軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その2

塁壁と居住棟の間に設けられたこぢんまりとした広場で、ラグナルとキーランが軽く体を伸ばしている。私は少し離れた場所に陣取って見物することにした。

準備運動が終わると、キーランは自分の剣を腰から抜き、ラグナルに持たせた。

キーランの剣は、叩き斬ることを主目的とした厚みのある直剣である。かなり重いのだろう。ラグナルが両手で握りしめて一振りすると、体を持って行かれてしまう。黒剣は細身の長剣だったから、キーランの剣は今のラグナルのみならず宵闇の冴えた月(笑)にとっても重過ぎるかもしれない。

むっと眉を寄せるラグナルから、キーランが笑って剣を受け取る。

ちょうどそこに、兵舎に訓練用の防具を借りに行ったゼイヴィアとウォーレスが帰ってきた。防具の他に剣をいくつか携えている。

ラグナルはその剣を順番に手にしては振り心地を確かめ、黒剣と似た細身の刀身で、やや短めのものを選んだ。

キーランとラグナルが簡易式の胸当てなどを身につける間に、ウォーレスが刃に布で何かを塗り始める。気になって近づいてみると、つんと鼻につく匂いがする。地中に潜む小型の魔物、チュルカから取れる油だ。それと焼いたザザの木をすり潰して混ぜたものを刃に塗ると切れ味を鈍らせると聞いたことがある。多分それだろう。

防具をつけ終わり、それぞれ剣を手にすると、二人は十歩ほど距離をとった。

ラグナルは右手に剣を持ち、八の字に振ってから両手で握りしめる。

その様子は剣の扱いに慣れているように見えた。

「怪我がないようにしてくださいよ」

ゼイヴィアがキーランに向かって注文をつける。

キーランは「善処する」とだけ答えると、剣を構え、右手の指でちょいちょいとラグナルに合図してみせた。――かかってこい。

キーランの意図を汲んだラグナルが地を蹴る。

あっという間に二人の間にあった距離が縮まった。ラグナルは頭上に振り上げた剣をまっすぐにキーランに向かって振り下ろす。

キーランは避けることなく、刃を受け止めた。

ガキィンを刃と刃がぶつかる硬い音が響く。

ウォーレスが軽い調子で口笛を鳴らした。

「体が覚えているようですね」

いつの間にか隣にきていたゼイヴィアが二人を見ながら言う。

二人は剣を切り結んだまま微動だにしない。まるで軽く剣を合わせているだけに見える。しかしその手元や首筋に目をやれば力が入っているのがわかる。

キーランは余裕の表情で、ラグナルは無表情から徐々に苦しげに。

「なんで力比べみたいなことしてるんでしょうか」

どう考えてもラグナルに分が悪い。

「さあ、剣を振るう人間の考えはさっぱり理解できませんね」

聞いた相手が悪かった。

「自分の力を見定めたいか、誰かに見せたいか。じゃないかね」

ウォーレスが二人から目を離さないまま後退ってきた。

「昨日も風呂上がりに、ちょっと挑発したら簡単に腕相撲にのってきたぜ。ダークエルフが喧嘩っ早いってのは本当だったんだな」

実はちょっと不思議だったのだ。ラグナルが二人と仲良く腕相撲をしていた理由が。

もしかして裸の付き合いをして、打ち解けたのかと思ったら、そうでもなかったらしい。

「ちなみになんて?」

ウォーレスは私をみて、口の端を吊り上げた。

「ずいぶん、細っこいな。そんな腕でイーリスを守れんのか?」

「やめてくださいよ……」

挑発に私を使わないで。後々、本人の中で黒歴史として残ったらどうしてくれる!

頭痛を覚えて、手で額を押さえようとしたとき、指の隙間からキーランが動いたのが見えた。

踏み込んだ足に力を入れ、ラグナルを弾き飛ばしたのだ。

姿勢を崩したラグナルは、右手一本に剣を持ち変えると、弾かれた勢いを利用して、左手をつき、後ろに向かって回転した。かと思うと、着地ざまに膝を曲げて身体を落とし、足払いをしかける。

変則的な動きに目を見張ったキーランだったが、さっと後ろに下がって避けた。

驚いたのはキーランだけではなかった。ウォーレスが腕を組み唸る。

「こいつはまた、妙な動きをいれてくるな」

ルンカーリの港町で南方からきた人々の一団が、剣を用いず組み合う様を見せものとして披露しているのを見たことがある。彼らは踊るようになめらかに動き、自在に突きや蹴りを繰り出していた。ラグナルの動きは彼らの武術を彷彿とさせる。

二人はお互いに距離をとり、また丁度十歩ほどを空けて対峙した。

と、ラグナルが臍の前で構えていた剣を、右脇へ構え直す。それと同時に右足を引き一気に駆けた。今度はキーランも同時に踏み込む。

ラグナルが払い上げた剣をキーランが弾く。二人はくるりと反転し、位置を入れ替える。ラグナルは攻撃の手を緩めない。身軽さと速さを利用して剣を突き出すラグナルに対し、キーランは慌てず刃を盾のようにして、受けて流した。

「ちゃんぽんだな」

ウォーレスが感心したような呆れたような声を出した。

「ちゃんぽん?」

「色んな型や動きを好きに取り入れてる。あいつ、誰かに師事したことがないんじゃないか?」

鸚鵡返し訪ねる私に、ウォーレスが渋面とも言える表情で答えた。

「あり得ますね」

ゼイヴィアが眼鏡を押し上げながら同意する。

私は少し考えて、なるほどと思った。悪く言えば黒魔法馬鹿なダークエルフには本来剣技など必要ないのだろう。力を封印されたラグナルは、生きるために、見よう見まねで彼なりの剣を身につけたのかもしれない。

「あの身体能力の高さがあって初めて成せる無茶だ」

そう嘆息するウォーレスの視線の先では、ラグナルが次々と剣を繰り出していた。時に足技を混ぜ、時に宙を舞い、次の瞬間には正攻法で斬りかかる。

速さは完全にラグナルがキーランを上回っている。しかし悲しいかな、二人の間には圧倒的な力の差が存在した。

剣を切り結ぶ度に、ラグナルはキーランに押し負けて体勢を崩されるのだ。せっかくの素早さは傾いだ身体を持ち直したり、追撃を受けないために距離を取るのに使われていた。

動く量が違えば、消費する体力も当然違う。ラグナルは肩で息をし始め……ついにはキーランの追撃を避けられなくなる。

連続で剣を弾かれて、ラグナルは転げるように地面に倒れ伏した。

体を起こす前にキーランの剣がラグナルの喉元に突きつけられる。

「そこまで!」

ウォーレスが片手を掲げて宣言すると、キーランは剣を下ろした。

「いい動きだ。力がついたら俺はお前の速さにはついていけんな」

健闘をたたえ、ラグナルに手を差し出すキーラン。

ラグナルは悔しげに顔をしかめると、その手を無視して自分で起き上がった。

「仮定の話なんて意味ない」

なかなか可愛げのない一言である。

しかしキーランは不快感を示すことなく笑った。

「違いない。少し休憩をいれてくるといい」

「休憩なんてっ……」

「必要だ。ほら、イーリスのところにいって水でも飲んでこい」

ラグナルの抗議をキーランはあっさり封じた。

「ウォーレス、体を温めるのに付き合おう」

「それはありがたいね」

その上、さっさとウォーレスを呼んでしまう。

流石に問題児をチームに抱えるだけあってキーランはラグナルの扱いが上手い。とは思うけど、毎度毎度、私を口実に使うのはやめて。水なんて用意してないから……

ラグナルは剣を左手にぶら下げたまま、不満顔で戻ってきた。

「ごめん。水用意してない。もらってくるからちょっと待ってて」

踵を返そうとした私の手を、ラグナルが掴んで止める。

「別にいらない」

「そう?」

振り返って、ラグナルの顔を見て気づいた。

「ラグナル、唇切れてる? それとも中かな?」

うっすらと左の口の端に血がにじんでいたのだ。

唇を切ったならサオ茸の傷薬が使える。食用になるだけあって、あれは少量なら舐めても問題ない。油が入っているから大量に摂取するとお腹を壊すけど。確か貝殻に詰めたものを一つ持ってきていたはず。

出血箇所を確かめるために、ラグナルの唇に手を伸ばし血を指で拭う。

「うーん、中かあ」

口内用の薬は残念ながらない。日にち薬だ。

「なっ……にを! 勝手に触るな!」

ラグナルは上ずった声を出して後退ると、唇を手の甲で押さえた。顔が見る間に赤く染まっていく。

――えー……

いつぞやの朝に体験したパターンだ。

飲んだくれのおっちゃんは言っていた。年頃の娘は頭や手の先に触れただけで、理不尽に怒り出すと。

「水、飲んでくる!」

ラグナルは唇を押さえたまま叫ぶと、剣を手に駆け出した。

何も逃げなくても……。年頃の男の子は繊細すぎる。

唖然としてその背中を見送っていると、キーランの声が耳に届く。

「初恋か」

――はい?

「初恋だな」

「初恋ですね」

「なにそれ。なんかムカつく」

「ノア」

その言葉にウォーレスとゼイヴィアが続き、ノアが苛立ち、ルツが窘めた。

「初恋って……」

私は愕然とした。それが本当だとしたら……黒歴史量産してるじゃん!!