軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

173.ストライクゾーンだったようです

「この国の王族は、礼儀と言う言葉を知らないのか?」

私の斜め前、ヴェルタ殿下と相対する位置で、陛下が冷ややかに青碧の瞳を細めた。

「我が妃への侮辱を口にするとは、私もろとも敵に回すも同じと、理解しているのだろうな?」

「…………」

「私と話がしたかったのだろう? 言い訳があるならば言ってみるがいい」

陛下からは、氷の刃のごとき圧力が発せられている。

凍り付いたように無言のヴェルタ殿下だったが、ぴくりと唇を動かした。

「……いいわ」

「何だと?」

「いいわよ。グレンリード陛下なら合格よ」

吊り上がる唇は挑発的で舌なめずりをするようで。

陛下を見上げる瞳には熱が灯っていた。

「獣まじりどもの上に立つ王だと聞いていたから、どんな野蛮な王かと思っていたけど……。まさかこんなに、麗しいお方だったなんてね」

「獣まじり、だと?」

獣人への蔑称に、陛下の瞳がさらに鋭くなっていく。

しかしヴェルタ殿下は気にする様子もなく、熱く語りあげていった。

「気に入ったわ。グレンリード陛下となら、私も手を組んであげてもいいわ。一緒にお話ししましょう?」

「……おまえは何を言っているのだ?」

理解できないというように、陛下が眉間に皺を刻んでいた。

「まずはレティーシアに謝るのが先だ。獣まじり、と口にするのもやめろ。人の予定も聞かず、いきなり押しかけてくるのも論外だ。私と話がしたいと言うなら、最低限守るべきことを果たせ」

「そんなこと、今はどうでもいいでしょう? 早くあちらへ、私と二人きりで参りま―――――」

「触るな」

伸ばされた腕を、陛下がすげなく振り払った。

ヴェルタ殿下は呆気にとられ、ついで眉を吊り上げた。

「どうして……? 私の腕を取らないなんてっ……!」

「おまえと話す気は無いと私は言っている。これ以上すがってくるのならば容赦しないし、エルトリア国王にも抗議させてもらうぞ?」

「っ……!」

父親の国王陛下の名前を出され、ヴェルタ殿下が唇を噛みしめている。

大きく音を鳴らし扇を閉じると、びしりと私を指してきた。

「あなたねっ! あなたに決まってるわ! 私の悪口をグレンリード陛下に吹き込んで、近づけないようにしたんでしょう⁉」

「濡れ衣ですわ」

ため息をこらえつつ答えた。

これがうちの祖国の姫君なのだと思うと、本気で頭が痛くなりそうだ。ちょっと泣きたい。

「待ってなさい! 陛下もすぐに、私の素晴らしさを理解するはずよ‼」

ヴェルタ殿下は顔を赤くし言い捨て、従者を引き連れ帰っていった。

馬車が屋敷の外から出ていったのを確認すると、私は陛下へと頭を下げた。

「祖国の王族が、無礼を働き申し訳ありませんでした」

「謝る必要は無い。あれはどう見ても、おまえ達親子も被害者の側だろう」

「……寛大なお言葉、誠にありがたく存じ上げます」

お父様も頭を下げていた。

「グレンリード陛下が我が屋敷に滞在する予定だと知ったヴェルタ殿下は、執拗にグレンリード陛下との対談を望んできました。もちろん、私の一存で陛下の予定を決めることなどできず、当然断っていたのですが……」

「王族の権威を振りかざし来襲してきたと言うことか」

「さようにございます。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ない限りです」

やはり、お父様もヴェルタ殿下には苦労しているようだ。

幸い、陛下もお父様を責める気は無いようで助かった。

「あいつの目的は、次期国王へと名乗り出ようとするために、私および我が国を味方につけることであっているな?」

「おそらくそうかと思われます。陛下がこの国の他の勢力と手を組む前に、自陣に引き込もうと画策されているようです」

「そうか。だからこそ早い者勝ちとばかりに、私が王都に到着するやすぐやってきた、と言うのはわかるのだが……」

ヴェルタ殿下の言動を思い出したのか、陛下が眉を潜めている。

「あいつのあの態度、本気で我が国を味方に引き込む気があったのか? 我が妃を罵倒し、獣まじりなどと蔑称を使うなど、逆効果としか思えなかったぞ」

「……ヴェルタ殿下は、腹芸が苦手なお方ですから」

「……そうか」

苦みの走ったお父様の言葉に、陛下は察するものがあったようだ。

「あのような者が王族とは、この国の人間も苦労しているようだな。正しい面会の手順も踏めず、本心を隠すこともできず、挙句に私の腕をとろうとしたのは色仕掛けのつもりか? 私にはレティーシアがいるのに、色仕掛けとは何を考えているのだ?」

思い出し不愉快になったのか、陛下が辛らつに吐き捨てている。

「ヴェルタ殿下の先ほどの陛下への振る舞いですが……おそらく素だと思います」

「なんだと?」

眉をひそめる陛下に、私はヴェルタ殿下の性質を説明していった。

「ヴェルタ殿下は、顔のよい男性を大変お好みになっています。陛下は、とても美しいお顔をしていますから……」

いわゆる面食いだ。

王宮でヴェルタ殿下は、見目麗しい男性を侍らせていた。

婚約者がまだいないこともあり、頻繁に恋の火遊びを楽しんでいる。お相手には他に婚約者のいる男性もいて、泣き寝入りしている令嬢も多いのだった。

「容姿を最重要視する人間なのはわかるが……。それにしても急すぎではないか? 今日会ったばかりの私にいきなり、あぁも距離を詰めてくるものか?」

「……陛下が、好みそのものだったのだと思います」

私は苦笑を浮かべた。

王妃として見慣れた私でも、陛下の整いすぎたお顔には鼓動が早まることがあるのだ。

初めて陛下のお顔を目にしたヴェルタ殿下が、一目ぼれするのもわかる気がした。

「以前ヴェルタ殿下は、ベルナルトお兄様にも熱をあげたことがあります。ベルナルトお兄様は妹の私から見ても凛々しく整ったお顔の持ち主で、容姿に陛下と似たところがあります」

二人とも硬質に整った顔立ちに銀の髪がかかっていて、剣術で鍛えられた長身の持ち主だ。

そんな二人は、ヴェルタ殿下のストライクゾーンど真ん中らしかった。

「火遊びを持ち掛けてくるヴェルタ殿下に対して、ベルナルトお兄様は『悪いが、俺にはおまえより妹の方がかわいく見えるし、弟や妹と過ごしていた方が楽しい』と言ってしまったみたいで……。今もヴェルタ殿下は私を目の敵にしていますわ」

完全なとばっちりだ。

ベルナルトお兄様に悪気はなく、ヴェルタ殿下に異性としての興味もほぼなく、ただ素直な思いを伝えお断りしただけだろうけど……。

もう少しだけ、男女の関係の機微について、気を配ってもらいたかったな……。

ベルナルトお兄様、軍人としてはこの上なく優秀だけどズレまくってるからなぁ、と思いつつ。

私は陛下と、今後のヴェルタ殿下への対応を相談していったのだった。