作品タイトル不明
孫娘への贈り物。
サガルドゥは、北の国との終戦の兆しが見えた段階で、その報を聞いた。
ーーー『バルザム帝国軍の一部が離反した』と。
当初、その部隊が配置されていたのは、戦況が劣勢だった地域でもなく、どちらかといえば最前線からは少し外れた位置にある砦だった。
戦闘ではなく警備のために最前線に向かっていた内の二部隊が、行方をくらませたというのだ。
何故か嫌な予感がしたサガルドゥは、その部隊の名簿を総大将に見せて貰い、息を呑んだ。
チーゼと、テナルファス。
その二人は、かつてソレアナを犯し、第二王子シルギオの断罪劇の際に共に処罰されて奴隷騎士に落ちた二人だったのだ。
過酷な訓練を課される中、耐え忍び生き延びていた二人が……その行方をくらませたのは、タイア領の近くだった。
ーーーまさか。
サガルドゥは、残務処理を任せてタイア領に急いで帰還した。
そこで再会したのが、片腕を失ったチーゼだったのだ。
ソレアナが病死したという報に、悲しみに暮れる間もなく、彼と面会した。
容貌こそ知っていたものとガラリと変わっていて、生死の境を彷徨ったからか痩せこけていたが、間違いなくそれは、かつてのイントア侯爵令息だった。
『何故』
と、サガルドゥは問いかけた。
屋敷の前で、彼が殺したというテナルファス同様に、サガルドゥとソレアナを恨みこそすれ、娘を守る理由などなかった筈の彼は、自嘲の笑みを浮かべた。
『殿下には、私のような愚か者の考えなど、分からなくてよろしいのですよ。どうぞ、打ち捨てて貰えませんか。軍に 叛(そむ) いた以上、どちらにせよ斬首でしょう』
『……娘の命を救ってくれた者を、無下には出来ん』
過去の罪は、許し難いものではあろう。
しかしチーゼは、離反の罪を犯してまで娘を救ってくれたのである。
娘と会うのも固辞していた彼は、それでも出会った時には彼女の顔を食い入るように見てから、目を逸らした。
もちろん腕を失って軍には戻れないので『タイア領で仕事の世話くらいはする』と申し出ると。
『では、領の関所番に』
と、彼は言った。
そして決して、自分から本邸には近づかなかった。
理由を知ったのは、彼の行動の理由を探るべく、幾度か顔を合わせた時。
鬱陶しかったのか、理由を話したら訪ねない、という条件で、事情を聞き出した。
『ソレアナとの我が子かもしれぬ子を、殺すのを許容出来はしなかった』と。
身勝手な理由だ。
だが、チーゼは己の身勝手さを十分に承知していた。
無理やり犯した女性の子が、我が子かもしれぬという、ただそれだけの理由で守ろうとし。
そして守ったことも誇らず、会うことも拒否して。
『そなたは、ソレアナに惚れていたのか』
サガルドゥが尋ねると、チーゼは暗い笑みを浮かべた。
『殿下がそれを私に尋ねるのは、酷だとは思われませんか。それが私にとって、死よりも重い罰だとお分かりになった上で告げられたのなら……受け入れますがね』
それが答えで、彼はテナルファスとのやり取りの内容を教えてくれた。
対峙したテナルファスに、チーゼは叫んだ。
『己の、胤かもしれぬ子を殺すなど、貴殿の矜持も地に落ちたものだな!』
『下賤の女が孕み、奴の育てた娘であろう。せっかく巡ってきた、我らを、そして第二王子を貶めた者への報復の機会ぞ! お前こそ、協力しろ!』
『させぬ!』
『もう貴族でもないのに、何を義理立てしている? ……まさか、あの下賤の女に貴様、本気で惚れていたか? ハッ、無様なことよな!』
『貴様の境遇も、私の境遇も、全て自業自得のもの! 己が罪を自覚もせぬ真の愚物は……貴様の方だッ!!』
そうして、片腕を切り飛ばされながら、チーゼは、テナルファスの首を跳ねたのだと。
『起こったことは、これが全てです。お引き取り下さい。そして二度と、用もなく来られませぬよう。心配せずとも、自死など致しませぬので』
サガルドゥには、チーゼの気持ちを完全に理解はできない。
理解することはできないが、人の気持ちはままならぬもので、時に明らかな間違いを、愚かな振る舞いをしてしまうことを、サガルドゥ自身も知っていた。
大切に思っている娘、タリアーナが、男性に恐怖を抱いていることを知って、どう振る舞うべきか分からず、避けているのも。
タリアーナが成長するにつれて、ソレアナに似てきたことで、顔を見るのが苦しくなってしまっていることも。
サガルドゥのままならない気持ちであり。
はたから見れば、己の振る舞いもまた、愚かと呼ばれる振る舞いであろうことは想像に難くないからだ。
※※※
そこまで、ソレアナに対するチーゼの罪の『内容』だけは伏せて語り終えたサガルドゥは、アレリラとイースティリアに向かってクルリと目を回した。
「昔、君には言った気がするけど、アレリラ。人の気持ちよりも、自分の気持ちがままならない、と」
「はい、お伺いいたしました」
「そんな人の愚かさを、今の君は理解出来るかい?」
尋ねると、アレリラは少し考え、チラリとイースティリアに目を向けてから頷いた。
「……はい。なんとなくは」
「なら、良かった」
そうして、話は実際にタイア領やロンダリィズ領で使われている技術に関する方向に進んでいった。
アレリラが、そうした話には生き生きとした色を目に浮かべるので、サガルドゥとしても楽しい時間だった。
全員が食事を終え、アレリラが入浴の為に退出すると。
「ウェグムンド侯爵。何か、彼女のいないところで聞きたいことがありそうだね?」
「そうですね。……暗殺計画は、アルの身を守るための方便ですか」
アレリラ同様、あまり表情が浮かばないこの男は、なるほど、弟セダックが期待するだけあって、とてつもなく聡明だ。
ーーーけれど、内心を隠すのは、まだ我々ほど上手くはないようだね。
暗殺計画の話は本題ではない、と踏んだが、サガルドゥは、しれっとその話に乗った。
「護衛を増やしたかったのは事実だけれど、君の暗殺計画そのものは、あるよ」
ハッキリ告げてやると、スッとイースティリアの瞳の温度が下がる。
良い迫力だ。
「主犯は?」
「君の目の前にいるよ」
ニヤッと笑ってサガルドゥが自分を指さすと、イースティリアは目を瞬いた。
狸ジジイの真意を、掴みかねているのかもしれない。
しかしここでからかい続ける気はないので、サガルドゥはすぐにタネを明かしてやる。
「暗殺計画は常にあるとも。計画だけはね。ダエラール子爵の時も、今も。可愛い娘や孫娘を攫って行く男は、いつだって我の暗殺対象だよ」
はっはっは、と笑うと、イースティリアは呆れたように緊張を解いた。
「そういうところは、陛下にそっくりなようで。ウェグムンド侯爵家に手紙を出したのも、この地に赴かせる為、ですね」
「うん。アレリラにも久しぶりに会いたかったし……何より、君と話してみたかったのさ」
サガルドゥは、パチリと片目を閉じる。
「それより、今はもっと聞きたいことがあるだろう? アレリラのことで」
そう切り返してやると、イースティリアは微かに渋面になった。
「自分でも、少々信じ難いことに。……興味深い技術の話を聞いて目を輝かせている妻の顔を見て、殿下に対する嫉妬が芽生えています」
「素直だなぁ。いいね、そういうところは好感が持てる。ああ、女に惚れた男なんてそう大差はないから、気にしなくていいと思うよ」
言いながら立ち上がったサガルドゥが、家令に手振りすると、彼は丸めた用紙を持ってきた。
それをそのまま、イースティリアに手渡す。
「素直さに免じて、アレリラの笑顔を独り占めする栄誉を君に与えよう」
「……これは?」
「『魔法の地図』さ。これを、アレリラに権利ごとあげよう」
中身は、見れば分かる。
解いて中身に目を通したイースティリアが、驚きを瞳に浮かべるのを見ながら、サガルドゥはぽん、と肩を叩いた。
「きっと、満面の笑みが見れる筈だ。二人きりの時に渡してあげると良い。君からの贈り物なら、アレリラは何でも喜ぶだろうけれど」
昔とまるで変わっていない孫娘の気質を思い出しながら、言葉を重ねる。
「―――彼女は、こういう贈り物が一番好きだからね」