作品タイトル不明
119.タイミングが悪かったようです
「離宮からレレナがいなくなった?」
「はい。どうもそのようです」
執事のボーガンさんが、申し訳なさそうに犬耳を伏せている。
「頼んでいた仕事の時間になっても姿が見えないので探したところ、レレナの部屋にこちらが残されていました」
ボーガンさんが渡してくれた紙片に目を通していく。
『メランのせいで、いっちゃんが家出してしまいました。お世話になっているのに、本当に申し訳ないです。これ以上迷惑をかけないよう、メランと一緒に出ていきたいと思います』
といった内容が、ところどころ歪んだ筆跡で書かれている。
レレナの追い詰められた心が、伝わってくるような筆跡だった。
「レレナ、どうしてそんなことを……」
いっちゃんの家出はメランのせいなんかじゃない、と。
何度もレレナには伝えていたはずだ。
しかしまだ、足りなかったものがあるのかもしれない
真面目なレレナは思い悩み追い詰められ、離宮を出て行ってしまったようだ。
「使用人の不始末は私の責任です。離宮の警護についても注意を払っていたつもりが、あっさりとレレナを見失ってしまい、申し訳ありませんでした」
「警護については仕方ないわ。外からの侵入者対策は万全でも、内部からの脱走を、完全に防ぐことは不可能だもの」
レレナは物覚えが良く勤勉な性格だ。
侍女見習いとして離宮を駆けまわるうちに、警護のパターンや隙を、見つけてしまったのかもしれない。
「警護の見直しは近く行うとして、今はレレナを探すのが先よ。捜索は進んでいるの?」
「手の空いている使用人に探してもらっていますが、今のところ見つかっていま――――」
「レティーシア様っ‼」
使用人の一人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「これを見てください! 離宮近くの森に落ちていました!」
「……侍女用の髪飾り?」
侍女の制服の一部、白い布の髪飾りだ。
普通の髪飾りより小さいそれは、子供であるレレナ用に誂えられたものだった。
「きっとレレナのものです。一緒にこちらの紙が置かれていました」
「これは……」
自分の視線が険しくなるのがわかった、
紙には簡素な文体で、
『レレナは預からせてもらった。返してほしければ、こちらの要求を飲んでもらおう――――』
と書かれていたのだった。
◇ ◇ ◇
「タイミングが悪いわね……」
自室の椅子に腰かけ、私は深くため息を吐き出した。
レレナの誘拐を受け、一通り指示は出し終えたけど、解決の見通しは立っていないままだ。
「レレナが思い詰め脱走した。それだけならまだ良かったのよね……」
レレナは聡明だが、まだ子供だった。
離宮の警備をすり抜けられたとしても、王城の外へ出るのは難しい。
離宮からそう遠くに行くことはできず、じきに見つけられたはずだった。
……しかしめぐり合わせが悪いことに偶然、レレナを狙う人間が、離宮を出て一人になったレレナを見つけてしまったようだ。
「誘拐犯はたぶん、ディアーズさんの縁者の誰かだろうけど……」
ディアーズさんは今、いくつもの罪を重ね牢屋の住人だ。
しかしディアーズさんの縁者たちは健在で、クロナとレレナを逆恨みしている。
さすがにこの離宮に踏み入ってくることはなかったけど、時折この離宮を遠巻きに見に来ていたようだった。
「……要求は『獣人と人間両者の参加する離宮でのお茶会を、今後一切開催しないと公に意思表示すること』、ね……」
ディアーズさんの縁者は獣人を見下している一派だ。
私が獣人と人間の中を取り持つのを、忌々しく思っているようだった。
「レティーシア様、どうなさいますか?」
誘拐犯の要求を飲むつもりかと、ルシアンが問いかけてくる。
「……レレナを見殺しにしたくないけれど……」
要求に従ったところで、レレナが無事に帰ってくる可能性は低かった。
むしろこちらが折れたことで調子にのって、もっと酷い要求を、レレナの命と引き換えに突き付けてくるに違いない。
「……レレナはおそらく、王城の外には出ていないわ」
貴族であれば、ある程度王城の内外の出入りは自由とはいえ、門には衛兵が立っている。
人知れずレレナをつれ、王城の外に出るのは難しいはずだ。
王城内の敷地は広大だが、それでも監禁場所の候補が限られるぶんまだマシだ。
手がかりが見つかることを願い、今晩は様子を見るしかなかった。
◇ ◇ ◇
明けて翌日。
昼食を取っていると、カツカツと足音が近づいてくる。
「レレナ誘拐の、手掛かりが見つかったようです」
「!」
手にしたフォークを置くと、ボーガンさんへ振り返った。
「教えてください。どのような手掛かりですか?」
「レティーシア様があげてくださった、監禁場所の候補の一つを探らせてみたんです」
「そこにレレナが?」
「残念ながら抜け殻でした。使用された痕跡はありましたが、既に他のどこかへ、移動した後のようです」
「そうだったの……」
一発解決とはいかないようだが、重要な手掛かりの一つだ。
「何か犯人の特定につながりそうなものや、次の監禁場所の手がかりはありませんでしたか?」
「決定的な手掛かりはありませんでしたが、現場に残されていためぼしい品物を、一応こちらに運ばせてあります。今、前庭で広げているところですが、レティーシア様もご覧になりますか?」
「もちろんよ」
さっそく、前庭へ向かうことにする。
離宮の玄関を出ると、前庭に人が集まっているのが見えた。
誘拐事件の捜索には、離宮つきの騎士たちにも協力してもらっている。
中には槍を携えた、キースの姿もあるようだった。
「こちらが、現場にあっためぼしい品物になります」
ボーガンさんが、芝生の上に広げられた布を指し示した。
布の上には椅子や木の枝、布の切れ端など、様々なものが並べられている。
順番に見ていくと、一つ引っかかるものがあった。
「この羽は……」
水色の、鳥のものらしき羽だ。かなり大きく、私の掌より長さがある。
この色と大きさはもしかして、
「リディウスさんのくるみ鳥の羽……?」
「リディウスのっ⁉」
私の呟きを、耳ざとくキースが拾い取った。
「あいつっ! 誘拐犯に手を貸しているのか⁉」
キースが激高し叫んでいる。
元より不仲だったリディウスに対し、疑いと怒りを抑えられないようだ。
「気に食わない魔術師だと思っていたが、まさかそこまで卑怯な真似を――――」
「レティーシア様、失礼いたします」
キースの声を遮り、ボーガンさんが大声で話しかけてきた。
視線は真剣で、重大な用件のようだ。
「レティーシア様に、お客様がいらっしゃっています」
誰だろうか?
ボーガンさんに尋ねた結果出てきたのは――――
「リディウス様でございます」
――――渦中その人の名前だった。