軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43 ビクトリアの手紙

「マイルズさん、アレグを連れて行きますね」

「おう。今日は嬢ちゃんはいないのかい?」

「ええ、風邪気味なんで家で留守番です」

「そうか。お大事にな」

「はい。ありがとうございます」

それがマイルズがビクトリアを見た最後だった。いつもは早朝に来てアレグを連れ出し、三十分か一時間で戻るのに、その日は夕方になっても戻らない。

(子供が留守番してるっていうのに。出先で何かあったか?)

心配になってヨラナ夫人の所に顔を出した。裏隣の老婦人の家には 鞍(くら) に騎士団の紋章を付けた馬がいた。

「こんにちは。ちょっとビクトリアさんのことでお尋ねしたいことがありまして。自分はこちらのお屋敷の裏に住んでおりますマイルズと申します」

「少々お待ちください。すぐに取り次ぎます」

門まで来てくれた庭師の格好をした男はすぐに戻ってきた。

そうして通された応接間にはあの馬の乗り手と思われる銀髪の大男がいた。

(なぜここに騎士団の人間が?)と思ったが顔には出さなかった。

「ご来客中失礼いたします。わたくし、こちらのお屋敷の裏隣の家に住んでおりますマイルズと申します。ビクトリアさんのことでお尋ねしたいことがありまして」

ビクトリアの名前を聞いた大男が露骨に自分を観察してくる。やはり彼女に何かあったようだ。

「ヨラナ・ヘインズです。ビクトリアのことですか。どのような?」

「彼女が今朝ほどうちでお預かりしていた馬に乗って出たあと、戻って来ません。出先で何かあったのではと心配になりまして」

ヘインズ夫人と大男が互いに一瞬見つめ合い、二人でマイルズを見た。

「ビクトリアは馬をあなたに預けていたんですか?」

銀髪の大男が食いつくように質問してきた。

「はい。大家さんに馬のことまでお世話になるのは申し訳ないからと、費用を頂いて自分が世話をしていました」

そこでテーブルの上、夫人の手元に何通もの手紙が置いてあるのに気づく。

「マイルズさんとおっしゃったわね。確か裏に住んでいらっしゃるのはピーターさんという元お役人さんだったと思いますが」

「ええ、しばらく前に私が引っ越してきました。ピーターさんは娘さんのところへ」

「そうでしたの。ビクトリアさんならここにはもういませんよ。朝早くか夜のうちに出て行ったようです。マイルズさん宛の手紙がありました。誰のことかと思ってましたが、あなたでしたか」

そう言って一通の封筒をスイッと滑らせてきたので急いで開封して読む。

「アレグのこと、今までお世話になりました。栗拾い、楽しかったです」

わずか一行だった。銀髪の騎士が見せてほしいと言うので見せた。

「ビクトリアさんに何かあったわけではないと知って安心しました。では自分はこれで失礼いたします」

マイルズは笑顔でお屋敷を後にして仮の自宅に戻ると一目散に王城へと馬を走らせた。

ジェフリーも立ち上がった。

「ヨラナ夫人、私は手紙を届けて来ます」

そう言ってエバ夫妻、クラーク、バーナード、兄への手紙を懐にしまい込んだ。

「お呼びだてした上にお手数をおかけするわね。それと……団長さん、ひとつ聞いてもいいかしら」

「どうぞ」

「ビクトリアから何も聞いていないの?」

聞いてからヨラナ夫人は後悔した。いつも穏やかな笑顔を浮かべている団長さんの顔に一瞬痛みを感じたような表情がサッと現れ、またすぐ消えたからだ。

「はい。残念ながら何も聞かされておりません」

ジェフリーは笑顔で一礼して立ち去った。

「スーザン!スーザン?」

「はい、奥様」

「きっとビクトリアとノンナは戻ってくるわよ。いつまでも泣くのはおやめなさい」

「は、はい」

注意しているヨラナ夫人も元気がない。

自分への手紙には繰り返し謝罪と感謝が書いてあり、『できる限り片付けたけれど、残っている物は処分してほしい』と書いてあった。彼女はもう戻らないつもりなのだ。残されていた荷物は悲しくなるほど少なかった。

(どうか無事で。そしていつか帰っていらっしゃい)と願う。

半年だけの繋がりなのにとても寂しかった。彼女はなぜこんな生き方をしているのだろうとは思うけれど、どう考えても彼女が悪事をして逃げている人とは思えなかった。

木の枝に引っかかった帽子を取って来てくれた時のビクトリアを懐かしく思う。

馬を早足で進ませながらジェフリーは手紙を配った。皆手紙を読んで驚き悲しんでいた。

クラークが何度も「事情を知りたい」と食い下がって来たが「俺にもわからん」と繰り返して早々に第二騎士団の宿舎兼待機所に戻った。

団長用の部屋で自分宛ての手紙を開く。

ビクトリアの文字は整然としていて乱れがない。

『ジェフリー・アッシャー様

突然姿を消してごめんなさい。

このままこの家に留まることができない理由があるのです。

私を励ましてくれて、優しくしてくれて、一緒に笑ってくれてありがとうございました。

こんなに楽しい生活は生まれて初めてでした。

もっと早く出て行くつもりだったのに、楽しくて幸せで、ぐずぐずと先延ばしにしていました。

初めてピクニックを楽しみました。焼き栗を食べながら笑っておしゃべりするのも幸せでした。

すてきな思い出ができたのは、団長さんのおかげです。

今までありがとうございました。

そしてごめんなさい。

ビクトリア』

「ピクニックや焼き栗くらいで礼なんか言うな。あれほど……俺はあれほどいきなり消えないでくれと言ったじゃないか」

ビクトリアが姿を消した二日後。

「団長、酒場で知り合った人が『銀髪の騎士団の人に世話になった』『お礼がしたい』って言って酒を奢ってくれたんです。団長のことをいろいろ聞かれましたけど、誰かを助けたんですか?」

「いいや。誰も助けてないが。ちょっと待て。それ、どんな人物だった?」

若手の団員はしばし考えて

「三十代の女性で愛想のいい人だったかな。顔は丸顔で黒目黒髪。美人でしたよ」

ビクトリアが姿を消した二日後に自分のことを探る女。誰も助けた覚えがないのに。これは偶然だろうか。

急遽団員たちを集めて問いただすと続々と報告が上がる。

「二十代の若い女に団長さんの恋人のことを聞かれました。団長に一目惚れしたんだそうです」

「団長さんの恋人らしい女性に親切にされたからお礼をしたいという子連れの中年の女性に色々聞かれました」

「酒場で騎士団を褒めちぎる男に酒を奢られました。団長のことを聞かれたような気がしますが記憶が曖昧です」

おかしい。

「いいか、もし俺のことと俺の付き合っている女性のことを聞かれたら正直に言っていい。俺はそれらの人物に全く心当たりがないんだ。もうヨラナ・ヘインズ夫人の家は知られてしまった。騎士団員の口から伝わった以上、しばらくヘインズ元伯爵夫人の屋敷の周囲を第二騎士団が重点的に警護する。特に夜間だ。いいな」

「はい!」

そして離れの中に四人、母屋に五人を配置して夜間の警備を始めた。(やり過ぎだったか?)と思い始めた三日後の深夜、驚いたことになぜか通称『第三騎士団』の人間もそこに加わった。

夜、上下真っ黒な制服に黒いニット帽子を目深に被った男たちの登場に第二騎士団員たちが驚いてザワついている。

「あなたたちのことはどこからも、何も、聞いていない。なぜあなたたちが加わるのか」

「アッシャー第二騎士団長、お宅とは別のルートで情報が入った。こちらの屋敷がハグルの暗殺部隊に近々襲撃されるらしい」

「ハグルの暗殺部隊?」

暗殺部隊と聞いては譲らざるを得なかった。第二騎士団は街の警備が専門だ。そこで暗殺者の相手は第三騎士団が相手をすることになり、第二騎士団は屋敷の周辺の警護をすることになった。ジェフリーは「暗殺者の相手は自分も担当する」と譲らなかった。

「困るんだけどなぁ。怪我しても死んでも文句は無しですよ」

「ああ、もちろんだ」

こうして第二騎士団と第三騎士団が共同で張り込むことにした翌日。

ランプを消して離れの中で息を潜めるジェフリーたちの前に暗殺者が現れた。