軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9-16 領主館での噂

「こんな時間に来るとは珍しいね」

もう夜と言っても良い時間であったが、アルがエリックの屋敷を訪れると、すぐに応接間に通された。邸内の者にきちんと話が通されていたようで、門番もアルが声をかけると丁重に扱われたのだった。応接室にやって来たエリックとレダは既に夕食を済ませてくつろいでいた時間であったようでゆったりとした服を着ている。

「夜遅くごめんなさい。少しお願い事があるんです」

魔法で襲撃を受けるかもしれない……と、言おうとしてアルは少し迷った。どこまで説明して良いものだろうか。もちろんエリックやレダは、以前困ったことはいつでも相談してほしいと言ってくれていたが、話はこのレイン辺境伯爵領どころか、隣国との戦争にも影響を及ぼしかねない事である。たしか、エリックはレスター子爵家の筆頭魔法使いに就任しているはずだ。ややこしい事になりかねない。話してもよいものだろうか。

逡巡している様子のアルを見て、逆にエリックが口を開いた。

「パトリシア様の事ですか?」

「えっ?」

予想外の問いにアルは思わず声を上げた。その反応を見て、エリックとレダは何故か軽く視線を合わせて少し微笑んだ。何を二人で相談していたのだろう。アルが相談しそうな事柄に心当たりでもあるといいたいのか。

「レダから聞いていたのです。領主館の中ではかなりの噂になっているようですよ。今、領主館に滞在しているパトリシア姫には、想い人が居る。それはここに逃れてくるまでの間に手助けしてくれた騎士だ。近々辺境伯の次男であるストラウド様が求婚し、王国の復興を誓われる予定になっているが、その騎士を忘れられずにいるのだと」

なんとロマンチックな話だろう。たしかに召使たちが噂しそうな物語ではある。

「その騎士というのは、アル君、君の事なのでしょう? 話は騎士となっていましたし、もちろん君の名前は出ていませんでしたが……」

レダは真面目な顔でアルにそう尋ねてきた。少し照れくさいが、あてはまるとしたら自分しかないのだろう。仕方なくアルも頷く。最初相談しようと思った話とはかなりずれてしまっているが、これほど領主館に仕える者たちの間では噂になっているとは……。

「やはり、そうでしたか。エリック様が筆頭魔法使いとして子爵様の領主館に出入りするようになり、私もその補佐として中に入らせていただくようになりました。領主館の魔法的な警備などは、我々の管轄なのですが、女性の部屋はどうしても女性の私が担当することが多くて、いろいろと耳に入ってきてしまうのですよ。今日、こんな時間に来られたということは、この話で来られたのでしょう?」

レダはこんな話が嫌いではなかったのか。今は仕事中でないから良いのか? だが、聞けることがあるのならこの情報も事態の打開に役立つかもしれない。

「そうですね。呪文の相談もあったのですけど、もちろんそれも……。パトリシア様はどういった様子ですか?」

彼女とはしばらく会えていない。ジョアンナはかなり思い悩んでいると言っていた。

「ええ、ユージン子爵閣下が来られてどのような話をされたのかはわかりませんが、よく思い悩まれている様子です。かなり痩せられて、最近はよく故郷で使われていたというソケイの入ったサシェをじっと抱いて考え事をしていらっしゃいますよ」

サシェというのは香り袋の事だ。ソケイは鎮静作用のある薬草としても使われることもあるので、その薬効を考えての事だろうか。

「まだ、ストラウド様は到着されていないのですか?」

アルは続けて、そう聞いてみた。キノコ祭り当日に辺境伯の弟、ヘンリーの遺骨の前で演説するという話はルエラから聞いたし、ジョアンナは、ストラウドがパトリシアと出会って一目ぼれするというストーリーが出来ているのだと言っていた。予定も変わっていないのだろうか? レダはちらりとエリックを見た。言ってよいか確認しているのだろうか。もちろんあまり聞くべき話ではないのかもしれない。何か話そうとするレダを制してエリックが口を開いた。

「到着されるのは三日後の予定と伺っています。その日は領主館で歓迎の宴が催される予定で、私たちも警備のために領主館に詰める予定となっています。ストラウド様がパトリシア姫と初めてお会いするのはその時でしょうね。そこから一週間ほど滞在されて領都に戻られると伺っています」

「戻られるときに、パトリシア様を伴うのではないかという噂があります」

エリックの言葉の後、レダが付け足した。成程、そういう話だったのか。パトリシアは国の復興のためにこのストラウドが申し出るであろう救援のための騎士団の派遣を信頼してよいのか思い悩んでいるのだろう。そして、その裏には彼女を殺そうという試みも存在している。アルは胸が張り裂けそうな思いを抱えながらゆっくりと頷いた。

「最初、この噂を聞いた時はとても意外でした。ですが、こうやって改めて話をきくと、アル君も普通の人間なのだなと思いましたよ。今回の件にはいろいろな事情もありそうです。もし、何かありましたら、信頼して頂いて、是非ご相談してください」

しばらく何も言えずにいるアルにエリックはそう言う。

「わかりました。ありがとうございます。知りたいことはわかりました。何かありましたらまたお願いします」

エリックは頷いた。

「今日の話はこれでよかったのでしょうか?」

彼は、もっとなにか相談事があると考えていたのだろうか。だが、パトリシアの事で聞くことはこれ以上思いつかなかった。エリックの言葉で、ようやく頭を切り替えたアルは持ってきた呪文の書を広げ始めた。

「あと、魔法についての相談なんです。まずはおそらくシンプルな話から……。 念話(テレパシー) 呪文について、呪文の書でのここのシンボルの意図がよくわからないのです。この最後の発動のところです」

そう言って、アルはたくさんならぶシンボルとその関係図の中から最後のところにあるシンボルを一つ指さした。いつものシンボルとちがい、そのシンボルのよこには黒い線がいくつも描かれている。

それをみて、エリックはああ、と軽く声を出した。

「ここは、ハンドサインですね。では、まず 念話(テレパシー) 呪文について考えてみて下さい。この呪文を使うのはどういうときでしょうか?」

エリックの問いにアルは考えた。 念話(テレパシー) 呪文とは、頭の中で考えた会話を相手に伝えるための呪文である。距離が離れていても聞こえるが、特徴としてはその二人だけの秘密の話ができる事……。

そのためのハンドサイン? そうか、呪文の詠唱をしてしまっては、これから秘密の話をしますよと宣言しているようなものになる状況も多い、それを避けるため?

「もしかして、呪文を呪文名を唱えずにハンドサインのようなジェスチャーを使って行使する……ということですか?」

アルの答えに、エリックは大きく頷いた。

「さすがですね。その通りです。この黒い棒は指の動きをなぞっています。まず掌を広げ、指を一本ずつ上下に動かしてから、手首を返してぎゅっと握る。ここまで言えば、君の事です。細かなニュアンスはこのシンボルから習得できるのではないですか?」

成程、そう言う事か……。

「もしかして、 念話(テレパシー) 呪文を憶えられましたか。もし、そうなら三階のバルコニーからなら……」

レダが急に思いついたようにそう言葉を挟んだ。だが、途中で何かに気付いた様子で話すのを止めてエリックを見る。エリックは苦笑を浮かべて軽くため息をついた。

「決して悪用して欲しくありませんが、領主館に設置されている感知装置、以前、君とも話したことのある 透明発見(デテクトインビジブル) 、 幻覚発見(デテクトイリュージョン) 、 魔法発見(デテクトマジック) の機能をもつ魔道具ですが、館の中すべてを網羅できているわけではありません。もちろん出入口やレスター子爵様が普段暮らされている居間、客を迎える応接室といった主要なところは押さえてありますが、レダが言ってしまった三階で外に突き出しているバルコニーなど、どうしても探知範囲に収めきれないところが出て来るのです。もちろん、近づく者は館の四方にある側防塔から見えるでしょうし、バルコニーの出入口は鍵がかかっています。その鍵はもちろん探知範囲に入っているので、外から 解錠(オープンロック) 呪文は使えば見つかります。するとしても、パトリシア様が三階のバルコニーに出て、すこし離れた木の陰などから 念話(テレパシー) するだけに留めてくださいね」

成程、 念話(テレパシー) 呪文でパトリシアと直接話せるかもしれないということか。呪文が使えるようになったら、ルエラにお願いして、パトリシアにバルコニーへ出てきてもらうように頼むというのは良いかもしれない。

「わかりました。あとはもう一つ、こちらは相談なのですけど、相手の魔法を防ぐ魔法というものは存在しないのでしょうか?」

今回、レビ商会のキノコ祭りでの会場に魔法を打ち込もうとしてくるのだと、アルは考えていた。魔法は基本的に早いもの勝ちである。詠唱速度によって若干の差はあるにしろ、基本的には先に唱えたほうが先に効果を発する。だが、都市の祭りのど真ん中で、敵の魔法使いらしい男をみつけたからといって、彼に先制で呪文攻撃をするのは乱暴なやり方すぎる。今、アルが思いつく方法としては、習得したばかりの 盾(シールド) 呪文ぐらいだが、これで守り切れるとはとても思えない。何かその対処方法をエリックは知らないだろうか。