軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

~最終話+エピローグ(2)

それから、十年ほどが過ぎた頃。

温泉宿での恒例の集まりに、剣士は姿を見せなかった。

あとから聞いた話では、彼は軍に戻され、辺境の砦に司令官として赴任していたそうだ。

襲撃を受けた夜、兵たちを逃がす時間を稼ぐため、砦に一人残ったという。

剣士らしい、まっすぐな最期だった。

そういえば、最後に顔を合わせた年、剣士は少し髪に白いものが混じり始めていた。

大きな背中はまだしっかりしていたけれど、肩にかかる外套を直すしぐさに、少しだけぎこちなさを感じたのを覚えている。

……思い返せば、もうその頃から、別れは始まっていたのかもしれない。

さらに三十年ほどが過ぎた頃、王女様――いまは王として国を治めていた彼女が、病に臥せっているという噂が広がった。

私は王都を訪れ、見舞いに向かった。さすがに王都が怖いと言っている場合ではなかった。

王宮の中は、どこか重苦しい空気に包まれていた。広い病室に案内されると、そこには、かつて威厳に満ちていた王女様が、今は一人、ベッドに身を横たえていた。

「……来てくれたのね」

「ええ。ご病気だと聞いたので」

王女様は小さく笑った。

その顔は思ったよりも穏やかで、どこか安堵の色すら滲んでいた。

しばらくの間、昔話を少しだけ交わした。けれど、それも長くは続かなかった。

まもなく、彼女の容態は急に悪くなった。

瞼を閉じ、苦しげにうなされながら、ベッドで眠る彼女は誰かを探すように手を宙にさまよわせる。

傍らにいた侍女に促され、私はそっとその手を握った。

すると、まるで光を探し当てたように、その手が強く私を引き寄せ、抱きしめてきた。驚くくらいに、強い力だった。

「……ああ、よかった……ここにいたのね。もう、探したんだから」

その声は、幼い子どもがようやく迷子から帰ってきたときのように、心底ほっとした響きだった。

「ほら、もうすぐ宴よ。音楽が聞こえるでしょう?」

そう言って、王女様は遠くを見つめた。

その音は、私には聞こえなかった。

けれど、王女様にはきっと、確かに届いていたのだ。

……きっと、あの夜に続く、もう一つの夜。

時を越えて訪れた、ほんとうの宴の始まりが。

王女様は、満ち足りたように小さく息を吐き、

そしてそのまま、静かに目を閉じた。

――まるで、遠くで流れる祝福の調べに、身を委ねるように。

それからさらに、いくつかの季節が巡ったある日。

勇者が、突然、姿を消した。

ある日ふらりと、彼の住まいを訪ねると、そこには誰の気配もなかった。

いつも通りだったはずの部屋は、まるで舞台が終わった後のように静かで、整えられていて、物音ひとつなかった。

机の上には、小さな紙切れが1枚。

「ちょっと出かけてくる」

それだけが、残されていた。

近くの村人によると、大きな荷を背負った勇者が、にこやかに挨拶をして出ていったという。

でも、それきり。

彼は、二度と戻ってこなかった。

自分の死ぬところを見られたくなかったのか。

「1000年後に生まれ変わる」という約束を果たすための方法を探しに行ったのか。

――私は何となく、後者じゃないかなと思っている。

それから、だいたい百年くらいは山奥の洞窟で身を隠していた。王都に行ったからだ。

私が長命種だということは、もしかしたらあのときバレたかもしれないし、もしかしたら誰も気づいていなかったかもしれない。それでも念のため、姿を変えることにした。

ばきばきばき、っと。……これくらいかな?

洞窟の姿見の前に立つと、そこには十歳くらいの少女が立っていた。うん、ばっちり。

長命種が伸び縮みできるというのは、どうやら世間一般にはあまり知られていないらしい。少女の姿で記録や伝承に残っていたとしても、さすがに今の私と結びつける人間はいない……はず。

それからは、森や谷などの、人里近くの場所を転々としながら数年ずつ暮らす、ということを繰り返した。

なぜ完全に人里を避けなかったのかというと――次にみんなと会ったとき、色々な話ができたらいいなと思ったからだ。ちょうど日記も買ったことだし。

それに、なんとなく。街の人混みの中にいると、懐かしい声や仕草に似たものを見かける気がして。

もちろん気のせいだ。そんな都合のいいことがあるわけない。

でも、もしかして、と思うことはある。

そのくらいは、いいと思った。

さて、そんなある日のこと――。

川辺で水を汲んでいたら、がさりと茂みが揺れて、若い女性が転がるようにして現れた。

服は泥にまみれていて、足もとには擦り傷。呼吸が荒く、ひどく疲れているようだった。

私は、しばらくその場を離れなかった。彼女が立ち去るでもなく、その場に崩れ落ちたまま、身じろぎもしなかったからだ。

ようやく水を差し出したら、彼女は一瞬、びくりとした目でこちらを見て――それから、おそるおそる受け取った。

顔立ちは整っていた。高貴な家の出の人が持つ、独特の雰囲気を纏っている。

彼女は、どこか王女様に似ていた。

その晩、私の家で、ぽつりぽつりと彼女は語った。

彼女は、とある国の貴族の生まれだったが、「禁忌」とされた力を持っていたらしい。

触れずに物を動かす、夢の中で精霊を見る、そんな子どもだったという。

「だから、封印されるか、処されるかの二択だったんです。あの国では、そんなものを持っているのは許されないらしくって」

だから、彼女は、魔法都市に行きたいのだという。確かに、あそこは禁忌であればあるほど受け入れてくれそう。ただ、問題が1つ。

今いるここから魔法都市へ移動するとなると、半年ほどはかかる。ほぼ大陸の端から端だ。そんな中、彼女が追手から逃げ切って、辿り着くのは難しいような。

杖を使って送ってあげたら一発なのだが、大陸の端から端となると、魔法はおそらく赤色になる。みんなは「必要がある時は使ってもいいよ」と言っていた気もするし、黄色や青までならいい気がするけど、赤はなんだか普段使いするとまずそう。事実、私の頭の中のイマジナリー王女様は、大きく×を書いた札をぶんぶんと掲げている。

……となると……送っていくか? 黄色と青、それに他のアイテムを使えば、たぶん追手をかわすくらいはできるだろう。

寿命を削る話は今度こそ内緒にしよう。私もさすがに学習した。寿命削る話、絶対ダメ。

姿は……このままでいいか。目の前でバキバキ変形したら、きっとびっくりさせてしまうだろうから。

「私、魔法都市まで送っていきましょうか? ちょうど暇ですし、昔の知り合いにも会いたいと思ってたところなんです」

白巫女様にちゃんとお礼もしてない気がするし。彼女はたぶんまだ生きてるだろう。

ところが、女性は、不思議そうな顔をして口をつぐみ、周囲へそっと視線を巡らせた。私も釣られてあたりを見回す。

洞窟の中は、それなりに整っていた。旅の行商人に貰った家具や手作りの棚があり、布を吊るして仕切ってある。ぱっと見、ちょっと変わった山暮らしの家庭、くらいには見えると思う。

「あの……それで、ご両親はいつごろ帰って来られるんでしょう?」

女性がおずおずと口にした。……両親? 私の?

「両親はずっと昔に亡くなりましたけど」

「じ、じゃあご兄弟とか……?」

「ここに住んでいるのは私1人だけですよ?」

「いつから……ここに……?」

「もう5年くらい……?」

「5年も、こんなところに、1人で……?」

お気に入りの私の自宅が「こんなところ」とか言われているのは置いておいて。口にはっと手を当て、可哀そうな人を見る顔をする彼女を見て、私はようやく理解した。

今の私は10歳の子供の姿である。だから、森の中の洞窟で1人暮らしをしているのを見て、気の毒に思っているのだろう。だが、そんな気遣いは必要ない。だって私、中身は大人だし。単に、週末に趣味のキャンプをしているのと同じなのだ。

そこで笑って、ついでに両手も振り上げて、精一杯に元気をアピールしてみた。

「大丈夫です! 私、こう見えてもう大人ですから!」

「……」

「あれ?」

――1000年もあれば、色々あった。

魔法都市に送って行ったあの子とは、あの後、魔法学校に一緒に通った。私は魔力がないって言ったのに。白巫女様が面白そうだからという理由だけで無理やりねじ込んできた。明らかな不正入学である。いつか告発してやろうと思っている。

異世界に渡る船を作っているという少女とも会った。「この子、異世界から召喚された人が元の世界に戻っちゃったから追いかけたいんだって。青春だよねー!」とその子の友達はケラケラ笑いながら暴露して、少女からげしげしと蹴られていた。

異世界から召喚されたという少年とも会った。恋人の所に戻ってきたんだと思って前に会った少女の所に連れて行ったら少女は既に船で旅立っており、しかも少年に話を聞くと、別に少女とは無関係であるという。「家に帰りたい」と言う彼と一緒に、元の世界に戻る方法を探すための旅をした。

ミアともまた再会した。……怖かったので、詳細は控えたいが……「すごくすごく怒られた」ということだけは、記しておきたい。

そして……ついに、1000年が経った。

ざざーん、と、静かな波の音が響く。夜の浜辺には誰もいなかった。

あの頃と比べて、波打ち際は遥かに手前まで迫っていた。かつて私たちが瓶を埋めた砂の丘は、もう跡形もない。私はその場所を振り返りながら、足元の砂に手を伸ばす。何もない。ただ、潮風がかすかに砂を巻き上げていく。

――あの時と同じ匂いがした。懐かしくて、胸の奥がくすぐったくなる。

今も、呼べば返事が返ってきそうな気がした。

声をかければ、誰かが笑って振り返るような――。

……もちろん、誰も、いない。

私は、腰を下ろし、そっと、膝を抱えた。

* * * * * * * * * * * *

540:風の名無しさん

「かつて、昔の知り合いの彼が言った、「また数千年後に会おう」という、あの言葉の意味が、今なら少し、分かる気がした」

「――千年後にまた掘り起こそう」

「そう言って笑ったあなたたちの声を、私はいまも聞いている」

544:風の名無しさん

泣きそう

魔法使いちゃんってこんなこと考えてたんだ

548:風の名無しさん

魔法使いちゃんのモノローグ初めてだよね

めっちゃダメージ受けてるやんけ……

550:風の名無しさん

魔法使いちゃんが立ち上がった

やばいどっか行く気だ

556:風の名無しさん

魔法使いちゃんが何か砂浜に書いてる

駄目だ読めん

何語だあれ

563:風の名無しさん

読めなくても分かるよ

遅れてくる仲間のために、行く場所を書いてるんだ……

570:風の名無しさん

これで終わり?

578:風の名無しさん

結局、救われなかったの?

585:風の名無しさん

せっかく再会したのに

同じだったじゃん……

590:長命種ニキ

ただ、いくつか気になるところがあります

596:風の名無しさん

長命種ニキ!

602:風の名無しさん

どこが気になるんだ!?

610:長命種ニキ

結局、話に関係なかった部分があったじゃないですか

世界樹の話とか

わざわざ描いておいたのに触れずに終わるなんて

618:風の名無しさん

つまり?

625:長命種ニキ

ふふ、ヒントは出しました

あとは自分で考えてみてくださいね

632:風の名無しさん

……つまり?

638:風の名無しさん

スルーされてて草

645:長命種ニキ

いや、わかんないんですよ

違和感があるだけで

何か掴めそうな気もするんですが

651:風の名無しさん

でもさ、この時点では生まれ変わった仲間に会えなかったとしても、この後に会えてるかもしれないじゃん

658:風の名無しさん

本編終わりなんだが?

665:風の名無しさん

いや、結局、俺らが見てたのってさ

あの世界のほんの一部なんだよ

672:風の名無しさん

だからあの後も、あの世界で、話は続いていくんだ……

きっとそこで魔法使いちゃんは生まれ変わった仲間と再会するし幸せに暮らすんだ

俺は詳しいんだ

680:風の名無しさん

それ前も言ってたやついたけどさ

それってつまり、あのアニメの出来事が実際にあったってこと?

688:風の名無しさん

なら疑問が1つある

どうして異世界の出来事がアニメになってるんだよ

695:風の名無しさん

なー

さすがに無理があるわ

702:風の名無しさん

でも、最後に得られるものがなかったのはきついっす……

何が伝えたかったんだこのアニメ

結局、魔法使いちゃんが1人で謎の文字を書いただけじゃん

710:風の名無しさん

さっきから黙ってるけど、長命種ニキは何か思いつかないの?

途中だったけど?

718:長命種ニキ

……え?

725:風の名無しさん

長命種ニキ?

731:長命種ニキ

…………まさか

* * * * * * * * * * * *

……さて。どうしよう。

夜空を見上げる。満天の星が静かに瞬いている。誰も来ないのは、分かっていたことだ。分かっていたけれど――

私は、膝を抱えて小さく息をついた。

さみしい。

隣に誰もいないのが、こんなにさみしいなんて、知らなかった。

でも、これからどうするかなんて、分からない。

背後で、フォン、と風を切る音がした。振り返っても、そこには誰もいない。だが、その音には聞き覚えがあった。幾千の戦場で聞いた斬撃の音。神殿で一日に幾万回も響いた、剣士の素振りの音だった。

そして――。

『ただ待ってるだけじゃ、奇跡なんて起きやしないわ』

胸元で、優しく、力強い声が聞こえた気がした。見下ろすと、ブローチが月の光を反射してきらめいている。

彼の剣筋と、彼女の声が、夜の空気を震わせて残響した。

それは、彼と彼女が、今もこの世界に確かに息づいているような――そんな感覚だった。

……そうだ。来ないのなら、迎えに行けばいい。

私は、首から提げたネックレスをそっと手のひらに乗せる。これは、もう何百年も前に渡されたもの。魔法で保護されていて、持ち主が生きていれば、対となる相手のいる方角を指し示すという。

しばらく沈黙していたそれが、ふいに、空へ向かって引かれた。

ネックレスの先は、夜空を指していた。

「……空の向こう、か……」

やはり天国に行ってしまったのだろうか? でも、勇者が天国にいるなんて、そんな……なんというか、納得しがたい。けど、やっぱり天国にいるの……? 私の知識だと、空の向こうにあるのは天国だから。

しかし、勇者が天国にいるとなると、困った。私は行ける自信がない。この1000年で、もっと善行を積んでおくべきだったのか……?

ぽつりと、口から恨み言が漏れた。

「生まれ変わるって、言ったじゃん……」

生まれ変わりの話。世界樹で誰かが言っていたのだったか。確かに、私と一緒に聞いたのに。

『――生まれ変わりとは、魂が輪を描くように巡ることです』

巡ってない。だって、この1000年、誰もいなかった。そりゃあ、世界の隅々まで見たわけじゃないから、断言できないけれど。たぶん、あっちが私を探そうと思ったら、もっと何か合図というか、動きがあったはずだ。私が探す側でもそうする。

『人は死ねば魂を手放し、その魂は次の器へと流れ込む。こうして世界は絶えず循環を保っておるのです』

だから、循環してない。してたとしても、人の数は増える。増えた分はどこから来るの、ってたしかあの時も……。

『魂はこの世界だけに閉じておらん。空の向こうにあるという他の世界から流れ込み、また他の世界へと溢れ出す。魂の輪は、ひとつの世界を越えて幾重にも重なっておるのだ』

他の世界、だって。

そういえば、召喚されて来たって子もいたっけ。案外、眉唾ものの話じゃない、の、かも……。

……いや、待てよ?

他の世界。いや、ここで大事なことは魂の輪がどうこうじゃない。ここで大事なのは、他の世界が、『空の向こうにある』ということだ。空の向こうに。……空の向こうに!

今大事なのは、「魂の輪」ではない。「空の向こうに他の世界がある」――それだ。

……行けるのだろうか。空の向こうへ。別の世界へ。

私は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、杖を取り出す。

「いざという時以外に杖は使わないこと」

あの頃、みんなと約束した。

でも今は、たった1人で、どうしようもなく寂しくて、そして今こそ「いざ」だった。

私は杖を掲げた。魔力が走る。空間が震える。

発動する魔法は――赤。10年の寿命を捧げる、最も重い魔法。

赤い光が爆ぜる。

私は、空へ向かって、跳躍する。

だが――届かない。

空は、高かった。

世界の壁は、遠く、分厚かった。

だから私は、再び杖を掲げた。もう一度、赤。

そして、飛び上がった状態で、さらにもう一度。

赤、赤、赤――燃え上がるたびに、世界が少しずつ遠ざかる。

足元が、音もなく沈んでいく。海も山も、都市も森も、小さな光になっていく。

百回近く、魔法を放った。

そのたびに、魂の一部を削った。

それでも、届かないのなら。

私は、すべてを賭けて飛ぶ。向こうにいる、たった一人を探しに。

空がひらく。世界の果てが、ひび割れて、光が溢れた。

波の音が消える。風が静まる。

時が止まり、ただ光だけが――真上へ伸びる道になる。

世界は、足元でくるくると回っていた。

大地も空も、海も星も、みんな、ひとつの輪の中に収まって、小さくなっていく。

まるで――私を送り出すように。

私は、その輪に、背を向けて、手を振った。

さよなら、私の世界。

私は飛んだ。

星々をかき分け、夜を越え、言葉も届かない遠くへ。

赤い光は、燃えながら尾を引いて、幾重にも軌跡を描いた。

その全てが、まるで願いごとのように、空に溶けていった。

魔法がなくても、歩いていける気がした。

――でも、魔法があったから、飛んでいける。

ずっと、遠くへ。

あなたのいる、空の向こうの世界へ。

* * * * * * * * * * * *

「――砂の匂いと潮の音だけが、まるで記憶のように、そっと私の頬を撫でていった。

かつて、昔の知り合いの彼が言った、『また数千年後に会おう』という、あの言葉の意味が、今なら少し、分かる気がした。

『――千年後にまた掘り起こそう』

そう言って笑ったあなたたちの声を、私はいまも聞いている――」

魔法使いの少女の独白が終わり、映像がゆっくりと暗転していく。

静かな余韻を残しつつ、少女が砂浜に何かの文字を描き、ゆっくりとその場を離れていく――その背中を映したまま、スタッフロールが流れ出した。

「監督~! これで本当に良かったんですか? バッドエンドもいいとこじゃないですか」

試写室の暗がりに明かりが戻ると、助監督が真っ先に口を開いた。椅子から立ち上がりながら、不満そうにスクリーンを振り返る。

「いいんだよ、これで。最後はこうするって、彼女との約束だったんだ」

「誰との⁉ 作品を私物化すんなよ!!」

「まあまあ、いいじゃないか。ともかく、放送も無事に終わったんだ。みんな、飲みにいこう。奢るよ」

監督の気楽な一声に、スタッフたちがわっと盛り上がる。音響監督、美術のチーフ、王女様役の声優など、男女混ざった面々が「やったー!」「今日は飲むぞー!」と笑顔で立ち上がる。

――だが、その喧騒の中で、ひとりだけ立ち上がり、控えめに手を上げる姿があった。

それは、奥の席にいた、小柄で大人しげな少女。

髪は黒く艶やかで、制服のような落ち着いた服装。年齢も若く、雰囲気は柔らかいが、なぜか『近づきすぎてはいけない』ような、淡い距離感も纏っている。

「すみません、私、この後は用事があって……」

小さく会釈しながら、少女は鞄を手に、控えめに出口へ向かおうとする。

「この後⁉ 深夜なのに⁉」

「彼氏⁉」

「こら。やめろって。……じゃあまた、神代さん。今回が声優初めてだったんだろ? 主演、お疲れ様。……で、誰と会うの?」

そう訊かれた少女は、鞄を肩にかけたまま振り返る。

照れたように笑みを浮かべ、そっと頭を下げると、 表(・) 紙(・) に(・) 謎(・) の(・) 文(・) 字(・) が(・) び(・) っ(・) し(・) り(・) と(・) 書(・) か(・) れ(・) た(・) ノ(・) ー(・) ト(・) を持ち上げて、口元を隠すように抱えた。

「私にも、わからないんです。誰が来るのか」

「……やっぱり止めた方がよくない?」

「監督! スキャンダルですよスキャンダル! いいんですか⁉」

「無理に止めると全員この世から消されると思うけど……」

「ちょっと待って⁉ 神代ちゃんそんなヤバい人なの⁉」

そんなスタッフたちの会話を背に、少女は静かに試写室を後にする。

廊下の向こう、夜の街に続く自動ドアが、ゆっくりと開いた。

彼女の足元には、どこか砂を踏むような、懐かしい音が響いていた。

* * * * * * * * * * * *

(エピローグ)

小さい頃から、なぜか海が好きだった。周囲から「なんでそんなに海が好きなんだ」と言われても説明できず、自分でもよく分からない。ただ、何かを探している気がした。けれど、どこに行っても、何か違う気がした。

そんな違和感を持って、ずっと生きてきた。大学を卒業しても、その違和感は消えることはなく。

そんな中、深夜にやっていたアニメを見たのは、偶然だったのかどうか。聞こえてくる声が、何かを感じさせ、あっという間に引き込まれた。

そして、ラストシーン。浜辺に書かれた文字。掲示板を見ても、あれは読めないと言われていたが、あれは……場所だ。場所を示している。

思わず、体が動いた。

電車は走っていなかったので、原付で。海に近づき、何かを探す。今なら、何か。自分でも説明できない何かが、見つかる気がした。

そうして辿り着いた砂浜の端に、誰かが座り込んでいるのが、月明かりに照らされて、見えた。浜辺を突っ切り駆け寄る。

そこにいたのは、少女だった。木で囲いを作り、何かごそごそとしている。

一瞬、頭の中を、覚えのない記憶がよぎった。山奥の渓流で、河原でしゃがみ込んで何かしていた、同年代の幼女の姿。

「何してるんだ?」

「……カニ牧場。大人の遊びだよ」

振り向かずに答える少女の背中を見て、なぜか胸が熱くなった。何を、言えばいい? 何を……?

思わず、口を開いた。言葉が勝手にあふれ出してくるみたいだった。

「俺、また旅に出ようと思うんだ。だから……」

「じゃあ、私も行く~」

間髪入れず、ぱっと笑顔で振り向く彼女に、なぜか涙が溢れた。同時に、全てを思い出す。彼女を誘って旅に出て、仲間と出会って、魔王と戦い、そして――今、あの時と同じく、彼女と2人、ここにいる。

……振り返ってみれば、あの旅も、あの別れも、そして今日までの時間も。

――全部、ひとつの旅だった。

なんとなく、そう思った。

「待たせてごめん」

「別にそんなに待ってないよ。でも、こっちの世界に生まれ変わってたとして、まだ3歳とかかもしれなかったから、賭けだったけど」

「それはないよ」

「どうして?」

「そのくらいは、何とかできるんだよ。元勇者だからな」

「勇者ってすごいんだねぇ」

「……他の2人も探しに行くか」

「んー、2人は近くにいる気がするの。私がちゃんと分かってないだけで」

「いなかったの俺だけ?」

「そうだね」

「マジかよあいつら……」

「でもいちおう、探してみようかなって」

「お前、またアニメとか使うの絶対やめろよ」

「なんで?」

「演出に悪意があるんだよ……! 心を抉ってくるのやめろ」

「監督さんの趣味なんだって」

「よく知らねーけどそいつとは縁を切った方がいいと思う」

「人の曇った表情は芸術品なんだって」

「今すぐ切ろう! ……そういやさ、お前、もう杖持ってないよな?」

「……持ってないよ?」

「持ってるじゃん! 絶対持ってるじゃん!」

月明かりの下、再会を果たした二人は、笑いながら、どこへともなく歩き出す。 波音は静かに続き、夜の風は砂を撫でていた。

まるで――忘れかけていた物語の続きを、もう一度なぞるかのように。

……こうして、誰にも知られずに終わった、小さな旅があった。

忘れ去られたはずのその足跡は、けれど、ある日ふと。誰かの想像の中で、また、語られ始める――。

* * * * * * * * * * * *

300:長命種ニキ

わかりました! 皆さん、聞いてください!

307:風の名無しさん

みんなー、長命種ニキが何か見つけたんだって

313:風の名無しさん

さすが長命種ニキ!

321:風の名無しさん

それでそれで?

何が分かったの?

328:長命種ニキ

やっぱりあれは現実に起こったことで、魔法使いちゃんは生まれ変わった仲間を探しに、こっちの世界に来たんですよ! それであの話を伝えたんです! だからきっと、アニメ関係者の中に魔法使いちゃんが……

334:風の名無しさん

……?

340:風の名無しさん

???

346:風の名無しさん

お前は何を言ってるんだ

354:風の名無しさん

やべぇよ・・・やべぇよ・・・

358:長命種ニキ

いや

信じられないと思うんですが、本当なんですよ!

360:風の名無しさん

どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……!

367:風の名無しさん

はい

お薬出しておきますね~

374:風の名無しさん

……長命種ニキ!

病棟に戻ろう!