが過去に試作したゴーレムなどの品々がコンテナと呼ばれる一辺三メートルほどの箱に納められて、倉庫のようになっているらしい。

「ということは、塔の一階から七階は全部、工房や倉庫ってことね。アル様の役に立ちそうなものはあるのかしら」

パトリシアは一階に並ぶたくさんの装置を興味深そうに眺めながら、マラキ・ゴーレムに尋ねた。

「以前、アル様が小さな魔道具の解析をしたいと仰っておられました。それはゴーレムを作るための魔道回路を書く装置を使えば可能かと思われます。あとは、アル様の持たれているアシスタント・デバイス グリィは以前、今私がつかっているような人形ゴーレムを使いたいと言っておりました。試作品の中で使えるものがあるのではないかと考えます」

“うんうん! それそれ! 早く探そう?”

マラキ・ゴーレムの説明にグリィが元気な声で答える。

「どちらも、先にちゃんと生活できる目途が立ってからだね」

“えーーーーっ?”

アルが答えると、グリィは不満そうな声を漏らす。だが、マジックバッグに残る食料は限られている。自給自足を以前は出来たという話だったが、ぱっとみたところ、ブドウ畑らしきところもかなり枯れているのが目立つし、他は放置されて草木がぼうぼうと生えている状態である。食料を買いに行くとしても往復で四、五日はかかるだろう。それが確立できなければ、ここも安全な避難所とは言えない。

「わかりました。塔の八階へ行ってみましょう。こちらにどうぞ」

マラキ・ゴーレムは塔の東側の壁沿いにある小部屋の前まで行き、扉をかるく叩いた。扉が開く。

「これはエレベータと呼ばれる小部屋です。横には階段もありますが、一階から八階まで上がるのは大変ですので、小部屋そのものが上下する仕組みとなっています」

アルたちは、その小部屋の中を見回しながら中に入った。ここで迎えてくれた上級作業ゴーレムと墓所から一緒に来た上級作業ゴーレムは共に一階で待機するらしく、小部屋の外で止まり、かるくお辞儀をする。小部屋の扉が閉まった。

「八階へ」

マラキ・ゴーレムがそう言うと、身体が少し重くなるような感覚を感じる。すこしすると、扉が勝手に開いた。

「到着しました。八階はテンペスト様やそのご友人が来られた時に過ごされるフロアとなっています」

ここにも先ほどとは別の上級作業ゴーレムが二体待っていて、アルたちがエレベータから出ると軽くお辞儀をした。マラキ・ゴーレムが先導して五メートル以上ある大きなエントランスを抜けると、かなり広いリビングに出る。リビングには大きなソファやテーブルの他、食事用のテーブルなどもある。掃除は行き届いていて、塵一つない。

「厨房や食料の管理とかは?」

「こちらです」

マラキ・ゴーレムが北東の扉を開けた。そこは廊下があり、いくつかの扉もある。突き当りには扉はなく、広いスペースとなっていて、そこが厨房になっていた。

「厨房には魔道具のコンロなどもあり、この階に居る上級作業ゴーレムは調理も可能です。食料庫は冷蔵用、冷凍用の区画などもありますが、テンペスト様が最後に来られた時にすべて空にされています」

やはりそうか。もちろん残っていたとしても食べられるはずがない。

「えっと、ゴーレムの中で、魔獣や家畜の解体作業とかできる人は居るかな?」

「鴨、鹿、猪、兎、アジ、サバ、コウイカ、オマールエビといった一般の動植物、魚介類であればこのフロアに居る上級作業ゴーレムが行えます。ただし、毒をもつものの識別は絶対確実とは言い切れませんし、無毒化するような調理もできませんのでご注意ください。魔獣についても、ワイルドボアのように、猪と同じ捌き方ができるものなら問題ありませんが、ドラゴンのようなものは無理です」

ワイバーンは無理っぽいな。残念だ。畑で収穫を得られるようになるにも半年以上かかるだろう。海まで降りれば魚などは獲れるかもしれない。とはいえ、飛行呪文なしに徒歩で行けそうな道は無さそうだった。いや、その前に……。

「水はあるの?」

「はい。水を作り出す魔道具がございますので、それはご安心ください」

マラキ・ゴーレムは厨房の中央あたりにある大きな椀のようなものの上部にあるくねっと曲がったパイプの根元のハンドルを軽くひねった。パイプの先からじょろじょろと水が出て、大きな椀にすこし溜まり、底に空いた穴から流れていく。

こんな簡単に水を作り出す魔道具があるのか。それはありがたい。とは言え、農作業もしていたというのだから当たり前か……。

続いてマラキ・ゴーレムが案内してくれたところは、それぞれの個室だった。広いベッドや小さなテーブル、快適そうなソファ、戸棚、大きなクローゼットの他に、シャワーと呼ばれる身体の汚れを洗い流すための温水が使える小さな部屋まであった。ベッドには真っ白なシーツがかけられていてすぐに眠れそうである。戸棚やクローゼットは空っぽだ。

「本当に三百年以上前のものなの?」

パトリシアは不思議そうにつぶやいた。これほど清潔で快適そうな部屋はテンペストの王城にもなかったということだろうか。

「はい。状態を保ったストックがまだあるようです」

何かをチェックしていたマラキ・ゴーレムが答えた。彼によると、シーツのような生活のための資材のストックがあり、それも 梱包(パッキング) 呪文や 保持(リテント) 呪文の効果のある倉庫に収納されているので大丈夫ということらしい。とはいえ、それも今まで宿泊するものが居なかったから大丈夫なだけで、それほどの枚数が保管されているわけではないという事だった。

「あとは、問題があるかもしれない九階です。どうぞこちらへ」

アルたちは、マラキ・ゴーレムに案内されて、エントランスに戻り、エレベータの裏側にある階段で九階に上った。外から見た巨大な球体の中である。アルたちにはよくわからない魔道具が並んでいる。特に劣化しているようなものは無さそうだが、マラキ・ゴーレムはそれの一つ一つ時間をかけて確かめ、そして首をひねった。

「魔力生成装置は問題なく稼働しています。そのため、大半の魔道具や最低限のゴーレムの稼働のための魔力は補えている状態です。ただ、受魔アンテナ装置のほうには魔力は全く流れてきていません。魔力伝送網そのものに問題があるのかもしれません」

魔力生成装置というのは、太陽のエネルギーから魔力を生成する装置だという。そんなことが出来るのかとアルは感心した。ただし、魔力生成装置というのはあくまで予備であり、本来は魔力伝送網という全世界に魔力を供給する仕組みから、受魔アンテナ装置を経由して魔力の供給を受けていたのだという。

「魔力伝送網って聞いたことないんだけど……」

アルは首をひねる。

「なんと! 魔力伝送網そのものが失われている……? まさか……」

マラキ・ゴーレムはショックを隠し切れない様子であった。魔力伝送網を利用した魔道具はテンペストが生きていた時代には当たり前のものであり、それが無ければ、社会を支える多くの魔道具、魔道装置が力を失って生活は維持できなくなるだろうというのが彼の予想であった。この塔のように魔力生成装置を兼ね備えている設備などそれほど多くないらしい。それほど重要なインフラであれば、なんらかの安全措置がなされていただろう。だが、そのような仕組みは今現在、残っていないのも事実だ。それとも、アルの知らないところで存在するのだろうか。

「魔力伝送網については、今は何もわかりません。もし、失われているとすれば、宙に浮かぶことはもちろん、ゴーレムを全て動かすにも魔力が足りないでしょう」

マラキ・ゴーレムは力なく首を振る。

「 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文である程度補えないかな?」

アルの提案にマラキ・ゴーレムは首をかすかに傾げながらも頷いた。

「そうですね。ゴーレムたちを動かす事はできるかもしれません。ですが、宙に浮かぶのはとても……」

宙に浮かぶことなく、このままの状態でパトリシアはここで安全に過ごせるだろうか。守護ゴーレムさえ万全な状態で、食料さえ運び込めれば、なんとかなるかもしれない。

「守護ゴーレムや作業ゴーレムたちは?」

「西棟とよばれる、この塔の北西にある建物の中にそれらのゴーレムの格納庫と保守設備があります」

上空から見たときに、塔の北側に巨大な二つの建物が見えた。西棟とはそのうちの西側の建物だろうか。アルたちは、続いて、西棟に向かうことにしたのだった。