作品タイトル不明
11-4 研究塔 前編
山の上に乗っている巨岩に近づいていくにつれ、研究塔のある敷地内の様子が徐々に詳細に見えてくる。研究塔を囲う石塁は汚れのない綺麗な白色だが、所々欠け、穴が開いている部分などもあった。石塁の内側には石塁の内側や中央の塔を囲んで伸びる石畳の幅の広い道が設けられており、そこには草なども生えていないが、さらにその内側の畑となっている部分は草木がかなり伸び放題に繁茂している。全体的になにかアンバランスな印象であった。
そのような風景を眺めながら近づいていくと、研究塔を囲う円形の石塁にあと百メートルといったところで、中心の塔の上部で赤い光が一瞬灯る。
「え? 何?」
アルは慌てて空中で静止し、周囲を見回した。
「マラキ様は予定外の訪問者を検知した通知であり、符丁を使ったので問題ないと仰っています」
パトリシアがアルの肩に軽く手を置きそう言った。この古代遺跡はまだ十分に機能を残しているということだろうか。草木の陰から身長三メートルほどの巨大な人形が一体、こちらのほうに移動してくるのが見えた。整った鼻だけの白いお面をつけている。テンペストの墓を守っていた守護ゴーレムとおそらく同じだ。ただ、こちらの近づいてくる守護ゴーレムには左腕がなかった。
墓に居た上級作業ゴーレムと同じように年月による劣化なのか、それとも何者かと戦った結果なのだろうか。だが、警備用の守護ゴーレムがまだ活動しているということは、蛮族などに不法占拠されている恐れは少なくなったと考えてよいだろう。
「ありがとう。じゃぁ、もっと近づくね。中央の塔の前の通路でいいかな」
パトリシアが頷くのを見て、アルは再び空中を塔に向かって移動し始めた。塔と塔の北側の左右の建物、そして広い通路だけでなく、他にも背の低い建物らしいものがいくつか見える。通路で、四角い箱を組み合わせたような身長一メートルほどのゴーレムらしきものが一体動いていた。
「虫が多くないでしょうか?」
パトリシアが目の前で手をなんども振った。ジョアンナもすこし嫌そうな顔をしている。このあたりは、辺境都市レスターのあたりよりもさらに暖かく、じめじめとしている気がする。鳥もあまり見慣れない派手な色合いのものばかりだ。
「うーん、マラキ様によると、本来はそうではなかったようです。上空に浮かんでいた頃は、虫もほとんどおらず、涼しくて快適だったと仰っておられます」
パトリシアが自分で問い、説明してくれている間に塔の前に着いた。近づいてみると、塔というより灰色の石造りの四角い箱に近い。ところどころに鎧戸があるので、そこには窓があるのだろう。その階層を数えると八層。その上に直径十メートルほどの銀色球体が乗っている。アルはマジックバックから人形ゴーレムと上級作業ゴーレムをとりだした。マラキのアシスタント・デバイスをパトリシアから受け取り、人形ゴーレムの首に下げる。
「ありがとう、アル」
人形ゴーレム(マラキ・ゴーレム)は前後にかるく歩き、なんどか手を振った。動作を確認しているのだろう。
「あの球体は何?」
アルは早速、塔の上の球体を指さして尋ねる。
「あれは魔力伝送網の受魔アンテナ装置と魔力生成装置だ。そうか、どちらかの装置がおかしくなったのかもしれんな。この巨大岩石が空中に浮くためにはかなりの魔力が必要となる。特に受魔アンテナ装置がおかしくなったとすれば、致命的だ。この状況も判らなくはない」
「魔力伝送網?」
アルは首を傾げた。アルの知る限りでは魔道具やそれより大型の魔道装置と呼ばれるものは、魔石とよばれる鉱石に蓄えられた魔力で動くものであった。 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文によって魔力を与えたり、その効果のパラメータを調整したりはできるが、それを伝送? 古代の魔力の使い方は、今とはかなり違っているのかもしれない。
「すまぬ。それについては私も詳しくない。テンペスト様が生きておられた頃、御主人様がゴーレムの扱いに長けていたように、魔力の制御に長けた魔法使いが何人かおられた。その技術によって、魔力が供給されていたのだが、その詳細は彼らの一族の秘術となっていたのだ」
アルの問いに、そう言ってマラキ・ゴーレムは首を振る。
「ということは、もし原因がそれだとすると、この遺跡、研究塔はもう空中に浮かぶことが出来ない?」
「今の時代に 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文に長けた一族はおらぬのか?」
アルのさらなる問いに、マラキ・ゴーレムは質問で返してきた。第四階層と呼ばれる強力な呪文、例えば 魔法無効化(アンチマジックフィールド) 呪文などを代々伝えている高位貴族の家があるのはアルも知っているが、 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文に長けた貴族などは聞いたことがない。魔道具の魔力の補充が 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文でできる事すらあまり知られてはいないのだ。
「そうか、ならば難しいのかもしれぬ。とはいえ、魔道装置を新たに作るわけではなく、修理なのだから、私やアルが調べればわかるやもな」
可能性は有るのか……アルはすこし考えこみながら頷いた。もちろん空に浮かべば快適だし、アルも調べてみたいという欲望にも駆られている。だが、まず必要なのはパトリシアが安全に暮らせ、テンペストの遺体が静かに眠れる場所だ。そして、追跡を撒いて4日経つ。そろそろレビ会頭やオーソンがどうしているのか気になる。
「わかりました。菜園や畜舎なども有ったという話ですけど、ここは自給自足できたんですか?」
もし、そうであればここにテントなりを張れば安全なのではないか。アルはそう考えた。
「テンペスト様がまだ若く、ここを作ったばかりの頃は、ずっと籠ったりしたことも有ったので、ある程度は問題ないはずだ。たしか、塩や一部の嗜好品などは持ち込んでいたとは思うが、大した量ではないだろう。とはいえ、それには作業ゴーレムや魔道具、魔道装置が正しく稼働できるかが条件となる。あとは守護ゴーレムが破損していたのも気になるな」
作業ゴーレムというのは、あらかじめ決められた作業しかできないらしい。おそらく今稼働している施設の保守用のものやワインを作るゴーレムと菜園や畜舎で働くゴーレムはそれぞれ違うということだった。まずは、塔を含め、今の状況を順番に確認していく必要がありそうだ。試しに 魔法感知(センスマジック) 呪文を使うと、いたるところで青白く光っているものがある。どれほどのものがあるのだろうか。
「じゃぁ、行きましょう。先頭はマラキさんでいいですか?」
「そうだな。順番に案内してやろう。まずは塔からだ」
マラキ・ゴーレムは塔の入口にある階段を上り始めた。