軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その15

「ぞっとしねえな」

ノアの仮説に、ウォーレスがため息とともに感想をのべる。

狒々神相手の実験場に強制招待など、面白くないどころの話ではない。

罠に掛かった哀れな野ウサギの気持ちだ。

「ノアの仮説が正しかったとして……失敗に終わった場合、後始末はどうつけるのでしょうか」

「みすみす生存者を逃したりはしないだろうねえ」

ルツの疑問にノアが答える。

実験なり処刑なりが終了したとみなされて、階段を登れば、元の通路に繋がっていてくれたら万々歳だが、そうでないことは、静まり返った現在の様子からも明らかだ。

構造物が動くときは、あんなに大きな音がしたのだから。

「使役する魔獣が通用しなかった相手をどうやって始末する?」

キーランが腕を組んで首を捻る。

「水攻めとかかぁ?」

「監禁からの餓死」

「空気中に毒物を撒く方法はどうでしょう? 以前読んだ文献に過去にそのような戦法をとった魔術師がいて、そのあまりの非道さに味方からも非難の的になったという記載がありました」

ウォーレス、ノア、ルツが次々に己の考えを披露する。

どの末路も御免蒙る。

キーランの視線が、私とラグナルに向けられた。

「狒々神を倒した腕前を見込んで仲間に引き入れる」

「千年くらい前なら仲間に引き入れようと思ってくれた人がいたかもねー」

せめて少しでも光明をと捻り出した意見はノアに瞬殺された。

忘れられて久しい遺跡であることはわかっている。狒々神の印の痕から見て、もう術者が存在しないことも。でも水死、餓死、服毒死の未来を想像するより、精神的に優しいじゃないか。

ラグナルの答えは? と隣に立つ彼を見上げる。

「数」

いたく簡潔なその返答に呼応するかのように、壁が、床が、天井が、明滅しだした。

眩い光に包まれたかと思えば、瞬時に暗闇にのまれる。

素早く強い明滅は、目に対する暴力に他ならない。

目眩をおこしそうな視界に目を閉じようとしたとき、「くるぞ」というラグナルの低い声が聞こえた。

ラグナルが剣を抜き放ちつつ、部屋の隅に向かって駆け出す。

皆がいっせいにあとに続いた。

つられて駆け出しそうになる。

しかし「イーリスはこの場に待機」というキーランの言葉に我にかえり、足を止めた。

硬い石が擦れる摩擦音。

透明な板に満たされた液体と、その中に浮かぶ狒々神。

数分前に見た光景となんら変わらない。

ただ一つ違うのは、光石が激しく明滅を繰り返していること。

暗闇と明滅。剣士にとって、どちらが有利でどちらが不利に働くのだろう。

板が倒れ、溶液が流れ出る。

そこから先はあっという間だった。

ラグナルが両手で剣を振りかぶる。キンっという高い音が聞こえたかと思うと、狒々神の角が折れた。私に視認できたのはそこまでだ。弧を描く角の行方に気をとられている間に、首が落とされていた。気づけば翼もない。

立ち位置的に、ラグナルが首を、キーランとウォーレスが翼を叩き切ったのだろうと想像はついた。今度はウォーレスが担ったであろう右翼もきれいさっぱり切り離されている。

感心しながら、皆の元に近寄ると、落ちている角を拾った。

狒々神の角をわずか一日のうちに二本も手にした人間はそうそういまい。どれだけ貴重な薬が作れるだろう。師が狂喜乱舞するさまが目に浮かぶ。

「ラグナルが正解みたいだけど、問題は何体いるかだよねえ」

……さすがに三本も四本もいらないかな。

「まだ、次があるってのか?」

ウォーレスがうんざりといった様子で、剣を大きく振るって刃についた血を落とす。

「あると考えて備えを。ところで、発光の仕方がおかしいようだが、何かわかるか?」

キーランはルツ、ノア、私を見る。

私たちは揃って首を横にふった。

相変わらず術の気配は感じ取れない。

しかし、キーランの言うように二体目の狒々神が降りてくるまで、激しく明滅を繰り返していた石は、今では急にゆっくりになったり、また速くなったりと忙しない。それどころか、光を失ったままの石や、光りっぱなしの石もあったりする。まるで規則性がなかった。

「出力が不安定になってるって感じだね。どうやって光を制御してんのかも、狒々神を生かしたままにしておけるのかもわかんないけどさ、壊れかけてんじゃないのこの遺跡」

管理するものがいない遺跡だ。ノアの推察は当たっているような気がした。

もし、完全に壊れたら、私たちは閉じ込められたまま……

恐ろしい想像に身震いしたとき、ラグナルが走り出した。

「次だ」

舌打ちの音はウォーレスから聞こえたのか、ノアから聞こえたのか。

ラグナルの後を追う皆とは反対方向に私は退避した。

「まずいぞ。剣がもたん」

ウォーレスは血を払った剣を眼前にかざし、刃を確かめている。その声には焦りがにじんでいた。

床に転がる狒々神の死体は、すでに七体を数える。血の海……とまではいかないものの、首から流れ出る血で、とんでもない有様だ。

光を止めた石が徐々に増えた。

対処を考えようにも、次々に姿を現す狒々神の対処に追われて、碌に話し合いもできない。

このままではジリ貧だ。

「くる」

八体目のお出ましらしい。

私は邪魔にならないように、反対の隅に逃げた。

近くには二体目の狒々神の死体。

この狒々神にも印術の痕がある。

何かの手がかりになりはしないかと、もう一度、痕を見るためすぐ側に寄る。

ぶんっと音がして、突如、全ての石から光が消えた。

慌てた私は、血に足を取られてその場に尻餅をつく。

と、同時に体が持ち上がる感覚に襲われる。

床についた手から、伝わる細かな振動。

――まずい

焦れば焦るほど、血に滑って立ち上がれない。

「光よ!」

ノアの放った光球が辺りを照らしたときには、私の体はせり上がった床の石によって、天井近くに持ち上げられていた。

同じように上部に押し上げられた石が八つ。

その全てが、狒々神が降りてきた場所である、と気づいた時には、ぽっかりと空いた穴が頭上に迫っていた。

「イーリス!」

ラグナルが床に広がる狒々神の血をものともせず、駆け寄ってくる。その背後で、私と同じく、上部にせり上がる石に、こと切れた体を横たえていた狒々神が、天井に消える。石からはみ出ていた腕をつぶされながら……

――う、うそでしょ!?

私は投げ出したままの足をとっさに引き寄せた。

ほっと胸をなでおろした時には、私は完全に天井に開いた穴の中だった。