軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その8

「力と記憶の……封印ですか?」

私は頷いた。単純な話だった。

「はい。ラグナルの印の色は紫紺でした。支配の赤と、封印の青……が…」

混ざって紫に。そう言い切る前に気づいて頭を抱えたくなった。

――やってしまった。

ルツが目を丸くしている。

それもそうだろう。これまで、印術? もちろん存在は知ってますが、世間一般で認知されている程度の知識しかありませんよ。的な態度でいたのだから。

「いや、はは。実はこの前、ルツがノアに契約印を刻むのを見て、面白いなあと思って。ちょっと調べてみたんです」

「そう、ですか……。封印とは、また珍しいものまでよく調べましたね」

印で一番よく知られているのは護りの白。これは買い付けなどで遠くまで出向く商人や、船乗り、鉱山で働く人夫や、狩人、冒険者など、あらゆる危険のともなう職業に就く人に人気のもので、効力の差によって違いはあれど、神殿などで割とお手頃な価格で刻んでくれる。

次は契約の銀。双方の合意によって成り立ち、商人や貴族間で多用されるものだ。商売上の契約とか、後継問題とか使い道は色々。イーに持ち込まれる依頼の実に半数以上が、この契約に絡む問題だ。

ノアの同意なくルツが一方的に銀の契約印を結べたのは、彼らの血が近しいこと。それと、ノアが心底拒否しなかったから出来た芸当である。なんだかんだで姉弟仲はすこぶる良いのだろう。

遺跡などに潜る冒険者に知られているのは呪いの黒。盗掘を防ぐ罠として仕掛けられていることが多い。

また一部の力ある印術師にとっては、支配の赤がもっとも馴染み深いかもしれない。昆虫や小動物に印を刻み使役する。その昔、疫病が流行った時に、病を媒介する鼠に支配の印を刻み、水に沈めて一網打尽にしたのは有名な話だ。

特に印術に詳しくない人間が知っているのはこんなものだろう。

封印は……なんというかニッチだった。使い道がないから。

高位の神官や、祈祷師が、人間に仇なす悪魔や悪霊を封印したなんて話を、里にあった本で読んだけれど、どこまで本当の話か怪しいと思っている。

支配の赤もそうだが、意思を持つ相手に、その意思を制限する印術をかけるのは、それはそれは難しい。

大陸でも有数の印術師でさえ、鼠程度の小動物を支配するのが関の山。

封印だってそうだ。かけられるのは小動物だけとなると用途はないに等しく、研究する呪術師はほぼ皆無。というか、イーの一族しかいないんじゃないかと思う。

「一度気になったら調べずにいられなくて、こう見えて凝り性なんです」

反応を窺いつつそう言うと、ルツは納得してくれたようだ。

「調剤師さんですものね。大切な資質だと思います」

感心したように言われて、返す言葉がなかった。

調剤師としては、灰熊獣の目玉から作られる点耳薬の存在も知らなかったくらい浅学だ……

風呂から上がると、ノアが一人で待ち構えていた。

「ノア、髪が濡れてますよ」

おざなりに拭いたのか、そばかすが残る頰に雫が垂れている。

ルツがタオルをかけようとするのを片手で制して、ノアは私に詰め寄った。

「そんなのどうでもいい。それよりラグナルの背中の印。なにさ、あれ。どうして隠してたわけ?」

「いや、隠してたわけじゃ……」

宥めるように両手を上げて、私は一歩後退った。少年とは言え、ヒョロリと上背のあるノアに迫られると、それなりに迫力がある。

「じゃあ、なんで言わなかったの」

「気づいてから、言う機会がなかっただけ」

コールの森に行って以降、今回の旅に出るまで、ルツには会ってなかったし。

「機会なんていくらでもあったでしょ」

ノアはそう言って上から睨みつける。

何をそんなに怒っているのか。モーシェ家の坊ちゃんは気が短い。

「ノア、印の話なら先ほど聞きました。ラグナルの前では話し辛かったのでしょう」

そんな私達を見かねて、ルツが間に入る。

「ふうん、じゃあ、その印が解けかけてるってのは?」

「え?」

ルツは目を瞬いて、私を見た。

「そうなんですか?」

そうなんです。なんて言えるわけがない。

「私に聞かれても……。そういえば、色むらがあるというか、一部分だけ薄くなってる気はしたけど。それが解けかけてるってこと?」

すっとぼけると、ノアは訝しげに眉を寄せた。

「そう。そこから解れ始めてる」

それからルツに視線を移す。

「ルツはどこまで聞いた? 印の色が青紫だってのは?」

「それは先ほど聞きました。支配の赤と、封印の青だと」

「は? 何それ。二種類の印が混ざってるって言うの? そんな滅茶苦茶なこと人間に出来るわけ……」

ない、とは音にせず、ノアはルツを凝視する。

「もしかして、人間じゃないの?」

「恐らく」

ルツは神妙な面持ちで肯定する。

「ノアが家を出たあとに、魔女に印を刻まれた者がスラーに運び込まれた話はしましたね? ラグナルからはあの時と同じ波長を感じます」

「まじかよ」とノアは呟いた。そうして、眉間の皺を深めた。

「けど、あの時の印は赤だったって言ってたでしょ?」

「そう、支配の赤です。私はそれを時の支配だと判断しました。時を支配され時間を巻き戻されたと」

魔術師姉弟……いや、印術師の家系に生まれた姉弟の会話を私はじっと聞いていた。出来れば、このままフェードアウトしてしまいたい。

「時間を戻されて消えたって? はっ、理も何もあったもんじゃないね」

魔女や魔人に理を求めても無意味だ。彼らはある意味では、本当に御伽噺の住人のように不可思議なものなのだから。

「で、封印の青ってのは?」

ルツはおずおずと私を見た。

「それは、イーリスが……」

「へええ。イーリスが?」

嫌な会話の流れだとは思ったけど、その通りだった。

魔女と聞いて、身を引いていたノアが、再び鋭い眼差しを私に向ける。

「どういうこと?」

私は風呂の中でルツにしたのと同じ釈明をせねばならなかった。

「僕さあ、隠し事されるの嫌いなんだよねえ」

……全く信じてもらえなかった。

「隠し事なんて、別にしてないけど」

「そう? クティニャ出身って偽ってんのに?」

オーガスタス!

それともゼイヴィアか?

そりゃ共に行動する護衛を命じた相手に懸念があれば、伝えるのは当然かもしれないけど、けど……。

あー、もう四面楚歌でイライラする。

里を出て二年。気楽だと楽しくもあったが、一人で何もかもこなさなければならなくて、心細くなったことは一度や二度じゃなかった。

所属するギルドも頼れる相手もいない。ふとバートの顔が頭に浮かんだが、彼にだって全てを話せるわけじゃない。傍にルツがいて、帰れる家があって、ギルドに守られているノアに、痛いところを突かれて、無性に腹がたった。

「偽ってない! 父と母がクティニャの出じゃないから、発音が違うだけ。そもそも知り合って間もないんだから、何もかもお互いに知ってるわけじゃないでしょう!」

実際、出会ってまだ四日だ。

「私だってルツやノアがスラーの貴族だってさっき初めて知った」

「そんなこと別に隠してない。ロフォカレのやつは大体知ってる」

「私、ロフォカレの人間じゃないし! 言わなかっただけで隠してないことになるなら、一緒じゃない」

「何それ。じゃあ僕が言いたくないことでも言えばいいの? だったら言ってやるよ」

頭に血が上った私につられて、ノアもヒートアップしていく。

「初恋の相手は城勤めの馬番の娘で、僕みたいなもやし男は嫌いだってこっぴどくふられた。初めて入った遺跡で腰抜かして泣いて、キーランに担がれて帰った。それから十歳まで夜尿が治らなかった!」

どうだ! とばかりに高らかに宣言されて、頭が冷えていく。

ずれてる。思いっきり。

――えーと、どうしてこうなったんだっけ。