軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162.冬ごもりをしています

狼ぞりの練習を終え、帰っていくエドガー達を見送った後。

ぐー様が右前足でたしたしと、地面を五回叩いていた。

「わかりました。あちらに参りましょう」

雪を踏みしめ、離宮の横にある木組みの小屋へと向かった。

「フォン、少し失礼するわね」

「きゅあっ」

小屋の奥から、フォンが小さく声を返してきた。

グリフォンは冬眠に近い習性を持っている。

野生では人里から離れた高峰、気温の低い高山地帯に住んでいるため、冬季は活動を抑え食事も排泄もほとんど行わず、巣ごもりを行うようだった。

フォンもここ2か月ほどは空を舞うこともなく、小屋の中で静かにじっとしている。

足を体の下に引っ込め座る丸っこいシルエット。

呼吸のたび、頭の飾り羽がぴくぴくと揺れ、折りたたまれた翼がかすかに上下していた。

体の下には木の枝や落ち葉、そして狼達の抜け毛で冬ごもり用の巣が作られている。

エドガーが狼を連れ頻繁に離宮を訪れてくれるため、巣材はたっぷりとあるようだ。

小屋の中にはまどろむフォンと私、ルシアンとぐー様だけだった。

「ぐっ!」

ぐー様の体が光に包まれ、入れ替わりに長身の姿が現れた。

眩い銀色の髪に、冬の湖を思わせる青みがかった碧の瞳。

ぐー様と同じ色彩を持った、グレンリード陛下がそこに立っていた。

「陛下、ごきげんよう。ご足労いただきありがとうございます」

頭を下げ礼をする。

ぐー様とグレンリード陛下。同じ存在だとわかっていても、やはり外見の違いは大きい。

人間の姿の陛下とご一緒すると、今でも少し緊張してしまう。

切れ長の瞳に見つめられると、かすかに心臓が騒ぐのがわかった。

何度見ても、陛下はとても麗しいお顔をしている。

上の二人のお兄様のおかげで、美形には慣れているつもりだったけど、最近は人間の姿の陛下と顔を合わせると、ドキドキするようになってしまった。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

ぐー様が右前足で五回地面を叩くのは、人間の姿で話したいことがあるサインだ。

今の陛下には急を要する用件や、私と相談が必要な国事はなかったはずだったけれど……。

「エルトリア国王陛下の在位十周年の式典に、私も参加しようと考えている」

「陛下もですか?」

予想外、というほどでは無いけど、少し意外なお言葉だった。

今年春に行われる予定の、エルトリア国王陛下在位十周年の式典と、私の元婚約者、フリッツ王太子の結婚式。

どちらも数年から数十年に一度の大きなお祝い事だけど、ここからでは行き来に時間がかかる。

王家の有する上等な馬車でも、往復だけで一月以上が必要になるはずだ。

式典の前後の社交や滞在も考えると、最短でも二か月弱、陛下は王都を留守にすることになる。

今の時期に、陛下が王都を長期間空けても大丈夫なのだろうか?

統治者としての陛下は優秀と評判で、銀狼王と呼ばれ敬われているが、残念ながらまだ在位期間が短く、地盤は盤石とは言えなかった。

私がこの国に嫁いできたのだって、国内の貴族から王妃を選ぶよう求められた陛下が、時間を稼ぎ風よけにするためだ。

幸い、現時点で差し迫った危機や政治不和は現出していないけど、2か月も国を開けていては、不測の事態が起こるかもしれなかった。

「陛下の名代として、各種式典や外交に参加することも、王妃である私の役目であるはずです。私一人では力不足と言うことでしょうか?」

形だけとはいえ、私はエルトリア王国から追放同然にこの国にやってきた身の上だ。

そんな私に、エルトリアとの外交を任せるのは不安なのかもしれない。

「いや、違う。おまえを信頼していないわけでは決してない」

はっきりと言ってくれた陛下にほっとする。

陛下は腹芸もこなすが、根は誠実なお方だ。

その場しのぎの嘘や慰めは、口にしない方のはずだった。

「エルトリア王国はおまえの生まれ育った地だろう? 魔術に関しては大陸で指折りの国家であり、歴史を物語るいくつもの名高い遺跡が残っていると聞いている。ちょうど一度、訪れてみたいと思っていたところだ」

「ふふ、お褒めいただきありがとうございます。陛下が祖国へいらした際には、私も実家の父らと共に、おもてなしをさせていただきますね」

故郷を褒められると嬉しいね。

他国からは嫌われがちな祖国だけど、いいところもたくさんあった。

フリッツ王太子の婚約者だった時、王妃教育の一環で他国の要人をもてなすために観光地についても一通り知識を入れてある。

私はこの国に来てから、住むところに使用人まで陛下に差配してもらっている。

お返しにエルトリア王国にいらした際には、私もいいところが見せたかった。

「……ですが陛下、本当に国を空けて大丈夫なのですか? おそらく大事になることはないかと思いますが、後顧の憂いはございませんか?」

「全くない、とは言えないが、王として国を治める限り、常に付きまとう程度であるはずだ。幸いにして最近、私は心強い味方を得たからな」

「……味方?」

誰のことを言っているのだろう?

最近、と言うと、次期お妃候補のイ・リエナ様のことだろうか?

去年の秋、イ・リエナ様はケルネル公爵の陰謀に巻き込まれかけていた。

私と陛下が動いたことで、イ・リエナ様の派閥に属すミ・ミルシャ様が救われている。

それをイ・リエナ様は恩に感じ、陛下に忠誠を誓ったということだろうか?

確かに心強い味方だけど、それだけで安心できるかと言われると、正直怪しかった。

私が知らないところで、何かがあったのかもしれない。

「悪いが、詳しくはまだ話せないことだ。今のところは、それで納得してくれ」

「わかりました。陛下のお言葉ですものね」

勘だけど、私に不利になることではないはず……と思いたかった。

「詳しくはまだ」と言うことは、ゆくゆくは私も知ることができるかもしれない。

気になるけど、この場は深追いしないことにする。

時期がくればきっと、陛下が教えてくれると期待しておこう。

「エルトリア行きのことなど含めて、一度まとまった時間を取り話がしたい。来週の夕方のどこかで時間は取れそうか?」

「もちろんです。来週でしたら――――」

手早く予定をすり合わせ、会食の約束を結んだ。

今の陛下は仕事の合間に抜け出して来てくれている。あまり長話はできなかった。

「では陛下、来週を楽しみにしていますね」

「あぁ、待っている」

頷き言いつつも、陛下はまだ帰られないようだった。

「どうされたのですか? 何か他に気になることでも?」

「…………」

陛下がわずかに、小屋の入口の方へと視線を流した。

入り口には人がこないか見張るルシアンが立っており、その向こうには狼達の足跡が残る庭の一角が見えていた。

「……おまえはそりが好きなのか?」

「好きです。犬や狼の引くそりに乗るのが、昔からの憧れでした」

前世と合わせると、軽く二十年分以上持ち続けていた夢だ。

「長年の夢が叶って、先ほどはついはしゃいでしまいました。もしかして、陛下もご覧になっていましたか?」

「あぁ、楽しそうに乗っていて、見ていて愉快だったぞ」

ほんの微かだけど、陛下の唇が緩んでいた。

小さな、でも一面の雪景色の中に咲く小花のような、暖かな微笑みだった。

たったそれだけの変化に、私の頬もじんわりと熱くなりそうだ。

子供のようにはしゃぐところを見られてはずかし……いや、そうでもないかも?

陛下と同一人物だと気が付く前に、ぐー様の前では散々恥ずかしいことをしている。

もふもふもふもふもふもとひたすら話しかけたり、愚痴を聞いてもらったり、即興の鼻歌を歌ってしまったり……。

思い出すと地面を転がりたくなるので、これ以上はやめておくことにする。

今までのやらかしを思うと、今更そりに乗ってやっほーとハイになっていたところを見られたところで、恥ずかしくなんてないはずだけど……。

だとしたら、この頬の熱さはなんだろう?

知りたいけど、でも知らない方がいいような気もする。

誤魔化すように、私は陛下へと話を向けた。

「陛下はぐー様の姿の時、エドガーとそりをじっと見ていました。あれは何を考えてらしたのですか?」

「……懐かしいと思っていただけだ」

「懐かしい? 陛下も狼ぞりに乗られたことがあるのですか?」

「昔な。我が王家の祖は、極寒の地を狼の引くそりで走破し、戦場へ駆けつけ勝利した伝説を持っている。その逸話にあやかるように、王家の子は狼ぞりに乗れるよう教育を受けている」

「なるほど。陛下、狼を走らせるのお上手そうですよね」

陛下は運動神経抜群だ。

ぐー様の姿の時は狼達に一目置かれているし、狼ぞりのこれ以上ない乗り手かもしれない。

「機会があれば見せてやろう。……その時はおまえも一緒に―――――っ!」

陛下が鋭く息を呑んだ。

すぐさま入り口へと走り寄り、ルシアンへとすれ違いざま指示を飛ばした。

「盗み聞きだ。おまえは右手へ回れ」

「!」

弾かれたように、ルシアンも即座に駆け出す。

誰が盗み聞きを?

ルシアンは護衛としても優秀だし、先祖がえりである陛下の五感も鋭敏だ。

そんな二人の感知をすり抜けていたなんて、よほどの手練れに違いない。

警戒心を最高まで跳ね上げ、すぐに護身用の魔術を唱えられるようしながら、周囲を観察していると、

「はは、参った参った。こんなに早く気がつかれるなんてな」

笑みを含んだ声が聞こえてきた。

低く滑らかな、歌うような抑揚のその声は。

「レナードさん……」

どっと気が抜けてしまった。

眉間に皺を寄せた陛下と共に、吟遊詩人のレナードさんが小屋へ入ってくる。

何を考えているかわからないけど、すぐに危ないということはないはずだった。

レナードさんの正体は、公式には死んだことになっているレオナルド王子だ。

母親の浮気により生まれたため、実は陛下とは血が繋がっていないが、そんなこと関係なく兄として陛下を可愛がっていたらしい。

「どうして盗み聞きなんてしたんですか?」

「たまたまさ。君のかんばせを一目見ようと、こちらの離宮に顔を出してみたら、なにやら訳ありげに小屋に入っていくのを見てしまってね。他人の秘密は蜜の味って言うだろう?」

「だからって、盗み聞きはやめてください。そもそもレナードさん、ケルネル公爵から自由になったから、ただの吟遊詩人になるって言ってましたよね? どうして王城の敷地内にあるここへやってきたんですか?」

「ただの吟遊詩人だって、王城には足を運ぶものさ。ほらこの通り、弾き語りはどこでだってできるからね」

いつの間に取り出したのか、レナードさんはリュートをかき鳴らしている。

……自由人すぎない?

私のお兄様達もかなりのマイペースだし、兄と言う人種はそういうものなんだろか……。

あきれ返り、一周回って感心していると、戻ってきたルシアンに頷かれてしまった。

以心伝心、同じようなことを考えていたのかもしれない。

「……私は政務へ戻る。くれぐれも、レティーシアを困らせたりしないでくれ。兄上と言えど、容赦はしないつもりだからな?」

後ろ髪を引かれる様子を見せつつも、陛下がぐー様へと変化し帰っていった。

このままここにいては、政務に差しさわりがあるようだ。

「くあっ?」

人間達の騒がしい雰囲気を感じ取ったのか、フォンが体を起こそうとしている。

首元に手を当て、心配ないと落ち着かせてやると、レナードさんへと向き直った。

「……レナードさんは今も、間諜まがいの仕事を続けているんですね?」

そうでもなければ、ここにいる理由が説明できなかった。

この国の貴族の中には、レオナルド王子の顔を知っている人間がたくさんいる。

王子時代とはかなり振る舞いを変えているようなので、気が付かれる可能性は低いとはいえ、王城内に顔を出している限り、レナードさんがレオナルド王子だとバレる可能性のある機会が多くなるはず。

ただの吟遊詩人として生きるつもりなら、そんなリスクを冒す必要は無いはずだった。

「はは、ご明察だ。人は皆誰かにとっての、密偵であり間諜であるに違いないからね」

適当なことを言っているけど、否定しないあたり当たっているようだ。

「やっぱりそうでしたか」

「やっぱり? 君は予想していたのかい?」

「うすうすと、ですけどね。間諜を続けてるの、陛下のためなんでしょう?」