軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

A級ライセンス

ギルドへの道を歩きながら、配信を流していた。

朝の時間帯にしては視聴者が多い。コメントが「今日は何する?」「昨日のダンジョン最高だった」「A級申請の回?」と流れていた。どこかで情報が漏れているのかもしれないし、単純に読まれただけかもしれない。

「歩きながら配信するんですか」

凛花がやや呆れた声で横に並んだ。

「見せるものがあれば、何でも配信します」

「私は映さないでください」

「もう映ってます」

「——」

凛花が少し足を止めた。カメラを向けると、彼女は正面を向いたまま「映さないでください」と繰り返した。コメントが「凛花さん可愛い」「映してくれ」「映してくれ」「映してくれ」で埋まった。俺はカメラを前方に戻した。折衷案だ。

ギルドの本部ビルは、昭和後期に建てられた構造を改修したものらしい。外観に時代の匂いがある。入口の警備は厚く、A級以上の手続きをする棟は別フロアに分けられていた。受付で凛花が書類を提示し、俺たちは三階の会議室に通された。

配信をいったん落とした。ここから先は、全部映していいわけではない。

「お待たせしました」

ギルド長の小笠原が入ってきたのは、それから五分後だった。

六十代と思しき体格のいい男だった。ダンジョン探索の経験者だとわかる歩き方をしている。地に足がついている、という表現が妙に合う。目が静かで、物事を値踏みするような動きをしない。

「榊誠二さん。資料は読みました」

「はい」

「実績については申し分ない。単独でのA級ダンジョン攻略記録、配信ログによる第三者確認、《構造透視》のスキル評価報告——すべて揃っています」

小笠原はそこで一度、凛花の方を見た。

「九条凛花さんは」ゆっくりと言葉を選びながら続けた。「現在のランクはC級ですが、過去の経歴を鑑みると、今回の保証人として十分な資格を有しています」

俺は凛花を横目で見た。

彼女は表情を変えていない。正面を向いたまま、両手をデスクの上に静かに置いている。左手が、わずかに震えていた。

「過去の経歴、というのは」

俺が聞くと、小笠原がわずかに間を置いた。

「九条さんの同意を得た上でお話しします」

「構いません」

凛花の声は平坦だった。

「九条凛花さんは、三年前まで《アストレア》の中核メンバーでした」

《アストレア》。

その名前を聞いた瞬間、配信のコメントが一瞬止まった。それからすぐに、爆発した。「ええええ」「アストレア?S級パーティの?」「受付嬢がS級パーティ出身?」「三年前に解散した伝説のやつじゃん」。

俺は声を出さなかった。

S級パーティは、日本全国に現在三つしかない。《アストレア》はその一つで、三年前に突然解散した。解散理由は「内部事情により」という一行だけが公式発表された。それ以上の情報はどこにもない。

「S級パーティの方が、なぜギルドの受付に」

言いながら、少し後悔した。失礼な聞き方だったかもしれない。でも凛花は気を悪くした様子もなく、俺の方を見た。

「本人に聞きますか?」

「……はい」

小笠原が席を外した。気を遣ってくれたのかもしれない。二人になった会議室で、凛花はしばらく窓の外を見ていた。

「《アストレア》には、六人いました」

「はい」

「みんな強かった。私よりずっと強い人も、同じくらいの人も。バランスが取れていた。あのパーティは本当に、完成していたと思います」

語調に感情がない。過去を語る声ではなく、資料を読み上げるような声だった。

「なぜ辞めたんですか」

「いつか話します」

それだけだった。それ以上は出てこない、という沈黙だった。俺は追わなかった。

左手の震えが、少し強くなった。凛花は気づいているのか、右手でそれをそっと押さえた。押さえても、振動は消えない。

何かがある。三年前の解散と、その震えの間に。単純な繋がりではないかもしれないが、無関係とも思えなかった。

小笠原が戻ってきた。

「手続きを進めましょう」彼は書類を広げた。「榊誠二さん、仮A級ライセンスの発行です。保証人として九条さんのサインが必要になります。また、九条さんには監督者として今後の活動に同行していただく形になります。週に一度、ギルドへの活動報告も義務となります」

凛花がサインした。右手で、素早く。

「以上です。榊さん、これがライセンスカードです」

渡されたカードは、これまでのB級カードより厚みがあった。表面に刻まれたランク表示が「A」になっている。持った感触が重い。物理的な重量の話ではない。これはひとつの区切りだ。探索者を始めて、スキルエラーで追放されて、一人でダンジョンを潜り続けた。その時間が、このカード一枚に変換されている。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

声が少し、かすれた。

会議室を出ると、廊下で凛花が足を止めた。俺もつられて立ち止まる。彼女は少し考えるように下を向いてから、俺の方を向いた。

「一つ、言っておきたいことがあります」

「はい」

「あなたのスキル」凛花の目が、静かに俺を見ていた。「《構造透視》は、私が失ったものに似ている」

「……どういう意味ですか」

「いつか話します」

彼女は先に歩き出した。

廊下の蛍光灯の下で、その背中を見ながら、俺は今日二度目の「いつか話します」を受け取った。

失ったもの。三年前の《アストレア》の解散。左手の震え。そして凛花が「似ている」と言った何か。

「失ったもの、か」

小さく呟いた言葉は、誰にも届かなかった。

配信を再開したのは、ギルドを出た後だった。コメントが「どうだった?」「A級取れた?」と溢れている。

「取れました」

それだけ言うと、コメント欄が「おめでとう」で一色になった。