作品タイトル不明
9-20 告白
アルは宿の自分の部屋に帰ると、再び大きなため息をついた。
今回、アルは、相手の魔法使いは一人しか居ない事を前提にして、それなら一日中起きている事は出来ないだろうと想像していた。ならば寝ている時間を見つけて忍び込んで何かしら犯罪の証拠を掴めるのではないかと考えていたのだ。
だが、試しに反応を見ようと近づいてみたところ、相手は魔法の存在を感知するとすぐに 浮遊眼(フローティングアイ) 呪文をつかって確認してきた。あの反応の良さからすると、相手は全く油断をしていない。既に最初にレビ商会を監視している 浮遊眼(フローティングアイ) の眼を見つけ、彼らが《黄金の龍》亭から逃げ出してから、一週間程経っているにも関わらずだ。魔道具はたしかに珍しい存在ではあるが、バーバラのように光の魔道具を持つ冒険者など全く居なかったわけでもないだろう。その間、ずっと倦まずに監視し続けていたという事になる。
それも、相手に増援があるかもしれない。ならば、その増援が来るまではきっとこれまでと同じように隙は無いだろう。さっさと《黄金の龍》亭を引き払った時にも思ったが、なんと用心深い相手なのだろう。
アルたちは何も突破口を思いつかず、一旦出直すことにしたのだ。
“アリュ、どうするの?”
部屋でベッドに座ってじっと考え込んでいると、グリィの声が聞こえた。
「そうだなぁ……どうしたら良いかわからなくなったよ。 痙攣(スパズム) 呪文を憶えたから、襲撃されても攻撃呪文は防げるかもって思ってたんだけど、もし増援で何人も魔法使いがやって来て、全員がパトリシアを攻撃してきたらとてもじゃないけど防ぎきれない」
“都市のど真ん中でそんなことをするのかな? そんなことをしたらその人たちも逃げれないんじゃない?”
「僕もそう思うけど、それでも残った王族を根絶やしにするために、手下にそんな指示を出すかもしれない。王国を乗っ取った連中が考える事なんだよ?」
アルがそう呟くと、グリィのアシスタント・デバイスはじっと黙ってしまった。アルはベッドに腰かけたまま、服の隠しから契りの指輪を入れた革袋を取り出した。
「レビ会頭はこの話をパトリシアにするのを躊躇していたけど、いつかはしないといけないだろう。まだ襲撃までは時間があると会頭は思っているのかもしれないけど……。パトリシア、会って話がしたいよ」
アルはそんなことを呟きながら、パトリシアに渡したものと対となる契りの指輪をじっと見つめた。
契りの指輪、これを使えば対となる相手の位置、何を思っているのか言葉に出さずとも通じ合えるという魔道具だという。ここから領主館までは2.5キロぐらいあるだろう。アルは指輪を装着すると掌を下に向けて横に軽く振る。ジョアンナと共に試した動作だ。領主館の方向が微かに光った。以前よりかなり光は弱いものの反応するようだ。
“パトリシアはどうしているんだろうね”
今は夜も更けた。もう眠っているかもしれない。手の動き……か。 念話(テレパシー) 呪文も手の動きで発動するんだった。もしかして?
アルは半信半疑のままエリックに教えてもらった通りに指を動かす。 念話(テレパシー) 呪文を使うためのハンドサイン。まず掌を広げ、指を一本ずつ上下に動かしてから、手首を返してぎゅっと握る。
“ぇ?” “えっ?”
動作を終えた瞬間に、何かが繋がったような感覚があった。そして、頭の中に響く声。パトリシア? いきなり? まさか?
“えっと……アル様?”
いきなり 念話(テレパシー) 呪文がつながった? まさか? こんなに簡単に?
“パトリシア……?”
“ひっ?”
アルも混乱していたが、相手のパトリシアも同じように混乱しているようだった。
“ごめん、急に……。 契(ちぎ) りの指輪を装着して、試してたらいきなり繋がった……んだ”
“そ、そうだったんですね。いつも、時間があるときはずっと、これを、えっと抱えて……いたので……アル様……またお話できるなんて……”
パトリシアは泣き出してしまったようだった。ジョアンナと前に話した時、パトリシアはかなり考え込んでいるという話だった。彼女の口ぶりではもうアルと会えないと考えていたのだろうか。しかし、アルも急にパトリシアと話ができるようになって、何から話をしたらよいのか、よくわからなくなってしまった。いきなりテンペスト王国の密偵らしい連中の話をしてもわからないだろう。何から話をすればよいのか。そして、自覚してしまったパトリシアへの想い……これもどう伝えるべきなのか。アルは混乱しつつ、なんとか言葉を紡ぎだそうとした。
“えっと……パトリシア……よかった……また話が出来て……ジョアンナさんから、いろいろ大変な話になっている……というのは聞いていたんだ……”
おそらく、明日はストラウドが到着予定になっているはず。パトリシアはどのように聞いているのだろうか。
“そうなのです。明日……レイン辺境伯の次子であるストラウド様が到着されるというお話になっています。そして、私に結婚の申込と共に、母の生家であるセネット伯爵領を奪還することを約束くださると聞かされています。私自身にそのような力はありません。苦しんでいるセネット伯爵領の人々を救うためにはストラウド様の申し出を受けるしか……”
“う……ん……”
パトリシアの話に、アルは何と言えば良いのかわからなかった。どこまでレイン辺境伯は本気なのだろうか。テンペスト王国を簒奪したプレンティス侯爵家相手にレイン辺境伯は戦争をする気なのか。レイン辺境伯に仕える子爵家はそう多くない。いまだにレスター子爵家が治めるこの辺境都市レスターで戦争を思わせる噂話は一つもないというのに……。
それとも、レイン辺境伯が忠誠を誓うシルヴェスター王家から騎士団が派遣されてくるのだろうか。もしかしてレイン辺境伯の側近と言われるユージン子爵が描いただけの話ではないのか。
“せっかく、テンペスト様がアル様と巡り合わせてくださったのに……”
どこまで話すべきなのだろうか。自分より2つ年下の13才の少女に……。でも、アル自身の力でパトリシアをすべての事から守ってあげることはできない。すべてを知った上で彼女は判断すべきだろう。酷だろうか? アルはしばらく考えた。だが、知る範囲の事を話すべきだと決心した。その上で彼女の考える事を尊重すべきだろう。どこから話をしようか。一番最初から……? ということは、テンペストの墓室の事からになる。
“パトリシア……。落ち着いて聞いてほしい……僕はまずパトリシアに謝らないといけないことがあるんだ”
アルはまず彼女と出会った場所、あの近くにテンペストの墓所があったことを説明した。そして、その時点ではパトリシアは、彼女の言うように、自らの叔母であるタラ子爵夫人の下に行くのが一番良いと判断して、それを告げなかったことを謝った。
“テンペスト様の墓所が……伝説通りだったのですね。やはり、テンペスト様が私たちを出会わせてくださった”
“そう、かもしれない。その時、テンペスト様が残されたアシスタント・デバイスには、パトリシアの命の危機に陥ったときには、パトリシアを保護してやってほしい……僕はそう頼まれた。僕はその時はまだパトリシアに命の危機は迫っていないと考えてタラ子爵夫人の許に行くのがよいと思ったんだ”
“テンペスト様のアシスタント・デバイス……それは一体?”
“パトリシアも持っていただろう。テンペスト王家に伝わる魔道具。今は僕が預かったままになっているけれど……。テンペスト様の魂が宿り、王に助言をしてくれたという。あれに似たものだ。それがテンペスト様の墓所には残されていた。そのアシスタント・デバイスは生前、テンペスト様と共にあり、一緒に墓所に葬られた。話をすることもできるんだ。マラキ……そのアシスタント・デバイスはそう名乗ったよ。ああ、この事を僕は誰にも話していない。安心してほしい”
“なるほど……そうだったのですね”
パトリシアは少し考えこんだようだった。しばらく時が経つ。アルはじっとパトリシアの反応を待った。
“わかりました。おそらく、私はそれを聞いていたとしても、タラ子爵夫人の許に向かう事を選択していたでしょう。テンペスト様に仕えたマラキ様には挨拶をしたいと考えたとは思いますが、アル様の選択は間違っていないと思います”
“ありがとう。そしてごめんなさい。僕はその時、タラ子爵夫人の許で幸せになれるのなら、パトリシアがその事を知る必要はないと考えてしまった。僕自身は騎士爵の三男坊でしかない。ただの冒険者に過ぎない。それに比べてパトリシアは王家の姫だ。僕が保護するような事などないだろうと……”
それに、実際、まだマラキが言った研究塔がパトリシアの隠れ場所に足りうるのかを、ちゃんと確認できてもいない。マラキは今も活動しているはずだと言い、アルが古代遺跡探索だと夢を感じているに過ぎないのだ。
“そして、今、アル様が私にそれを話されるという事は……アル様の考えは変わったという事ですか?”
“そう……だね。でも実際はわからない。まだ状況は変わっていないかもしれない。情報は乏しくて、これだけで判断することは難しい。この話を知っている人も皆どうすれば良いのか判断できずにいるんだ。でも、僕はパトリシアも知るべきだと思った。たまたまこの 契(ちぎ) りの指輪で伝えることが出来るようになったけど、これがなくても、きっと僕はなんとか君にこれを伝えようとしただろう”
アルはそう前置きをして、彼が知る限りの事を話し始めた。ナレシュとサンジェイの側近の政争、テンペスト王国の間諜だと思われる者たちがパトリシアを狙っている事、そして、それにユージン子爵が関わり有るかもしれない事、そしてアグネス夫人からパトリシアに贈られた髪飾りが魔道具であり、レビ会頭が盗聴の魔道具ではないかと疑っていることも全てだ。
“わかりました。本当に嬉しい。でも……少し考えさせてください”
嬉しい? 今の話で何か嬉しいことがあったのだろうか?
“私の方から、アル様に話しかけることはできるでしょうか?”
“どうだろう?”
何かはぐらかされたと感じつつ、アルは 念話(テレパシー) 呪文を使うためのハンドサインを伝える。
“ありがとうございます。でも、私の方からうまくできないかもしれません。連絡がなかったら、明日の夜、同じぐらいの時間にアル様から連絡をいただけますか? それまでにどうすべきなのか……心を整理させてください”
“ジョアンナ様と話をするなら……”
“はい。髪飾りは外して……ですね”
“うん”
“ありがとうございます。アル様……。本当に……お慕いしています。ああ、言っちゃった!”
急に何かが繋がったような感覚が途切れた。パトリシアは指輪から手を放してしまったのかもしれない。お慕いしています……。それはアルが言いたい……あれ? どうしてこんな気持ちになっているのだろう。いや、たぶんその気持ちは間違いではないのだが……。アルは自分が言おうとしていたという気持ちになっていたことに混乱した。この 契(ちぎ) りの指輪にはそのような効果まであるのだろうか。
とりあえず、知っていることをすべて伝えた。この判断はきっと、よかったはずだ。パトリシアに話をした事はレビ会頭に出来るだけ早く伝えるべきだろう。
「グリィ、グリィにはパトリシアの声は聞こえた?」
“ううん、パトリシアの声? えっ? どういう事?”
アシスタント・デバイスは五感を共有しているという事だったが、念話までは届かないようだった。それとも、この 契(ちぎ) りの指輪の効果は特殊なのかもしれない。アルはグリィにいまパトリシアと話したことを伝えた。
“そうなのね。良いと思うわ”
グリィの反応は落ち着いたものだった。今後どうすべきなのだろう。いろいろな考えが頭の中を巡る。アルは窓から空を眺めた。