軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 セドリック第二王子殿下の訪問

アンダーソン家の窓の外からガラガラと何台もの馬車の音がした。

「お客様かな?」と窓の外を見たら黒塗りの車体に金のグリフォンの紋章。あれはアシュベリー王家の紋章ではなかったか。

「クラーク様、偉い方のご訪問のようですからお出迎えをした方が良さそうですよ」

と声をかけて三人でアンダーソン家の玄関ホールへ向かった。

開かれた玄関の先で馬車から降り立ったのは細身で金髪の若者だった。

(あの時の人だわ)

髪の色は違うが歩き方の癖で気がついた。つまり第二王子だ。王子殿下はスタスタ歩いて私に近寄って来た。

「やあ、セラーズ嬢、久しいな」

『久しいな』ってあなた。苦笑してしまう。

私にアバラ骨を折られたことなどなかったかのように明るく声をかけてくる第二王子殿下。「はじめまして」というのも「あの時はどうも」と言うのもおかしな話なので黙ってお辞儀をした。

「ヘインズ前伯爵夫人から君がこちらだと聞いてね。ちょっといいか?」

「はい、殿下」

「ああ、アンダーソン夫人、僕はほんの少しだけ話をしに来ただけだ。すぐ帰るからお茶はいらないよ。ビクトリア嬢、ちょっと二人になってもいいかな」

「はい。殿下」

エバ様に案内された応接室に一度入り、中を確認してから騎士様たちはスッと出て行った。クラーク様がドアの所で中を覗いていたノンナの手を引いて連れて行こうとしてくれた。なのに途中でノンナが止まって振り返り、王子殿下を睨んでいたが、クラーク様に引きずられて去って行った。

なぜ睨むかね。

「実は今日は君に謝罪に来たんだ。女性にあんなふうに近寄ったらどう思われても何をされても仕方がなかった」

どういうつもりなのか黙って話の続きを待った。

「僕は例の夜会で君らしい女性が男を倒したと聞いて君に興味を持ったんだ」

「残念ながらそれは私ではございません」

「ふふふ。そうか。でも、僕が対峙した時の君は間違いなく強かったよ」

「殿下は転んで怪我をされたと第二騎士団長様にうかがっておりますが」

セドリック殿下が苦笑した。

「そんな意地悪を言わないでくれ。今日は真摯な気持ちで謝罪に来たんだ。すまなかった。この通りだ」

殿下が立ち上がり深く頭を下げられた。

「殿下、おやめください。私は他国のしがない平民です。とにかく頭をお上げください」

「許してくれるかい?」

「はい。もちろんです」

「よかった!ジェフリーは僕が君に近寄ることさえ許してくれなくてね。ここに僕が来たのは彼には内緒だよ?でも、僕はどうしても顔を合わせて謝罪をすべきだと思ったんだ」

団長さんが言う通り、悪い人ではないのか。両手両足の骨を折らなくてよかった。いや、本当は再び何かされない限りはそこまでやる気はなかったが。

「それで、君にお願いがある。僕に体術の指導をしてくれないかな。もちろんちゃんと謝礼はする」

「お断りします」

「……断るのが早すぎるだろう。どうしてだい?許してくれたんだろう?」

ここは正直になろう。

「私が殿下に体術の稽古をつけてると知られたら他の人に興味を持たれます。指導してるのが二十代の女と知れば『どの程度の腕前か俺にも腕試しをさせろ』という人がたくさん出てくるでしょう。今、仕事を掛け持ちしながらあの子を育てているのです。そんな余裕はありません」

「それなら人に気づかれないように配慮するから。週に一度、一時間だけでもいい。頼むよ」

本当に鍛えるのがお好きなのですな。

「殿下のお立場なら腕を磨くより腕の立つ者を近くに置けばよろしいのではありませんか?」

「じゃあ君がそばにいてくれるかい?」

「絶対に嫌でございます。お断りします」

「だろう?」

思わず声を出して笑ってしまった。「だろう?」じゃないから。

断り続けたが「わかった。気が変わりそうな頃にまた来る!」と爽やかな笑顔で帰って行かれた。めげないなあ、あの人。よほど鍛錬がお好きなようだわ。

エバ様にいろいろ聞かれたが「団長さんのことなどを……」と濁して帰宅した。嘘はついてない。ヨラナ夫人にも同じ言葉を繰り返した。恐ろしくて本当のことは言えない。

夕食後の時間、ドアがノックされた。

「はい。どなたですか?」

「俺だ、ジェフリーだ」

「ビッキー!ジェフだよ!」

ノンナがとても嬉しそうだ。私がドアを開けるのを待ちきれずにノンナがドアを開けると、制服姿の団長さんが立っていた。いつも思うが、制服姿は六割増しに格好がいい。

「こんばんは団長さん」

「ビクトリア、王城で近衛騎士から聞いたんだがセドリック殿下が君のところに行かれたそうだな?」

(すでに団長さんに知られてますよ、殿下)と笑いそうになった。

「ええ。体術を指導してほしいと頼まれました」

「君は何と返事を?」

「お断りしました」

「あれだけ言ったのに。明日、俺がダメ押ししてくるよ。俺はあの殿下が三歳の時から存じ上げているが、昔からめげない方なんだよ。もう二十歳なのに困った方だ。ご興味があるのが武芸方面ばかりだから周りに許されてきたのもあるんだろうが」

私は黙ったままお茶を淹れて木箱に入れておいたクルミ入りのバターケーキを切り分けてテーブルに出した。おととい焼いたもので、今日あたりからがしっとりしていて食べごろなのだ。

「ビクトリア?」

「団長さんは王国の騎士ですもの。私のことでそんな用事は頼めませんよ」

「それでもだよ」

そんなことを頼んでいたら、いつかこの人とこの人の家族を私のことで酷く困らせるかもしれない。迷惑はかけたくない。それにそうなってから手を離されたら?想像しただけで胸が痛い。

「団長さんにお願いすることには限界があります。頼って甘えて、いつか見放されたら悲し過ぎますから。自分でお断りしますから大丈夫ですよ」

団長さんが立ち上がった。立ったままの私に近寄り、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「俺は君を見放さないが」

「私、自分のことは自分で対処します。今まで団長さんにいろいろ助けてもらいましたが、一人でどうにかやってみます。だから殿下のことも心配いりません」

「ビッキー、何か怒ってるの?」

「誰のことも怒ってないわ。大丈夫よノンナ」

静かにしゃべったつもりだけれど、私の声に潜む何かが怖かったらしい。ノンナが涙目だ。

ノンナの頭を笑顔で撫でていたら団長さんがノンナを左腕で抱き上げ、右腕で私を抱き寄せた。

「わかったから。だからそんな悲しい顔で笑うな。君が何を恐れているのか、俺に話してくれないか?」

それには答えず、涙目になってしまったノンナを慰めてベッドで寝かしつけた。団長さんは私が戻るまで待っていてくれた。

「団長さん。私が何を恐れているかは言えません。ごめんなさい」

「そうか……。君には君の事情があるのに、俺の気持ちを押し付けてすまなかった」

「いえ、私こそ申し訳ありません。あの、ワインを飲みませんか?」

「ああ、ぜひ」

赤ワインとクルミのバターケーキは相性がいい。

二人でくるみ入りのケーキを食べて静かに飲む。カリカリになるまで空炒りしたクルミを噛むと、母が焼いてくれたクルミ入りケーキを思い出す。たった八年間しか一緒に暮らせなかった母の顔や声の記憶はもうかなりぼやけているのに、母のケーキの味はいまだにちゃんと覚えている。

「俺は昔、婚約者に肝心な時に頼ってもらえなくてね。大切な人を守りたいという気持ちが強過ぎるのかもしれない」

「婚約者……いらっしゃったんですか。いいんですか?ここに来て」

「彼女はもうこの世にいないんだ。十年前に自ら……。最後まで俺は役に立てなかったよ」

「それは……そうでしたか……そんなことが」

こんな責任感と保護欲の塊みたいな人にとって、それはさぞかしつらかっただろう。夜会で十年ぶり、はそういうことだったのか。

「つらいことを言わせてしまってごめんなさい」

「過ぎたことだ。君が気にする必要はないよ」

話題を変えたい。変えなければ。

「そう言えば私、会話のやり取りがわかってないぞ、みたいなことを最近言われました。私は知らないことがいろいろあるから」

「それ、誰に言われたんだい?」

「団長さんの知らない人です。行きつけの酒場の店主です」

団長さんが驚いた顔になる。

「君はそんなところに行くのか」

「ええ。ノンナが母屋にお泊りするときだけ。おかしな話ですが、他人がいる場所で一人になりたくて行くんです」

会話が途切れるのが不安でやたらしゃべり続けている私。

「今度、俺もその店に一緒に行ってもいいか?」

「そこは一人で二、三杯飲んですぐ帰る場所ですから二人で行くなら別の店にしましょう」

いろいろ知っているザハーロさんと団長さんの二人を会わせるわけにいかない、と思う。

「君がもし体術の鍛錬をしたいなら俺が相手をするよ?俺は殿下より強いんだし」

「そんな、嫌ですよ」

「なんで?」

「髪を振り乱して汗だくになっておそらく目も吊り上げて鍛錬するんですよ?そんな姿を見せるのは嫌です」

「それは、少しは俺のことを男として意識してくれてると思っていいのか?」

「……」

そこは聞かずに察してほしいですよ、団長さん。