軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謎の正体が、分かりました。

「魔物が強大になっている、という事実を体感すると、確かに異常と思えますね」

ウェグムンド本邸に着いたアレリラは、義父母への挨拶もそこそこに、イースティリア様と引き籠もって資料と睨めっこをしていた。

確認しているのは、ウェグムンド本邸に保管されていた、領地内の魔物の出現記録である。

十年前まで遡り、出現した種類や場所などを二人で手分けして書き出していっていた。

「五年前までは、さほどの変動はないな」

「出現頻度もさほど高くはないようです。記憶にある限りの他領の出現率と比べてみましたが、面積あたりの確率、領地の開発率を加味して比べても変動はありません」

「個体の変質と、出現率を比べたらどちらが早い?」

「おそらくは出現率ですね。幻獣と呼ばれていた魔法生物の目撃情報も、五年前の同時期から急増しています」

「……ヒーリングドラゴンの群生が確認されたのは、確か四年前だな」

ポツリとイースティリア様が呟いた言葉に、アレリラはチラリと目を上げた。

それは、大街道整備計画の責任者として名前が上がり、エティッチ・ロンダリィズ伯爵令嬢との交遊を通じて性格改善をお膳立てしたウルムン子爵が、生育に成功した薬草の名前である。

【 生命の雫(エリクサー) 】と呼ばれる特殊な薬の原料であり、ウルムン子爵は製法を発見すれば【 復活の雫(フィロソラピドロ) 】も生成できるのではと言っていた。

あらゆる怪我を癒す【生命の雫】と、あらゆる病を癒す【復活の雫】。

特に【復活の雫】の方は一説には『死という名の病』すら癒すとされている。

どちらも、本来であれば伝説上の存在だったが……原料となるエリュシータ草が実在のものと確認されて公式記録に残されたのは、百数十年前。

それからも非常に希少で、数年に一度くらいしか採取されなかったものだ。

「魔物の大量発生や被害の増大と、何らかの関係がある、と?」

「ヒーリングドラゴンの堆肥でしか育たない薬草。実在が確認されたにも関わらず、その後ほとんど発見されておらず、今の時期になってようやく人の手による生育に成功している」

イースティリア様は記録の中から必要な情報を纏める手を止めないまま、淡々と続ける。

「どちらも、〝光の騎士〟や〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟の出現……ひいては、魔王獣や魔人王の出現記録と関連している」

それは伝説ではなく、一種の災厄の話だった。

ある特定の周期で出現する、人や魔獣が変質した強大な存在。

魔王獣や魔人王は、通常の魔物とは一線を画する力や知性を備えており、魔物を従える力を持ち、人類に幾度となく敵対して来た。

そうした存在に対抗するように、人類側にも並外れた存在が出現するのだ。

それが〝光の騎士〟と〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟である。

現在、南にあるライオネル王国に実物が保管されている聖剣を操ることが出来る騎士と、聖女と呼ばれる存在の上位に当たるとてつもない浄化能力を持つ少女は、歴史上幾度も現れ、災厄撃退の要となっているのだ。

現在、どちらもライオネル王国で存在が確認され、聖教会が認定している。

各国の王族は、そうした英雄を始祖としている血統も多く、バルザム帝国やライオネル王国の前身に当たる王国も例外ではなかった。

逆に、南西にある大島を支配するアトランテ王国は、魔獣使いが建国しており……流言飛語の類いだが、始祖が実は魔人王だったのではないか、とも言われている。

「雫の話は、騎士と乙女が魔王獣や魔人王と敵対する英雄譚の時期に合わせたように、登場しては消えている」

「それが、魔物の出現増加や強大化に関係した事象だと?」

「ヒーリングドラゴンがある程度以上群生しなければ、エリュシータ草があまり育たないという事情を加味すれば、その可能性は高い」

「まるで、何者かに仕組まれたような話ですね……」

災厄が巻き起こることによって、人類に利する薬草が育ち、それが対抗する騎士らの助けになる。

「世界の理など、知れば知るほど何者かが仕組んだように見えるものだ。魔導に関しても、技術に関しても。高名な者ほど、神の存在を強く信じている」

「……確かに、その通りですね」

「が、この話の本題はそこではない。これが魔人王や魔王獣出現の前兆であるとするなら、由々しき事態だという点だ」

イースティリア様が差し出した走り書きを受け取り、アレリラは眉をひそめた。

「……『竜道』付近では、今までガーゴイルの出現記憶がない……」

「ああ。人里離れた場所で、予測以上に魔物の数が増大しているのかもしれん。あるいは、強大化したことでより行動範囲が広くなったかだ。今までの警備体制では、対処し切れん可能性が出てきた」

「旅行を取りやめて、帝都に戻りますか?」

想像よりも遥かに事態が悪いのであれば、悠長なことをしている場合ではない。

そんなアレリラの提案に、イースティリア様が頷きかけたところで……コンコン、とドアがノックされた。

「何だ?」

「申し訳ありません。数日前に、イースティリア様宛に早馬にて書簡が届いております」

入って来たのは、ウェグムンド侯爵家の家令、オルムロだった。

一足先にタウンハウスから領地に赴いていた彼は、生真面目な顔でイースティリア様に手紙を差し出し、すぐに出て行く。

それを受け取って目を走らせたイースティリア様は、珍しく深く息を吐かれた。

「旅行は、予定通りに続行する」

さらにこちらに回って来た手紙に目を落とすと、署名には、サガルドゥ・タイアと記されていた。

そして短い本文には。

『ランガン子爵家と通じよ。薔薇園の君には棘があり、種子には毒がある。薬は鋼となり、朱に交われば赤くなる。我が領にて、災厄の全ては通ずるだろう』

と、まるで暗号のような文言が記されていた。

「……お祖父様は、一体、何を?」

アレリラに確実に分かるのは、二点。

ランガン子爵家……アーハやエティッチ様のご友人であるクットニ様のご実家が、王族の傍系であること。

ランガン夫人が、先代帝王陛下の王姪である『薔薇園の君』……すなわち、現ライオネル王国オルブラン侯爵夫人である女性と、仲が良いこと。

それだけである。

他は全て推測になる。

ーーーオルブラン夫人に棘があり、おそらくは子どもに毒がある、と伝えたいのでしょうか。

しかしその内容が示す『棘』や『毒』が、何なのかが分からない。

そして最後の、災厄の全ては通ずるだろうという話。

「一体、あの方は何を見越しておられるのですか?」

「暗殺計画を口にした理由が記されている。魔物の強大化に際して、君の身の安全を保護する為だ。先ほどの状況は、警備計画を見直し、兵力を増大させねば対処に時間が掛かっただろう」

「……直接的に口になさらなかったのは?」

「タイア子爵が、それを警戒していると万が一にも知られたくない相手が居たのかもしれんな」

イースティリア様は、お祖父様の話題になると、どこか物言いたげな目になる。

その理由を考えながら、アレリラは話を進めた。

「棘や毒が、何を意味するのか。お分かりになりますか?」

「知っている。ランガン子爵家とオルブラン夫人は、帝王陛下と懇意になさっている」

その言葉の裏の意味には、流石に気づいた。

血統なのだから、懇意であるのは当然である。

即ち、特別に懇意である、という意味になる。

ーーー帝室の〝影〟なのですね。

オルブラン夫人は他国の情報を得るための間者であり、ランガン子爵家を通じてそれを受け取っているのだ。

「棘の意味は理解致しました。毒、は?」

「……私が君に婚姻を申し込んだ際に、帝国内で起こっていた精神操作薬物の広まりは、オルブラン侯爵令息から帝室にもたらされたものだと聞いている。私が、彼と直接情報の対価を支払う際の交渉に当たった。……ここからは機密だ」

イースティリア様は、軽く声を潜めた。

「王国側から、彼が情報を落とす前に薬物を改良して向こうの王国内で使用していたという報告を受けた。現在は枷を嵌めて支配下に置いているらしい。明晰な頭脳の持ち主で、その後は王国に貢献しているようだと、裏から情報を得ている」

ーーーあの事件の関係者ですか。

帝国内の主流勢力ではない人々を、結果的には抑え込み権勢を削ぐことに成功した事態である。

「だから、旅行を続けると」

「ああ。薔薇園に向かい、ハビィ・オルブラン夫人と直接面会する。それが必要だと、タイア子爵は述べている。そして今回の事態に際して、オルブラン侯爵令息の功績が関係していることも把握しておいてくれ」

「その功績とは?」

「……彼は、〝光の騎士〟の聖剣を複製し、腕のある騎士ならば操れるものとすることに、成功している」

その言葉を聞いて、アレリラの頭の中でも全てが繋がった。

ーーー【生命の雫】を提供することを対価に、聖剣の複製を得よ、と。

薬は鋼に。

毒は、朱に交われば赤くなる。

そしてイースティリア様は、さらに言葉を重ねた。

「聖剣を複製する為の素材を提供し共同で開発したのは、ロンダリィズ伯爵家の嫡男、スロード氏だ。彼は国際魔導研究機構において、鉱物研究の第一人者として知られている」

全てが繋がる、というのは、そういう意味なのだろう。

スロード氏とランガン子爵家、オルブラン夫人の3名を通じて聖剣を得ることが魔物の増大や今後出現すると予測される魔王獣や魔人王への備えになると。

ーーーお祖父様は、本当に、何者……。

と、そこまで考えたところで、アレリラは唐突に理解した。

答えは、ずっとそこにあったのだ。

あまりにも優れた先見の明。

母から聞いた祖父の話。

繋がらない血筋。

過剰なまでに身の回りに気をつける行動。

帝国の未来を見据えているような、その全てが。

ーーーサガルドゥ。

名によって、繋がる。

帝国内ではそれなりにある名前であり、知り合いにも数人、同名の貴族がいる。

けれど、偶然の一致というには遥かに、行動と出自が一致する人物が、いる。

高潔にして聡明と名高かった、帝王陛下の王兄の名は。

「イース、様。……お祖父様、は……」

あまりにも畏れ多く、その先を口にするのは憚られたけれど。

イースティリア様は言いたいことを察してくれた。

複雑そうな、しかしどこか安堵したような目をしているのは、気のせいだろうか。

「おそらく、君の想像通りだ。君は、君が思う以上に身辺に気をつけなければならない立ち位置にいる」

ーーーああ。

思わず、両手で口を押さえた。

そうしなければ、声が漏れてしまいそうだったからだ。

あの、茶目っ気のある祖父はーーーサガルドゥ・バルザム王兄殿下なのだ。

「イースティリア様が、わたくしに、婚姻を申し込んだ、のも……?」

「それは違う。私がそれを知ったのは、旅行に出立する前の話だ。暗殺計画を知らされた際のことだ」

何故か少し焦ったように、イースティリア様が立ち上がり、テーブルを回り込んでアレリラの手を取る。

「アルを愛していることに、嘘はない。身分など関係なく、君を愛している」

そう言われて、アレリラは少しホッとした。

何故かは分からないけれど、衝撃が少し薄らいだ気がした。