軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ 悪女の最後の微笑み

「お待ちください! アデル様!」

「やだ~! カリナ、こっちだよ~」

「ま、待ってください……わたくし、最近体力が……ハアハア」

教会に響く二人の会話に、私とランディは顔を見合わせて笑い合う。今年三歳になる息子のアデルと、侍女で親友のカリナさんの追いかけっ子はいつものことだ。教会の職員やお祈りに来た人たちは微笑ましい表情で見守っていて、町の子どもたちも参加し始めていた。

「そろそろ注意しなくちゃね」

カリナさんの体力も心配だし、静かにお祈りしたい人の邪魔だろう。そう思って立ち上がると、ランディがクスクス笑って首を振った。

「いいじゃないですか。アデル殿下にも町の子どもと遊ぶ場所が必要です。それにあの二人はここに集まる者の癒やしですから、止めたらスカーレット様が文句を言われるかもしれませんよ?」

「そう……?」

たしかに観察していると皆、楽しそうに見ている。それどころか「殿下、あっちにお逃げください」「カリナ様、頑張って!」「ほら、子どもたちもお逃げ~」などと応援する人たちでいっぱいだ。

「ええ。いつもはキリッとしているカリナさんがはしゃぐ姿も楽しいですしね。さあ、そんなことより午後の治療を再開しましょう。まだ患者がいますので」

「そうだったわね! ランディ、最初の人を呼んでくださる?」

今日は月に一度の教会での治療日だ。あまりにもひどい怪我や長期間患っている病気がある時だけ、教会で聖女の治療をすることにしている。

シモンいわく「聖女がいればなんでも治せると思わせるのは良くない」とのこと。

(たしかに私が死んだ後や万が一聖女の力が無くなる時のことを考えると、私に頼りきりは良くないわね……)

この国は医療も発達しているし、最近では魔術での治療も研究されている。魔力を持つ者も多いので、専門の研究所を作って魔術医師を育成したらどうかなんて話も出ているくらいだ。

私はそれまでの「つなぎ」になればいい。そう思ってこの国に来てからというもの、たくさんの人を治療してきた。それでも今日は少ないようで、三人だけ。私は片付けをランディに任せ、少し乱暴に椅子に座ると、ふうっと一息つくことにした。

するとドタバタと遠くから駆け寄ってくる音がして、バタンと勢いよく扉が開いた。

「おかあさま~! ちりょーは、もうおわった?」

「アデル様、お部屋には静かに入らなくては駄目です!」

ちょうどいい時にカリナさんとアデルが治療部屋に入ってきた。カリナさんはパタパタと赤くなった顔を手であおいでいる。反対に、アデルはまだ遊び足りない顔で笑っていた。

「ちょうど終わったわ。でもアデル! カリナさんの言うとおり、このお部屋では騒いでは駄目。怪我や病気をしている人には大声がつらいのよ」

「は~い……ごめんなさい」

アデルはシモン様にそっくりの顔で私を見上げている。しょんぼりする顔も似ているので、どうも甘くなりやすい。私はふうっとため息を吐き、アデルの汗ばんだ顔をハンカチで拭いた。

「あまりにも自分勝手な行動をするのなら、お父様に叱ってもらわなくてはなりませんよ」

「えっ! だ、だめぇ~!」

父親であるシモンに憧れているアデルは、昼間の行動を知られたくないみたいだ。涙目でぶんぶんと頭を横に振っては「しずかにする!」と呟いている。

(まあ、もちろん全部シモンに筒抜けだけどね)

昼間なかなかアデルと会えないシモンの楽しみは、夜に私から聞く息子の話だ。日々あったことを報告すると、目を細めて楽しそうに聞いている。きっとこの会話も報告したら大喜びするだろう。

「それなら大人しくなさい。カリナさんを困らせたら駄目よ」

「はい!」

「お! いい返事じゃないか」

突然割って入ってきたその声に、私とアデルは同時に後ろを振り返った。

「シモン!」

「おとうさま!」

扉の前でにっこり微笑む父親を見るやいなや、アデルはピョンピョンと飛び跳ねながら駆け寄っていく。さっき静かにしてと注意したばかりだけど、こればっかりはどうしようもない。

「カリナを困らせてたって? 本当かそれは?」

「えっ、えっと、それは~」

「ハハ! まあいい。カリナならいっぱい困らせておけ」

その言葉にカリナさんがジロリと睨むけど、シモンは息子の頬にキスをするのに夢中で気づいていない。

「もう! あなたから叱ってもらいますよ、という話をしたところですのに!」

「おっと! そうだったな。まあいいじゃないか。カリナだし」

「よくありませんわ!」

「ハハハ! ほらアデル、逃げるぞ!」

そのまま悪びれない顔で息子を抱え、シモンは教会の外に走っていく。二人を追いかけるようにカリナさんも走っていき、私は片付けを終えたランディのほうを振り返った。

「まったくあの二人は……息子も入れて三人で兄弟姉妹のようね」

「そうですね。カリナさんが弟のような時もありますし。まあ、幸せな光景でなによりです」

「ふふ。本当ね」

クスクス笑いながら二人で教会の身廊を歩いていると、ランディが少し照れた表情でボソリと呟いた。

「……もちろん一番素晴らしい光景は、聖女様が幸せにお過ごしになっている姿ですよ」

「え……」

ランディは私が母国シャリモンドでつらい思いをしていたことを知っている。国を出る時にはげっそりと痩せ、痣だらけの私を直接見ているのだ。

だからだろう。時々彼が私たち家族を見る瞳には、感慨深いような気持ちがあるように思えた。

「ありがとう。これもシモンやカリナさん、そしてランディたちのおかげよ」

改まってそう言うとなんだか照れくさいけど、本心からそう思っている。するとランディは一瞬驚いた顔をした後、はにかむように笑った。

「ありがたいお言葉です。私も今の幸せがあるのは、スカーレット様やシモン様のおかげだと感謝しております」

「本当に……。シモン様がいなかったら、私はまだあの国で搾取されていたわ」

「私も家を失っていたでしょう。まあ、結論としましては、シモン様を敵に回しては駄目だ、ということですね!」

「ふふ。本当ね」

そんなことを話していると、ちょうど窓からの光がランディに降り注いだ。それはまるで私の治癒の力が覚醒した時のようで、私はふとシャリモンドにいる彼らのことを思い出す。

もう彼らがどうしているかはわからない。孤児院や学校のことでシャリモンドの宰相と連絡を取るけれど、話題には出ない。復讐を終えたからか、興味も薄らいでいるのが本音だ。

ただ宰相には「虐待をしないように」「態度によっては恩赦を与えてもかまわない」とは伝えてある。

(とはいえ、あの人たちが反省するとは思えないけど。考え方が根っこから違うのよね)

私は今でも牢屋で私やシモンの悪口を言っているだろう彼らのことを考え、ふうっと息を吐いた。

教会の外に出ると、シモンたちが待っていた。アデルは町の子どもたちと楽しそうに遊んでいる。それでもこの季節はあっという間に日が落ちるので、そろそろ王宮に戻る時間だ。

「シモン、アデル。お城に帰りましょうか」

「ああ、そうだな」

「はあい! おかあさま、ぼく馬車ではおひざにすわる!」

その会話に教会に来た人たちはクスクスと笑っている。聖女として頻繁に町の教会にいるせいか、私たち家族は今までにないほど親しみやすい王族として受け入れられていた。

「スカーレット様、また教会にいらしてくださいね」

「アデル王子も遊びに来てください」

「うん! またくるね」

「きゃあ! 殿下はなんて可愛らしいの!」

アデルの返事に母くらいの年齢の女性たちが、孫を見るような顔で嬉しそうに笑っている。私もその光景にクスッと笑みがこぼれた。その時だった。

「お、おい! スカーレット! どうしたんだ!」

「え? なあに? きゃあ! 光ってるわ!」

お腹のあたりから黄金色の光が出ている。聖女の治癒の力を使う時にそっくりだけど、今は何もしていない。それなのに私の下腹部あたりが、ふんわりと光っていた。

(な、なにこれ? 聖女の力は使ってないのに!)

その場にいた人は皆、呆然と私の姿を見ていた。カリナさんもランディも何が起こったのかわからないらしい。するとシモンが「違う魔力が……」と呟き、私のお腹に手を当てた。

「これはもしかしたら、聖女の魔力を持った赤ん坊がいるってことかもしれん」

「そ、そうなの……?」

「君のお腹には違う魔力が宿っている。アデルの時もそうだったから、妊娠はしているはずだ」

たしかにアデルの時も魔力のことを言っていた。それでもそれはお腹が大きくなってからだったはず。にわかには信じられずぼうっとしていると、先に周囲のほうが大喜びし始めた。

「せ、聖女様がご懐妊! しかも今度は王女様ですか!」

「まあ! なんておめでたい! この国に新しい聖女様がお生まれになるなんて!」

「両陛下にお知らせを! いえ、その前にお医者様に診てもらいましょう!」

もう皆、お祭り騒ぎだ。ううん、実際に町の人たちは「祭りの準備をするわよ!」と叫んでいる。そんなお祝い状態の中、息子のアデルが突然「ああ!」と大きな声で叫んだ。

「どうしたの? アデル!」

「お、おかあさま! ぼ、ぼくはもしかして」

「もしかしてなんだ?」

私とシモンが交互に返事をすると、アデルは私たちの手を握り、ゴクリと喉を鳴らした。

「ぼく、お兄さまになる?」

アデルのキラキラした期待に満ちた瞳に、私たちだけじゃなく周囲の人がいっせいに笑顔になった。そしてシモンがアデルを高く抱え肩に乗せると、皆の前で宣言した。

「そうだ! おまえはお兄様になるんだぞ!」

「うわあ! うれしい!」

アデルの人一倍嬉しそうな声に、いっせいにお祝いの言葉が飛び交い始める。

「アデル殿下、おめでとうございます!」

「素敵なお兄様になってくださいね!」

「うん! がんばる!」

幸せなその光景で、私もようやく自分が妊娠している実感がわいてきた。たしかに月のものも遅れているし、まだお腹は光っている。きっとすぐにお医者様が「おめでとうございます」と言ってくれるだろう。

「素敵な名前を考えてあげなくちゃね」

お腹をさすりながらそう呟くと、シモンが私の肩を引き寄せた。アデルはカリナさんたちと大騒ぎしていて、私たちに注目している人はいない。

それに気づいたシモンは、そっと私の頬に唇を寄せた。

「いい笑顔だな。慈悲深い母の顔だ」

あの復讐した日から数年がたち、私はもう「悪女」の顔をする必要はない。いつも穏やかな気持ちで過ごし、周りの人に大切にされている。

(悪女はもう封印ね。これからは子どもの頃に誓ったように、聖女として、未来の王妃として国のために頑張っていこう)

私はおでこに降り注ぐ夫からの優しいキスを受けながら、これ以上ないほど幸せな気持ちで微笑んだ。