軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

招待状【第5章 三つ目の鍵】

一ヶ月が経った。

東京は十一月になった。

俺の朝は、ここ最近ずっと同じだ。

六時に起きる。コーヒーを淹れる。パソコンの前に座る。《構造透視》が無意識に動くのを確認する——床の下の配管、壁の中の鉄骨、窓の外の道路の亀裂——問題ない。今日も構造は安定している。

コーヒーを飲む。

配信ソフトを立ち上げる。

「おはようございます。榊誠二です。今日は雑談です」

コメントが流れた。

「おはよー」「朝配信だ」「師匠の声好き」「今日も無表情?」

「無表情です」

「ですよね」「予想通り」「好き」

フォロワーは今朝の時点で三百二十万。一ヶ月前より二十万増えた。増えているのか減っているのかよくわからなくなってきたが、数字は増え続けているらしい。

「質問があれば答えます」

コメントが一気に流れた。

「S級になって生活変わった?」「一人暮らしですか」「好きな食べ物は?」「凛花さんの腕どう?」「ひなたちゃんは?」「次のダンジョンいつ?」

「順番に答えます」

俺はコーヒーを一口飲んだ。

「S級になって生活が変わったかどうか——変わっていません。朝の配信は続いています。買い物は自分で行きます。近所のスーパーで知られるようになったので、少し遠いスーパーに変えました」

「あるある」「草」「それだけ有名なのに」

「好きな食べ物は、特にありません。食べられれば問題ないと思っています」

「こだわりなさすぎる」「料理しないの?」「しそう」

「しません。買ってきます」

「なんか笑える」

「凛花さんの腕は——回復中です。医師からは想定より良い状態だと聞いています。本人は週に一度、俺に経過報告をしてきます。求めていないですが、送ってきます」

「凛花さんらしい」「仕事できる人ってそうだよな」「二人の関係が気になる」

「仕事上の関係です」

「本当に?」「うそつけ」

「本当です」

コメントが笑った。

「ひなたについては——三ヶ月は回復期間と決めました。本人は今週から既に自主練を始めたと連絡がきました。やめるように言いましたが、やめません」

「かわいい」「師匠には甘える」「ひなたちゃんさすが」

「次のダンジョンは——未定です」

そこで止まった。

コメントが「え?」「なんか含みがある」「また何かありそう」と流れた。

「今日はここまでにします」

「短い!」「えー」「もっと話して」

「今日中にまた配信するかもしれません」

「え」「何かあるの」「心配」

「悪い意味ではないです。では」

配信を切った。午前十時。

インターホンが鳴った。

荷物の受け取りかと思ったが、画面を見ると郵便配達員だった。

「榊様でいらっしゃいますか。特定記録郵便になります。ご署名をお願いします」

封筒を受け取った。

差出人の欄を見た。

「International Explorer Coordination Committee」

国際探索者調整委員会。

俺は部屋に戻って封筒を開けた。

英語と日本語の併記。公式な書体。透かし入りの用紙。

要点を読んだ。

ドイツ・バイエルン州ダンジョンの国際合同調査チームへの参加招待。期間は四週間から六週間。出発は来月初旬の予定。日本のS級認定探索者として、正式に招待する。

最後の行だけ日本語だった。

「あなたの《構造透視》は、このダンジョンに必要です」

俺は手紙を机に置いた。

スマホを取り上げた。

凛花に電話した。

二コールで繋がった。

「……知っていましたか」

「昨日から知っていました」

「なぜ先に言わなかったんですか」

「榊さんが自分で判断すべきだと思ったので」

「……」

「行くべきです」と凛花は言った。

迷いがなかった。

「あなたの《構造透視》は現在、ステージ3です。東京のダンジョンで覚醒した。そしてドイツのダンジョンは九十二パーセントの構造一致を示している。あなたがそこに行かなければ、誰が行くんですか」

「凛花さんは」

「左腕でつり革もつかめません。今の私が行けるわけがない」

「……」

「榊さん」

「はい」

「行ってください」と凛花は言った。「私の代わりに見てきてください。古代の遺構が、何を作ろうとしていたのかを」

俺は少し、間を置いた。

「わかりました」

「また連絡します。リハビリの進捗と——向こうで接触する可能性がある人物の情報を」

「人物?」

「後で」と凛花は言って、電話を切った。午後二時。

新しいギルド本部は、以前より広い建物に移っていた。

港区の複合ビルの八階と九階。黒崎鉄心が就任してから一ヶ月で、施設の規模が変わった。受付の職員の顔が引き締まっていた。

「榊さん。お待ちしていました」

会議室に通された。

黒崎が既に座っていた。

大柄な男だ。五十近いが、動き方が若い。剃り上げた頭。右頬の古い傷。腕を組んだまま、俺が座るのを待った。

「来たか」

「はい」

「手紙は見たな」

「見ました」

黒崎は机の上に薄いファイルを置いた。

「分類はまだ準機密扱いだ。外には出すな」

俺はファイルを開いた。

世界地図があった。五箇所に印がついていた。

「ドイツだけじゃない」と黒崎は言った。「確認されているだけで、五つある。ドイツ、ノルウェー、ペルー、東南アジアの一箇所、そして日本の四十一番」

「全部、同じ建築様式ですか」

「完全に同一とは言えない。でも骨格は同じだ。古代の遺跡が——世界規模で存在する」

「誰が作ったか」

「わかっていない。人類の文明記録に存在しない」

俺はファイルを閉じた。

「《スキルエラー》の話をする」と黒崎は言った。

俺は黒崎を見た。

「お前が昔、追放された理由だ。ギルドが《スキルエラー》と判定した。既存のスキルカテゴリに分類不能だったから」

「……そうです」

「日本だけじゃない」と黒崎は言った。

黒崎の目が変わった。

「お前だけじゃない。世界中にいるんだ、《スキルエラー》で追放された人間が。そして全員が——構造系のスキル持ちだ」

俺はその言葉を聞いた。

「どういう意味ですか」

「そのままの意味だ」と黒崎は言った。「構造を透かして見るスキル、構造を破壊するスキル、構造を記録するスキル——全部がスキルエラー判定を受けて、組織から外されている。偶然じゃない」

「……」

「お前は自分のスキルが特殊だと思っていたか」

「思っていました」

「正しい。特殊だ。でも一人じゃない。世界中に散らばっている。そして全員が——古代の遺跡と接点を持つ地域にいる」

俺は黒崎を見た。

黒崎は腕を組んだ。

「俺は探索者協会の会長だ。だがこの話は、協会の公式見解じゃない。個人として話している」

「なぜ俺に話すんですか」

「お前が行くからだ。ドイツに。そこで何かと接触するかもしれない。知らないまま行くより、知って行く方がいい」

「黒崎さんはこれを、いつから知っていたんですか」

「就任してすぐ、情報が入ってきた。前会長の桐島が意図的に隠蔽していた情報だ」

俺は少し間を置いた。

「わかりました」

「行ってこい」と黒崎は言った。それだけだった。

席を立った。

会議室を出るとき、黒崎が後ろから言った。

「生きて帰れ。お前のスキルは、まだ必要だ」

俺は振り返らずに答えた。

「問題ないです」

廊下に出た。

エレベーターを待ちながら、《構造透視》が動いていた。

ビルの構造。柱の荷重。床の下のパイプ。

全部が見えていた。

世界中にいる、同じ種類のスキル持ちたちも——全員が、こんなふうに見えていたんだろうか。

構造を見る目。構造を壊す手。構造を残す力。

それぞれが——一つのシステムの、一つの部品だとしたら。

エレベーターが来た。

俺は乗り込んだ。

部屋の構造が、《構造透視》の中で静かに揺れた。