軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

044_やってみたかっただけなのに

「喫茶、と言われてもまだピンと来ないわね……」

アンナマリーが不安をもらす。

出し物が決まったのはいいけれど、実際のイメージが浮かばず、何から取りかかってよいのかわからないのだろう。

魔法を使ったメイドの喫茶店なんて今までなかっただろうし、ヒロインの説得力に押されたところもあるので、当然といえば、当然のこと。

もちろん、その不安も想定済です。

「そうだと思って、説明の用意をしてました! 中庭の使用許可を取るついでに持ってきます。デイジー、ローズ、ちょっと手伝って」

二人に声をかけて、リサは機嫌よく教室を出た。

※※※

十五分後、教室は簡易の喫茶店となっていた。

黒板にはチョークで窓や小鳥などを描いて、居心地の良い雰囲気を少しでも出す。

その前には、小さな丸テーブルと椅子を置いて、客役のアンナマリーに座ってもらう。

「じゃーん」

そして、店員役のリサ、デイジー、ローズの三人は着替えを済ませると、ティーワゴンを押して皆の前に姿を見せた。

デイジーもローズもとても可愛い。

本番ではアンナマリーにも当然着てもらうし、執事のほうはうちのチームには質の高い、バリエーションに富んだのがいるし、ばっちりだ。

「それ……ヴァルモット公爵家<うち>のお仕着せだわ」

アンナマリーがメイド服の腕のところに入っている家紋の刺繍に気づく。

「ヒースクリフに調達して貰いました」

「…………そう」

彼の名前を聞くと、アンナマリーの顔が曇る。

まだ喧嘩中みたいだ。

「いらっしゃいませ~、お客様!」

気を取り直して、アンナマリーへの接客を始める。

ティーワゴンからすでに注がれている紅茶のティーカップを持ち、彼女の前に置いた。

「…………」

するとアンナマリーの顔が凍りつく。

「えっ? 何か間違いました?」

「使用人は誇り高く、客の前で歯を見せて笑ったりしません。そのぐらいなら死んだほうがましだと彼らは考えています」

アンナマリーからいきなり強烈なダメだしをされてしまう。

「……ええと、そんな本格的なことではなく……あくまでもコス、じゃなくてフリなので……」

「貴女に暇を与えます」

あっさりクビを言い渡されてしまった。

「ミットフォード侯爵家ではクビだな。面接を通した者も減給」

「ラサウェイ伯爵家でもクビかな。紹介者とは今後のおつきあいはなしだね」

ヴィニシスとセオからも痛烈な評価をいただく。

「オルディーヌ王家だと、流刑だよ」

「ええ――――」

デイジーとローズを見るも、呆れた顔で頷かれる。

まさかここまで貴族が厳しいとは思わなかった。

「ぬるい、不味い。本番まで特訓が必要なようね。確かに、学ぶことが多くやり応えのある出し物だわ……」

次に紅茶に口をつけたアンナマリーが、顔を顰める。

こんなはずじゃなかったのに。

皆で楽しく、そこは違うよ、とか指摘してもらうぐらいのつもりだった。

「使用人の心得は、常に仕えるものに気を配り、状況から先を読み、行動や表情から心も読み、何もかも完璧に整えておくこと」

「は、はい!」

アンナマリーの叱咤に思わず背筋を伸ばす。

「用もなく自分から話しかけることも禁止だ、リサ」

「何かを渡す時は、トレーに載せてね。手渡し厳禁だよ」

「あと、余計な音は立てない。存在も消して」

「…………う、はい」

ヴィニシス、ステファン、セオからも立て続けにダメだしをされ、へこむ。

メイド執事喫茶をやりたかっただけなのにーっ!

リサは一人心の中で叫んだ。

※※※

それからは、厳しくも楽しいスパルタな日々だった。

庭へのセッティングのリハーサルをして、皆で配置をあれこれ意見を出し合う。

アンナマリーのメイド服姿をお披露目したら、彼女の普段と違う姿に、ステファンがどぎまぎしていた。

魔法で紅茶のお湯を沸かそうとしてキアランが爆発させて失敗したと思えば、男性陣が用意したお菓子を試食して全員胸焼けする。

キアランのクレーマーっぷりが適役過ぎて、執事のヴィニシスがキレたこともあった。

そうして、あっという間に二週間が過ぎた。

※※※

中庭はいつになく優雅な雰囲気が流れていた。

アンナマリーは今日も客役で、テーブルに座り、接客を受けることになっている。

メイド姿のリサは、リサは微笑したまま、丁寧に紅茶をカップに注いだ。

「最後の一滴<ゴールデンドロップ>も完璧。よくなりましたね、リサ」

「ご指導、感謝致します」

彼女は完璧な動作でお辞儀をすると、音もなく席から一歩下がる。

初めはどうなることかと思っていたけれど、リサは使用人の所作を完璧にマスターしていた。

やればできる子だけれど、知らないことが多くて、本当にアンバランスで面白い友人だ。

「まもなく、執事が挨拶に参ります」

「……?」

予定外のことにアンナマリーは首を傾げた。

誰か男性陣が挨拶をしにくるのだろうか。

またリサが勝手なことを付け加えたに違いない。

失礼なことに当たるなら、厳しく指摘してあげなくて……。

「…………」

そんなことを考えていると、すっとリサがテーブルから離れるのが気配でわかった。

離れた場所にある、衝立で目隠しした従業員が控えているスペースに行ったのだろう。

アンナマリーとしては、あくまでも知らないフリをして、優雅に紅茶を口に運ぶ。

「形にはなったけれど……」

本番は本当に大丈夫なのか、心配になる。

実際の客はそのほとんどが貴族で、所作にはうるさい。

学園の行事とはいえ、何か問題が起これば、家の問題にまで発展するかもしれない。

いつ何時も貴族社会は気が抜けないのだ。

皆のためにも厳しく指導していかないといけない。

「お嬢さま、紅茶のお代わりはいかがですか?」

「えっ……」

何の音も、何の気配もせずに、いきなり後ろから声がした。

思わず声をもらす。

見れば、ヒースクリフが優雅な手つきで、紅茶を注いでいた。

「お兄様、ふざけないで」

「リサがね。俺達の仲ばかり気にかけてるんだ」

「……メイドの役目を超えているわ」

やはりリサが企んでいたようだ。

しかもよりによって兄を呼んで給仕させるなんて……。

衝立のほうを振り返ると彼女が顔を出していて、アンナマリーの視線に気づくとひゅっと隠れる。

「いや、使用人の心得……気を配り、状況から先を読み、行動や表情から心も読むって――――リサはその通りにした」

「逃げることを止めたなら、全部話してくださるの?」

リサの厚意には感謝するけれど、やはり兄へは強い口調になってしまう。

悪魔の件はヒースクリフが何か悪巧みをして、リサを危険に晒したのだから、怒りが湧いてきてしまうのは仕方がないことだ。

「いや……言えないことばかりだ」

「お茶はもう要りません、下がりなさい」

まだ兄は真相を話そうとはしてくれないらしい。

怒りよりも悲しくなってくる。

すると、言えないといったばかりなのに、ヒースクリフが口を開いた。

「あの悪魔とは昔会ったことがある……理由は言えないが、アンナマリーを狙っていた」

わたくしを――――!

兄がでまかせを言っているという可能性もあるけれど、悪魔の目的が自分だったことに驚きを隠せなかった。

そして、そう考えればすべての辻褄が合ってしまう。

「守ってばかりではいられない。俺は奴を捜し出して消すために力を尽くしている。しかし、学園に知られるわけにはいかない」

悪魔相手に、魔法が使えないヒースクリフが対処できるわけない。

貴族の立場を利用して、情報を集めていたということだろうか。

やはりまだ兄は何かを隠している。

「…………そんな断片的なことで、わたくしが納得するとでも?」

「しないから、黙って逃げていたんだ。以前の俺なら間違いなくそうしていた」

さらに強い口調で問い詰めると、兄が自分の肩にそっと手を置く。

アンナマリーは驚いた。

兄のこんな弱気な言葉を聞いたことがない。

それとも悪魔の件が堪えているのだろうか。

「でしたら、なぜ……」

「アンナマリーは知っておくべきだろうと、そう思っただけだよ」

お兄様、少し変わった……?

ヒースクリフの肩に手を置いた姿が、どこか寂しげに見えてくる。

以前までは優しいけれど、誰かに寄りかかるような人ではなかった。

常に真意を見せないような、壁を作っているところがあった。

「黙っていなくなったりはしないから安心してくれ。それにいざとなったらアンナマリーにも力を貸して欲しい」

「……反道徳的なことには賛同しませんわよ? 言い訳が山のようにあっても」

兄を信じてはいるけれど、簡単に許すわけにはいかない。

事は悪魔がらみなのだから。

「たとえ、俺を怒ってもいい。恨んでもいい。信じてくれ。愛しい我が妹よ」

「お兄様を……疑ったことなど一度もありません……」

ずるい……そんな風に弱さを見せられたら、強く出られない。

自分もヒースクリフのことが家族として大好きだ。

彼が困っているのならば、無条件に助けてあげたくなる。

「ああもう、わかりましたわ! お兄様の勝ちです。秘密は心にしまって見守っておきます、これでよろしい?」

「あぁ、それで十分だ、我が妹よ」

やっと一歩前進できた気がした。

アンナマリーとしてもこのままずっと兄妹喧嘩をしたままは嫌だ。

「仲直りの抱擁をしよう、ほらおいで」

「冗談言わないでください! まだ完全に許したわけではありません」

ヒースクリフが座ったアンナマリーをそのまま抱きしめようとする。

逃げるように素早くテーブルにあった使用人を呼ぶベルを鳴らした。

リサが慌てて飛び出してくる。

「その様子だと仲直りできた? じゃなかった。お呼びでしょうか、お嬢様」

わざとなのだろうか。わざとに決まっている。

リサは自分のことのように嬉しそうだ。

「この馴れ馴れしい執事を、はがして頂戴」

「ふふっ、仲良しでいらっしゃいますね」

「そうね……おかげで、家でイライラしなくて済むことには、感謝しています」

リサの企みに負けたみたいで癪だけれど、ここは素直になっておく。

彼女を見ていると、きちんと自分の気持ちを伝えることの大切さをいつも気づかされる。

「よかったー」

「でも、出しゃばるメイドはクビです」

「ええっー!」

やっぱり癪なので、ちょっとした意地悪をする。

「可哀想に、じゃあ、ヴァルモット公爵家で雇ってあげよう。なんなら愛人でどうだい?」

「なる! なります!」

「だ、ダメです! そんなふしだらな関係!」

兄に言われて即答するリサの様子に、せっかく不機嫌を装っていたのに笑みがもれる。

きっと自分を変えたように、ヒースクリフを変えたのも、彼女に違いない。

結局、兄は断片的にしか話してくれなかったけれど、楽しい今のままでも良いと思えてしまう。

本当に良いのかはわからないけれど……。