軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

167.酒はウワバミ

(――――あの時はオレもてっきり、クロード様は協力するフリを見せつつ、オレの隙を見て裏切ってくるかと思ってたんすけど……)

コタツに入り酒を飲みながら、ヘイルートは過去を思い出していた。

クロードの協力の約束は、あくまで口先だけ。

そう考えていたし、クロードが裏切り攻撃してきたら、返り討ちにしてやるつもりだったのだ。

(――――けど、その後はヒヤリとする場面も無くあっさりと、クロード様との共闘で間諜どもを生け捕りにして戦闘終了。クロード様、約束は守ってくれたんすよね)

あぁ見えて根は誠実なのか、ヘイルートの隙を見つけられなかっただけなのか、はたまた何かうかがい知れない考えがあったのか。

わからなかったが、おかげでヘイルートが抱えていたクロードへの敵意と恨みは、いくぶんか和らぐことになった。

気絶させた間諜らを縛りあげつつ、腹の探り合い兼雑談をするうち話が長引き、流れで酒場に向かうことになって。

お互い酒好きだったためか思いのほか盛り上がり、その後も顔を合わせれば二人で飲むことになり、今へと至っている。

初めの頃こそ、クロードの動向に探りを入れるのが一番の目的だったが、今や立派な飲み友達になっていた。

生まれた国も身分も趣味も違う二人だが、共通点は存在している。

人ならざる瞳を持ち熱と魔力を見るヘイルートは、化け物扱いされた過去があった。

クロードもどうやら、未来を見通すがごとき頭脳のせいで、化け物扱いされていたようだ

傷のなめあい、などと言う湿っぽいことには双方あまり興味が無かったが、やはりどこか根底に通じあうものがあるのだった。

(……ま、一番大きいのは、お互い気を遣わず酒を飲める相手が貴重ってことなんでしょうっすけどね)

ライオルベルン王国の間諜として動いているヘイルートは、色々と隠し事の多い生活を送っていた。

クロードも似たようなものらしく、気軽に酒を飲める相手は少ないらしい、

二人とも、一人飲みもいいけど時々は誰かと楽しみたいよね、という性質だったため、時折一緒に酒杯を干しているのだった。

「あははは、みーの上にみかんがあって、更にその上にもみかんだよみかんみかん」

すっかり酔っぱらったクロードが、庭師猫のハチワレ模様の頭の上に、次々とみかんを乗っけていた。

一つ二つ三つ。

無駄な器用さを発揮したクロードによって、みかんの塔が積み重なっていく。

酔いが回っても、手先の動きはしっかりしたままのタイプだった、

「にゃにゃにゃ……」

庭師猫は飼い主の奇行には慣れているのか、

『酒が入ると、うちの下僕はとってもアホになってしまいますにゃ……』

と言いたげな半目で座っていた。諦めの境地なのかもしれない。

(確かに今のクロード様は、アホな酔っ払いそのものの無防備さで、初めて会った時の化け物じみた印象とは別人ですけど……。今だってある意味、ちゃんと周りは見てるんですよね)

ヘイルートと二人で飲んでいる時に、ここまでクロードの酔いが深まったことはなかった。

今日はレティーシアが同席している。

信頼する妹である彼女が見守っているからこそ、クロードもかぱかぱと酒を飲み、無防備な姿を晒しているようだ。

駄目な兄としっかりものの妹の組み合わせのお手本みたいだなぁ、と。

ヘイルートはほろ酔いで、うんうんと頷いたのだった。

◇ ◇ ◇

ヘイルートさんが私を見て、何やら笑顔で頷いていた。

いきなりどうしたんだろう?

酔いが頭まで回って、ぐらぐらしてきちゃったのかな?

魔術を使い水を生み出し、空のグラスへと注いだ。

「水、酔い覚ましに飲んでおきますか?」

「ありがとうっす。でも、これくらい問題ないっすよ。オレにとって、酒こそが水みたいなもんですからね」

言うとヘイルートさんは、木でできた酒杯を飲み干していった。

美味しそうで楽しそうな、見ていて気持ちのいい飲みっぷりだ。

「ヘイルートさん、根っからのお酒好きですね」

「そうですね。オレは酒が好きですし、酒もオレのことが大好きなんですよ。ほら、あれですよあれ。なんでしたっけあれ? お酒に強いの、いわゆる何ていうんでしたっけ?」

「ザルやワク……。もしくはウワバミですね」

酒豪の別名をあげてみると、ヘイルートさんが疑問符を浮かべた。

「ウワバミ? なんすかそれ?」

あぁそっか。

ヘイルートさんの疑問はもっともだ。

ウワバミって表現は、前世の日本で使われてた例えだもんね。

こちらで通じるのは、クロードお兄様とルシアンくらいだと忘れてしまっていた。

酒量はほどほどにセーブしてたつもりだけど、私も結構、酔いが回ってきているのかもしれない。

私ははっきり前世の記憶が蘇る前にも断片的に、日本で得た知識が頭をよぎり、口に出して説明してたことがある。

昔から私と一緒にいるクロードお兄様やルシアン相手なら通じても、ヘイルートさんは知らなくて当たり前だ。

「大きな蛇のことですよ。蛇っぽいヘイルートさんにはぴったりの表現ですね」

「っ、ぐほっ⁉」

「わっ⁉」

ごほごほと、急にヘイルートさんが咳き込んでいた。

「大丈夫ですか?」

「……心配ないっす。酒が変なところに入って、むせちまったただけですよ」

ヘイルートさんが息を整えながら言った。

「どうしてオレのこと、蛇みたいだなんて思ったんですか?」

「ヘイルートさんは見るだけで、熱の高低がわかる能力を持ってるでしょう? 蛇も同じような能力を持っていて、似てるなって思ったんです」

確か、蛇は体内にあるピット器官という場所で、温度を感知していたはずだ。

「それにヘイルートさん、寒がりなところも蛇っぽいですよね。体温が低めの体質なんでしたっけ?」

「そんなとこです。冬は嫌いですし、コタツがありがたいです」

ぶるぶると体を震わせ肩を抱いて、寒がるようなジャスチャーをするヘイルートさん。

結構な寒がりのようで、この家に来た時はいつもコタツに入っていた。

コタツの魔力に取りつかれた人間は、ちゃくちゃくとこの世界でも増えているようだ。

「しかし、酒飲みのことをなんでウワバミ……蛇に例えたりするんすかね?」

「蛇は大きな獲物でも呑み込んでしまうでしょう? その様子を、たくさんのお酒を飲む人間と重ねて生まれた例えだったと思います」

「へぇ、面白い表現もあるもんですね」

ウワバミ、ウワバミ、と。

表現が気に入ったのか、ヘイルートさんが繰り返していた。

そのまま雑談をしていると、みーちゃんが籠入りの冷凍ミカンを差し出してくる。

「みにゃっ!」

皮をむいて欲しいようだ。

ミカンの表面には少しだけ霜が残る状態で、ちょうど食べごろになっている。

半解凍し柔らかくなった皮をむき筋をとっていると、ヘイルートさんが話しかけてきた。

「わざわざ冬に冷たいものを食べるなんて、その猫も変わり者ですよね」

「これはこれで美味しいですよ? 私も好きだし、ためしにヘイルートさんも食べてみますか?」

少しくらいなら、体が冷えることもないはずだ。

冷凍ミカンを一つ、ヘイルートさんへと差し出した。

「うーん、レティーシア様のオススメなら、意外といけるのかも……?」

ちびちびと、ヘイルートさんが皮をむいていった。

恐る恐ると言った様子で、ミカンを一房口にしている。

「つめたっ! 当たり前だけど冷たいっすね!」

「その冷たさが癖になるのよ」

「癖に? ……あ、これは確かに……。コタツと合う気がしますね」

ヘイルートさんが納得している。

口の中が程よく冷たくなるからこそ、コタツの温かさがよりありがたく感じられる仕組みだ。

暖房のかかった部屋で食べるアイスが、やけに美味しいのと同じだよね。

筋をとり終わったミカンを、私も口へ放り込んだ。

ひんやりしょりしょり、シャーベット状になっている。溶けるとかすかに香りが広がって、舌に爽やかな甘さを感じた。

普通、食べ物を冷やすと甘さを感じにくくなるけど、ミカンに含まれる果糖は甘さが増す性質があり美味しくなっていた。

つい何個も食べたくなるけど、体が冷えすぎないようセーブしておく。

冷凍ミカンを食べ終え、ヘイルートさんとまったり会話していると、酔い潰れていたクロードお兄様が顔をあげた。

「んんうう……。レティもヘイルートも、そろそろ帰った方がいいと思うよ」

「もうお開きですか? 今日は早いっすね」

「雪が降るからね」

「今日はよく晴れてますよ? それにこの時期の王都は、天気が崩れるのが珍しいんじゃないでしたっけ?」

「もうすぐ吹雪いてくる。雪まみれで凍えて、風邪を引いたら大変だよ」

「にゃにゃみゃっ!」

お兄様の言葉に同意するように、みーちゃんも頷いていた。

前足を左右に振って、バイバイとお別れの挨拶をしている。

「わかったわ。ヘイルートさんも、今のうちに帰った方がいいですよ。お兄様の天気予報は当たるわ。私が覚えている限り、外したことは無いはずよ」

「へぇ、クロード様、そんな特技があるんですね。それじゃま、今日はここらでお暇させてもらいますか。コタツ様ともさよならですね」

心底名残惜しそうに、ヘイルートさんがコタツから出てきた。

すっかりコタツ信者の一員になっているようだ。

ヘイルートさんと外に出て別れ、しばらく行った場所にとめていた馬車に乗りこむ。

馬を走らせ王城の門をくぐり、離宮の馬車止まりに降り立つと、

「やっぱり降ってきたわね」

ちらほらと風にのって、雨混じりの雪が舞い降りてきた。

先ほどまで晴れていたはずが、空の端から急速に、黒雲が迫ってきている。

「レティーシア様、どうぞこちらへ」

ルシアンがさっと傘を広げた。

離宮の建物まであとほんの少し。まず濡れない距離だけど、主人である私に対しては過保護ぎみだ。

「クロード様の天気予報、重宝いたしますが不思議です。どうやって当てているのでしょうか?」

「説明を聞いたことはあるけど、私も全部は理解できなかったわ」

お兄様曰く、過去の記録と五感から得た情報をすり合わせ考えただけらしいけど、それにしては的中率が異常だ。

あぁ見えてお兄様は、頭の回転がぶっ飛んでいる。

ヘイルートさんともまた違った種類の、他人には見えないものが見える人間なのだ。

「クロード様、たまに得体の知れなさを感じ空恐ろしいです」

降り出した空を見上げ、ルシアンが呟きを落とした。

「そうかもね。でも、私はお兄様のことは好きよ」

ルシアンの言うこともわかるけど、お兄様は私を可愛がっていてくれるし、私もお兄様のことが大切だ。

……いくつかお兄様に関して、気になることはあったりするのだけど。

それでもこれからも兄妹仲良くやっていきたいと、そう私は願っているのだった。