軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【2期】5話 「世界樹に行こう!」

銀環の村から帰ってきて……王女様はあらためて、寿命を伸ばすのには時間が掛かると実感したみたいだった。

「なら、やっぱりリミットははっきり知っておくべきね。あなたの……正確な、残り寿命を」

ということで、引き留める私を振りきり、さっそく白巫女さんに聞きにいく王女様。すると……。

「ですから、寿命そのものを測るなら、世界樹に行った方が早いです。あそこには、測る仕組みがありますから」

王女様が少しだけ眉を上げる。

「仕組み?」

「一つは水晶ですね。覗き込んだ者の残りの時間を映す、と言われています。もう一つは、世界樹の枝道です」

「枝道?」

「ええ。枝の下を歩くと、葉が落ちてくるんです。その枚数で、おおよその年数を読むのだとか」

勇者が露骨に怪しい顔をした。

「……そんなので本当に分かるのか?」

「けっこう正確らしいですよ。……もっとも」

白巫女さんは、そこで少しだけ首を傾げた。ちょっと含み笑いをしている。

「葉の方は、昔一度、すべて落ちたことがあるらしいですけれどね」

沈黙が落ちた。

「……全部?」

勇者が聞き返す。

「はい。千年ほど前に。詳しい事情は分かっていませんが、この神殿の古い記録にも残っています」

「それ完全に壊れてるだろ」

「そうとも言い切れませんよ。その時はその時で、何か別の意味があったのかもしれません」

なんだか次の目的地としては世界樹になりそうな空気だけど……うーん。

はっきり言って行きたくない。なぜなら、今の私の設定としては残り寿命15年だからである。正直に言ってみたりもしたけど……ミアの話を聞く限り、長命種だということは内緒にしておいた方がやっぱり良さそう。

そんな私にとって、世界樹という場所は百害あって一利なし。一瞬、魔法で世界樹をこの世から消すという良くない考えも浮かんだのだが、やめておくことにした。単に「行きたくない」と言ってみてもいいが……「なんで?」ってなるよね。ここは勇者あたりが「やっぱり温泉に行こう」とか言ってくれるのを祈るしか。

私は、勇者を、願いを込めて見つめた。なんといっても幼馴染である。きっと私の期待に応えてくれるはず……! 温泉! 温泉来て……!

「じゃあ、行くか! 世界樹に!」

勇者が立ち上がった。どうやら祈りは届かなかったようだ。かなしい。

「……わかった」

私が頷くと、白巫女さんはにこりと笑った。

「道は分かりやすいですよ。町の北門を抜けて、根の道をそのまままっすぐです」

* * * * * * * * * * * *

――あれを「木」と呼ぶのは、いささか無理があると思う。

目の前にそびえる世界樹は、山脈よりも高く、枝葉は雲を突き抜け、空のどこまで続いているのか見当もつかない。見上げても見上げても、その先が霞んでしまい、まるで空の天井に突き刺さっているみたいだ。

幹から張り出した巨大な根は城壁のようにそびえ、家々はその間に組み込まれるように並んでいる。屋根よりも大きな根の下を人々が行き来していて、その光景は不思議と安心感に満ちていた。まるで世界樹に守られて暮らしているかのように。

「おおっ! すげぇ!」

勇者が真っ先に声を上げる。首が痛くなるまで空を仰ぎながら、子どものように目を輝かせている。

「伝承でしか知らなかったけれど……これほどとはね」

王女様は胸に手を当て、足を止めて見入っていた。

剣士は無言のまま。けれど、その瞳に浮かんでいたのは、鋭さではなく、静かな畏れ。

私は、知っている感じを出さないように、できるだけ普通の顔で歩いた。

ところが問題は、その「寿命を見る仕組み」がある広場に着いた瞬間に早くもやってきた。

でん。

と置かれていたのである。

広場のど真ん中に。

巨大な水晶玉が。

ものすごく堂々と。

台座つきで。

「こちらがこの街の名所でもある、寿命を見る宝珠です!」

案内役のおじさんが元気よく両手を広げた。私たちが勇者一行だと分かり、案内役を買って出てくれたのだ。なんでも案内人歴30年以上になるベテランらしい。

「あれを覗けば、寿命に応じて光りますよ! よかったらどうぞ!」

「よかったらどうぞ」ではない。

広場のど真ん中に置くものではないと思う。

しかも、人通りは多いのに、誰も近寄っていなかった。

名所なのに。

つまり地元の人たちも嫌なのだと思う。

名所とは。

私はすっと半歩だけ下がろうとした。

その瞬間、左右から視線が刺さる。

勇者。

王女様。

剣士。

みんながじっと、私を見ていた。

「……え? 私がやるんですか?」

「もちろんそうよ」

私は宝珠を見た。

嫌な予感しかしない。枝道はともかく、これは千年前はなかった。きっとおせっかいな誰かが、名所として新しく作ったのだろう。

やっぱり魔法で消し飛ばす……? もう遅いかな。遅いか。

私は台座の前に立った。

渋々である。

手をついて、そっと覗き込む。

透明な奥で、何かが一瞬だけ揺れた気がした。

次の瞬間。

ばきっ!!

とても嫌な音がした。

宝珠全体にヒビが一気に広がり、そのまま宝珠全体が景気よく砕け散った。すごい勢いだった。

王女様は何も言わなかった。

剣士も黙っている。

案内役のおじさんだけが、「ははは、たまに調子が悪いこともあるんだよ!」と、朗らかに笑った。

でもその顔はまったく「たまに」じゃなかったので、初めて見たんだと思う。おじさんありがとう。

そして、おじさんは妙に気まずそうな顔で「枝道は少し時間を置いた方がいいかもしれない。葉の流れの安定が違うんだ」と言い出した。

本当かどうかは分からないが、このままの流れだとまずいと察知したのかもしれない。さすがはこの道30年のベテランであった。

そこでその間、私たちは市場を見て回ることになった。

並んでいるものは、総じて少し変だった。

死者の声を聞く貝殻。先祖の夢を見る香。魂の重さを測る秤。

何というか、全体的に、生きている人向けなのか死んだ人向けなのか分かりにくい。

「この町、魂の話ばっかりだな……」

勇者が呆れたように言うと、案内役の人が「ああ」と頷いた。

「世界樹は、魂が一度集まって、また次の場所へ送り出される場所だと言われているんだよ」

「送り出される場所?」

王女様が聞き返す。

「ええ。死んだ人の魂も、新しく来る魂も、いったんここを通るんじゃないかって。まあ、言い伝えですけどね」

そのとき、人だかりの向こうから、妙によく通る老人の声が聞こえてきた。

何重にもなった人垣。

その中央に腰掛けているのは、背筋をぴんと伸ばした学者風の老人だった。鋭い鷹の目で周囲を見回し、なんだか威圧感がある。

「――生まれ変わりとは、魂が輪を描くように巡ることです」

老人は高らかに言う。

あ、生まれ変わりの話だ。

「人は死ねば魂を手放し、その魂は次の器へと流れ込む。こうして世界は絶えず循環を保っておるのです」

途中までは、よく聞く話だった。

でも、私はちょっとだけ気になる。

せっかく詳しそうな人がいるので、思い切って「あの!」と手を挙げてみた。すると、周囲がざわつく。

「みんながみんな誰かの生まれ変わりなら……今、世界の人の数って確か増えてますよね? 魂が足りなくなってしまわないんですか?」

人だかりが、一瞬しんと静まった。

老人は鼻を鳴らし、ゆったりと顎鬚を撫でた。

「鋭い子だ。そう、その矛盾に気づく者は少ない」

得意げに立ち上がると、老人は胸を反らして続けた。

「魂はこの世界だけに閉じておらん。空の向こうにあるという他の世界から流れ込み、また他の世界へと溢れ出す。魂の輪は、ひとつの世界を越えて幾重にも重なっておるのだ」

……んん? なんだか難しくなってきたな……。

私の頭の上に「?」が浮かんでいるのが分かったのだろう。王女様がさっと続きを引き取ってくれた。

「じゃあ、どこか別の世界にいた人が、こっちに生まれてくることもあるのかしら」

老人は満足げに微笑んだ。

おお、正解らしい。

「その通りだ。ゆえに生まれ変わりとは、世界を渡る旅でもある。生まれ変わってなお自分を保っている者は珍しいがな。何百年に一度と言われておる」

つまり前世がある人ってことだよね。

これはわかる。何百年に一度、かぁ。

「そういえば、これまで何人か見たことあるかもです」

「……えっ……?」

市場を抜けるころには、日が少し傾いていた。

さっきまで賑やかだった屋台の声も、果物を煮る甘い匂いも、根の向こうへ少しずつ遠のいていく。

案内役のおじさんに連れられて辿り着いたのは、世界樹の根元近くに口を開けた、白い石の細道だった。

道幅は、大人が二人並べば窮屈なくらい。

両側には、家の壁みたいにせり上がった太い根がずっと続いていて、その上を幾重もの枝が覆っている。空は細く裂けたみたいにしか見えない。明るいはずの昼なのに、ここだけ少し光が薄かった。

「この先が枝道です」

案内役のおじさんは、宝珠の時より明らかに声が小さかった。

「この道を歩くと、葉が落ちてきます。その数で、おおよその寿命の年数が分かると言われています」

私は道を見た。

一度入ったら「やっぱやめます」がしにくそうな形をしている。千年前もここには来たのだが、あのときは大変だった。葉が洪水みたいに落ちてきて、溺れそうになった。陸上でも人は溺れることができるのだと、私はあの時学んだのだ。

でも、嫌がりすぎてもまずいか。

だから、私はできるだけ澄ました顔で、石道へ足を踏み入れた。

一歩。

上から、金色の葉が一枚落ちてきた。

透けるような薄い葉で、ひらり、と肩をかすめて地面に落ちる。

二枚目。

三枚目。

……お? なんだか前より落ち方が大人しい。

四枚目。

五枚目。

六枚目。

うん。

ひょっとして、これはいけるのでは……?

次の瞬間。

ドドドドドド、という音とともに。

頭上から葉の塊そのものが落ちてきた。

私は剣士に脇で抱えられ、勇者に手を引かれ、ほとんど運ばれるみたいに枝道を脱出した。洪水のように道を埋め尽くしていく葉は、王女様が魔法で吹き飛ばしてくれた。しかし、すぐに目の前の空間が落ち葉で埋まっていく。

広場まで来て、みんなで息をついた瞬間、遠くで、ざあっと葉の崩れる音がした。あの枝道の奥では、今もまだ、葉が降り続けているらしかった。

王女様は何も言わなかった。

ただ、吹き飛ばされずに残った葉を一枚だけ指先でつまんで、それを見ていた。

いつもならすぐ何か言うのに、今はそれがなかった。

勇者が低い声で言う。

「なんだよ今の……」

「たぶんだけど、紅葉の時期なんじゃない?」

「お前の中で紅葉って人を埋める勢いなの?」

「世界樹だから普通とは違うのかも……」

「宝珠も壊れたし……」

勇者は眉を寄せる。

「まさか、魔法で寿命を削ってるせいで、うまく測れないのか……?」

剣士は何も言わず、まだ枝道の方を見ていた。

遠くでは、ざあ、ざあ、ざあ、と、一定じゃない葉の音がずっと続いている。測定というより、もはや災害の音だった。

「収まったあと、もう一回歩くのはどうだ?」

「やめましょう!」

珍しく案内役のおじさんの声が速かった。

「ええと、その、今日はこのくらいで! 十分です! ええ、むしろ十分すぎます! さ! 今日はもう帰りましょう! それがいい!」

誰も反対しなかった。

私達は、こうして世界樹を後にした。

まあ、明らかにバレそうな場所に行ったのに、無事に切り抜けられたのはめでたいか。今日は記念すべき日として、私の中に刻まれるだろう。ふう、やれやれ。

私は感慨深く、世界樹を振り返った。……あれ?

「なんかハゲてる……?」

* * * * * * * * * * * *

世界樹から戻ってきたあとのこと。

王女は、神殿の自室でしばらく黙っていた。

窓の外はもう薄暗い。

手の中には、あの時拾った葉が一枚ある。

軽い。薄い。指でつまめば、風にでも攫われそうなくらい頼りない。

……どうも、妙だった。

宝珠が割れる。

まあ、これはいい。壊れない物は存在しない。そういうこともあるだろう。

葉が延々と降ってくる。

これも、ないこともないのかもしれない。世界樹ほどの大きさなら、こちらの常識に当てはめる方が間違っている可能性はある。

問題は、それが同時に起こったことだ。

宝珠が砕けた。

落ち葉が止まらなかった。

しかも、千年前にも同じように“全部落ちた”記録があるという。

……偶然?

それとも、何か意味がある?

王女は葉を机に置き、静かに立ち上がった。

神殿の記録室は、薄暗い。高い天井まで届く棚に古文書が収められ、奥の方は、蝋燭の灯りがなければ読めないくらいに影が深い。

王女はまず、当時の記録を当たった。

千年前。

世界樹。

異変。

落葉。

思いつく限りの記述を辿っていくが、出てくるのはどれも簡潔な報告ばかりだ。

葉がすべて落ちた。人々がざわめいた。祈りが捧げられた。

だが、肝心の理由がない。

王女は小さく息をついた。

紙を追い続けていたせいで、目が少し疲れている。

その時だった。

「お探しの件、書き残された記録だけでは少し分かりにくいかもしれませんね」

不意に職員からかけられた声に、王女は顔を上げた。

「……というと?」

「この奥に、古い記録画をまとめた部屋があります。年代ごとの出来事を描いたものです。絵ですから、文字よりは雰囲気が伝わるかもしれません」

王女は一瞬だけ考え、それから頷いた。

「案内してもらえるかしら」

「ええ、もちろん」

記録室のさらに奥。

案内された先は、細長い回廊みたいな部屋だった。壁いっぱいに額が並び、時代も題材もばらばらの絵が掛けられている。

戦のあとの祈り。

豊作の奉納。

神殿の再建。

大規模な巡礼。

どれもひとつの事件や年を描いたもので、主役はあくまで出来事そのものだ。

それでも、近くで見れば群衆の顔立ちまできちんと描き分けられている。

王女は、壁際をゆっくり歩いた。

どれも大きな絵だ。真正面から見れば一枚一枚の情報量は多いが、今は気晴らし半分だった。記録を読んでもはっきりしない以上、絵を見たところで急に答えが出るとも思えない。

だから――最初の1枚は、本当に何気なく見た。

世界樹の根元で、人々が祈っている絵だった。

巫女たち。巡礼者たち。土地の民。群衆の中の誰かひとりに注目するような絵ではない。

そのはずなのに。

「……ふふ」

王女は思わず小さく笑った。

群衆の端に、見覚えのあるような顔があったからだ。

長く、薄い色の髪。

年若い顔立ちの少女が、のんびりと空を見上げている。

今より少し古い装いをしてはいるけれど、どこか、あの魔法使いの少女に似ている。

王女は、そのまま視線を横にずらした。

隣の絵も、別の時代の群衆画だった。

こちらは神殿の前庭で行われた奉納の記録らしい。やはり大勢の人が描かれていて、主題はあくまで出来事そのものだ。

王女は、ほとんど無意識にその中を見た。

「……え?」