軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.変わりものの銀狼

「狼たちが気持ちよさそうに………。レティーシア様、今日もお、お上手ですね。尊敬します………」

言葉につまりながらも、興味を隠せないと言った様子で、エドガーがこちらを凝視していた。

「道具のおかげね。このブラシ、故郷で読んだ本で図説を見かけたことがあったから、試しに魔術で作ってみたの」

「すごいですね………………」

「ありがとう。もう一個あるから、あなたも試しに使ってみる?」

「‼ い、いいんですかそんな貴重な品を⁉」

エドガーが食いついてくる。

狼番をしているだけあって、狼への愛情や好奇心は人一倍強いようだった。

「このブラシ、元はただの鉄くずだから問題ないわ。ただ、耐久度が不安で、いつまで持つかは保証できないのだけど………大丈夫かしら?」

問いかけると、こくこくと激しく頷かれた。

長めの前髪の向こうで、琥珀色の瞳がきらきらと輝いているのが見える。

スリッカーブラシを手渡してやると、聖剣を捧げるようにして持ち、静かに感動に打ち震えているのだった。

「おぉぉぉぉお、これが神のブラシ…………!!」

「もう、おおげさね。使い方はわかるかしら?」

「はい!! だ、大丈夫です!! ここ数日、ずっと見てましたから!! あ、その見てたって言っても、その、おかしな意味じゃなくて、えっと、ブラシをであって………!!」

「わかってるわ。念のため初めは柔らかく、弱い力でといてあげてね? 狼によっては、そのブラシが合わない子がいるかもしれないから、注意してあげた方がいいわ」

このスリッカーブラシ、櫛の部分が金属製なため、嫌がる子もいるのだ。

幸い、前世のジローのように、目の前の狼たちも気に入ってくれたようだが、油断は禁物だ。

驚かれ嫌がられない様、最初は弱めにといていく方が良かった。

「は、はい師匠‼ わかりました!!」

ブラシを握りしめ、エドガーが周囲を軽く見回すと、一頭の狼が彼の元へとやってきた。

エドガーは狼を安心させるよう撫でると座らせ、ブラシを毛皮へと当て始める。

最初はおっかなびっくり。

でもやがてコツを掴んだようで、滑らかな手つきでブラシを動かし、狼も心地よさそうにしていた。

さすがは狼番というところだろうか?

「すごい。もう使い方を身に着けたのね。見て見て、その子、といてもらってとても嬉しそうよ」

「へへへへっ」

こちらも嬉しそうに、エドガーがほにゃりと笑っていた。

いつも怯え固まっているせいでわかりにくいけど、笑うとなかなかに整った顔の持ち主である。

「このブラシ、初めは戸惑ったけどときやすいですね……!!」

エドガーが生き生きとスリッカーブラシの使い心地を語っていた。

あいかわらずこちらと視線は合わせてくれなかったけれど、少しは慣れてくれたのか、言葉は滑らかになっていた。

「それにこれ、絡んだ毛が外しやすくて、とても便利そうです………!!」

言いつつ、エドガーは狼の毛を櫛から外している。

狼番である彼は、当然何本もの、換毛期用のブラシを所持していた。

しかしそれらは大きさに違いはあれど、全て豚の毛や、獣の毛によって櫛部分が作られたものだった。

自然素材のそれらはとかす能力は十分でも、抜け毛が絡まり手入れがしにくいという問題点がある。

その点、私が作ったスリッカーブラシは櫛部分が金属ですっきりとしており、比較的手入れも楽ちんだ。

多くの狼の面倒をみるエドガーからしたら、その違いは大きかったようである。

うきうきとしながら、列をなす狼たちにブラッシングをするエドガー。

その様子にほんわかしつつ、手元の狼をブラシですいてやっていたところ。

「ぐるぅ…………?」

「あら、どうしたの?」

スリッカーブラシの下で、狼が身じろぎ鳴き声をあげた。

もしやブラシに力を入れすぎてしまったのだろうか?

心配になって観察するも、狼の視線はこちらからそれ、木立の先へと向けられていた。

気づけば他の狼たちも動きを止め、静かに同じ方向を凝視している。

鼻先を一点へと向け耳をぴんと立て、前足を揃え座る姿は、主の訪れを待つ家臣たちのようだった。

「わぁ…………」

静寂の中で木立が鳴り、一頭の狼が姿を現わした。

木漏れ日の落ちる毛皮は、艶やかに煌めく銀色。

美しい毛並みに覆われた体は、他の狼たちより一回り大きく力強い。

銀色の狼は歩みを進め前庭へとやってくると、ぐるりと周囲を見回した。

瞳は冬の湖のような鮮やかな碧で、どこか知性と誇り高さを感じさせる鋭くも深い色をしている。

銀狼は翠瞳をすがめつつ、じっとこちらを見つめ近づいてきた。

「どうしたの―――――――わっ⁉」

銀狼の顔が間近に迫り、ふんふんと鼻先を鳴らしていた。

右から左から前後左右。

様々な方向から私の匂いを嗅ぎ、確かめているようである。

『なんだこの匂いは? やはりおかしいぞ?』

とでも言いたげな様子で、銀狼が首をかしげている。

妙に人間臭い仕草と、もふもふの体とのギャップがおかしくて、唇がゆるむのがわかった。

「ふふっ。どうしたの? グレンリード陛下といいあなたと言い、そんなに私の匂いが気になるの?」

グレンリード陛下。

その一言に一瞬、銀狼の体が固まった気がした。

獣とはいえ、この銀狼は人に飼われている個体だ。

ならばどこかで、陛下の名前を聞いているのかもしれなかった。

「エドガー、陛下ってすごいのね。狼にまで恐れ反応されるなんて、いくら王様とはいえ、なかなかできることじゃないと思わない?」

少しふざけて、エドガーへと言葉を向けたら、

「離れてください!」

「っ⁉」

ぐいと肩を掴まれ、エドガーの背後へと抱き寄せられてしまった。

大柄なだけあって力強いなー、なんて驚いたわけだけど。

見上げた彼の顔は思いの他真剣なものだった。

「その狼、うちの狼じゃありません!!」

「え?」

まさか野生の狼?

他の狼たちと同じく、首輪をつけているのに?

戸惑う私。

緊張しつつも立ち向かうエドガー。

身構えるルシアン。

睥睨する銀狼。

緊張感を孕んだ静寂は、再び木立の鳴る音により断たれた。

「ふおっふおっふおっ、そう体に力を入れんでも大丈夫じゃよ。その銀狼の身元は、わしが保証するからのぅ」

「モール爺さん⁉」

叫ぶエドガーの体から、少しだけ力が抜けるのがわかった。

現れたのは、長く伸びた白い髭と眉毛に顔が埋もれている、小柄なお爺さんなのだった。

「エドガー、その方は一体?」

「………僕たち狼番の長、最古参でもあるモール爺さんです」

「その通りじゃ。王妃様にはお初にお目にかかるが、どうぞよしなに頼むのう」

ぺこりと頭を下げられた。

こちらも名乗り挨拶を返すと、事情を尋ねることにする。

「…………モールさん、その銀狼はなんなのですか? エドガーも見覚えが無いと言っていたのですが……」

「この銀狼、少し訳ありでのぅ。瞳の色はご覧になりましたかな?」

「青みがかった、綺麗な緑の瞳でした。他の狼とは、色味が違っていますね………」

お座りをしてこちらを見ている、先ほどまでブラシをかけてやっていた狼。

その両眼は、光の加減により琥珀や茶に輝く色合いだ。

他の狼たちも同じように、明暗の差はあれどみな茶系統の瞳をしていた。

「じゃろう? この銀狼、なんの偶然か碧の瞳を持って生まれてきていたんじゃ。狼はこの国の王家の象徴。そして王家の方々は、碧眼の持ち主が多い一族じゃ。そんなわけでこの銀狼はありがたがられ、不埒者に誘拐されかけてしまったんじゃ」

「………物騒ね。その子、ずいぶんと辛い目にあったのね」

希少な外見だからといって力づくで奪おうとするなんて、酷い話だった。

「幸い、誘拐は未遂に終わったんじゃが………。誘拐騒ぎのせいか、この銀狼は少し偏屈で人に懐きにくくてな。安全のためもあって、他の狼とは違う場所で、ひっそりと面倒を見ていたんじゃ。そこのエドガーはまだ見習いを終えたばかりだから、知らなくても仕方のないことじゃ。わしも伝えそびれておったし、すまんかったな」

モールさんの説明に、エドガーも納得したようだった。

エドガーは私と同じ17歳。

狼番となったのも、ほんの一年ほど前と聞いていた。

「モールさん、ご説明ありがとうございます。その銀狼の事情はわかったのですが………。私たちが触れあってしまっても良かったのでしょうか? その子、もしかして、いるべき場所から脱走してきたんじゃないでしょうか?」

「あぁ、それなら大丈夫じゃよ。安全のためとはいえ、引きこもりすぎるのもよくないからのぅ。今日は足を伸ばして、ちょっくらここいらまで来てみたんじゃ。これからもたまにここに来るかもしれんから、かわいがってやってく――――――――いたたた、これっ、やめいやめい‼ やめんかい!!」

『誰も可愛がってくれなんていってないぞ!!』

と訴える様に、銀狼がモールさんに頭突きをしていた。

銀狼は不満げに鼻を鳴らすと、じっとこちらを見つめてくる。

「えっと…………もしかして、これが気になるの?」

私の右手には、スリッカーブラシが握られていた。

どうやらこの銀狼、それなりに知能は高そうだ。

見慣れない道具に好奇心を刺激され、気になっているのかも知れなかった。

「モールさん、この子、触っても大丈夫ですか?」

「撫でられるのは嫌がるが、ブラシでとくくらいなら大丈夫なはずじゃ。なんせそいつは、他人に身なりをいじられるのは、昔から慣れっこだからのぅ」

「? そうなんですか?」

直接触るのは駄目だけど、道具を使いとかすのはOK?

よくわからない基準だが、銀狼のことをよく知るモールさんのお言葉だ。

綺麗な毛皮を撫でられなくて少し残念だが、あいさつ代わりに毛並みを整えてやることにした。

皮膚を傷つけない様、ブラシで慎重にときすかしていく。

銀の毛並みが一層つややかになっていく狼を、変わった子だなぁと見つめる私なのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

尚、その後。

王城の一画。王の執務室にて。

「ぐうっ………。しまった。他の狼たちがあのブラシでずいぶんと気持ちよさそうにしていたから、ついとかされてしまった…………」

などと呟く、いつもより銀の髪の輝きの眩しい、王様の姿があったとかなかったとか。