軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その5

「ずるい、ですか?」

鸚鵡返しに尋ねればリュンヌは「そうよ」と頷いた。

「イーなら知ってるわよね? 私たちがどうやって生まれるか」

臓腑がキリリと痛んだ。

酒場の片隅でしていい話じゃない。

「一応は……」

魔人・魔女は一つの大陸に一人だけ。

御伽噺のように不可思議な実態の掴めない存在であり、永久の時を生きていると思われがちだが、そうではない。

彼らにも死がある。

「私は永遠にこの体。何度生まれ変わっても。何度記憶を継いでも……」

――本当に、そうなんだ。

占者トヨ・アキーツの残した手記によると、彼らは女の腹から生まれるのではない。自然に発生する。

姿形は生まれた時からずっと変わらず、数日から数年かけて、以前の記憶を引き継ぐという。

リュンヌの記憶が混乱しているのは、新しい個体に生まれ変わって間もないからだろう。

「なのに、東の間抜けは大人なのよ。ずるいでしょ?」

リュンヌの見た目は少女だが東の魔人は成人だ。

大人の姿を望んでいるのなら、東の魔人は妬ましいに違いない。

「ねえ、悪い話じゃないでしょう? イーリスが同意さえしてくれれば、いつでも解けるわ。悔しいけど印術ではあの男に敵わないの。無理やり解くと後遺症がでそうだし……」

無邪気な口調で恐ろしいことを言う。

チャキッと音がしたほうを見ると、ラグナルが黒剣に手をかけていた。

「魔女め。イーリスに手を出してみろ……」

「ちょっとラグナル落ちついて!」

剣を掴む手を慌てて両手で押さえつける。

「わざわざ、私の希望を聞いたのは無理やり解くつもりはないと。そういうことですよね!?」

懇願するような気持ちで問えばリュンヌは頷く。

「もちろんよ。私たちは監視者であり守護者でもあるもの。罪のない人間を気分次第で害したりはしないわ。滅多に」

付け足された最後の一言が怖い。

「……慎重に検討させていただきます。ということでいいでしょうか?」

断っても、しつこく粘られそうな気がする。

そう考えての答えだ。問題を引き延ばしたともいう。

「かまわないわ。しばらくこの街にいるつもりだし」

リュンヌはあっさり頷いた。

ロフォカレまでリュンヌを送っていくと、オーガスタスたちは既に戻っていた。リュンヌの世話をゼイヴィアにバトンタッチして、師の家にサオ茸を納めると家路につく。

ラグナルも私も何も喋らなかった。というか私が喋らないから、ラグナルも喋らないのだろう。

リュンヌの申し出がぐるぐると頭の中で回っていた。

魔人ラートーンに刻まれた支配の印を解く。

何百年にも渡るイーの悲願だ。

人を意のままに操る忌まわしい力。ずっとそう思ってきた。そんな力はいらないと今でも、声を大にして言える。

でもそれは裏返せば、魅力を感じているからに他ならない。

身を守るために、これほど都合のいい力があるだろうか?

印が解除されれば、きっと私は力を使ってしまう。

今回だけ、仕方なかった、そんな言い訳を並べ立てて。

私も所詮は欲深いイーの人間なのかもしれない。

家についても嫌な考えが頭から離れない。

浮かない気分で鍵を外し、ラグナルを振り返る。

今日もラグナルは宿に戻るのだろう。

「お疲れさま……」

お疲れさま。今日は大変だったね。そう言うつもりだったのに叶わなかった。

ラグナルは私の手を引いて家の中に押し込むと、戸を閉めた。

戸口から入り込んでいた明かりがなくなり、室内は暗闇に沈んだ。

立て付けの悪い戸板の隙間から微かに光の筋が溢れてはいるが、机と椅子の存在を辛うじて示すのみに止まっている。

それ以外は何も見えない。

ただ呼気でラグナルがすぐ目の前に立っているのがわかった。

「イーリス……」

繋いだ手が離れた。かと思うと指と指の間に骨ばった男の指が差し込まれた。そのままぎゅっと強く握られる。

「抗うな」

――え?

私はラグナルの顔があるだろう場所を見つめた。

「なぜか分からないが魔女はイーリスの印を解くことにこだわっていただろう。イーリスの意思を汲むようなことを言っていたが、本当かどうか分かったもんじゃない」

それは、私も危惧していた。リュンヌはひどく自由気ままな性質に思える。

「もしも、魔女が強引に印を解こうとするようなことがあれば――絶対に抗うな」

強い口調だった。それでいてどこか懇願するような響きも混じっている。

答えられないでいると、繋いだ手が引っ張りあげられた。

指先にさらりとした髪がふれる。それからほっとするような温かい感触。

額に押し当てられているのだと分かった。

強張って冷えた指先にじんわりとラグナルの体温が染み込んでいく。

「でも……」

私は怖い。力を持つことが。

「イーの力がどういった類のものかは想像がつく」

ラグナルのその言葉にハッとして息をのんだ。

「お前の兄と少し話した。イーリスが恐れる気持ちはわかる」

――だったら。

「俺が、止めてやる」

きゅっと指に力を込められて、思わず同じだけの力で握り返した。

暗闇の中、五感から得られるのはラグナルの体温と声だけ。

「約束する。力の使い方を誤らぬように。イーリスが後悔しないように。俺が止めてやる」

どこまでも真っ直ぐな声音だった。

ラグナルなら絶対に約束を違えない。

「ラグナル……」

安堵に声が震えた。

指先から熱が遠ざかる。

額にあった手はそのまま下にさがり、柔らかいものが触れて、離れる。

「だからイーリスも約束してくれ。決して抗わないと」

私は「約束する」と答えた。