軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その5

ラグナルはふいと顔を背け、流れる景色に視線を移す。

彼が今朝になって、私と距離を置こうとしているのは感じていた。

呼び方が変わったのだから、嫌でも気づく。

私はそれを、ダークエルフが人間に対して抱く負の感情から生じたものだと捉えた。

分かりやすく誇張すると、矮小な人間のお前を、誇り高いダークエルフである俺様が、なぜ姉と慕わねばならん。みたいな。

今でもその解釈は間違っていないと思う。

なのに……ルツさんは、なんで「あらあら、まあまあ」みたいな顔で私たちを見てるのかな?

うん、分かる。分かるよ。ルツがラグナルの今の台詞をどう受け取ったのか。私だって彼が人間嫌いのダークエルフでさえなければ、ちらっとその可能性を考えただろう。

でも記憶をなくし、一時は片時も傍を離れたくないというくらい慕ってくれていた時間を経ても「これだから人間は」なのだ。

それに今はまだ好感が勝っていても、いつか逆転する。

その時のことを思うと……準備をしておかなければならないだろう。

――一年、かかったんだけどなあ。

重い溜息がもれる。私はラグナルから顔を背けると、彼と同じように外を眺めることにした。

とまあ、起爆剤のいない馬車の中でもそんな感じだったのだから、立ち寄った街でとった昼食が楽しいものとなるはずもない。

「で、どうしてイーリスとラグナルは街に入ったら手を繋ぐわけ?」

鶏肉の煮込み料理を食べながら、ノアが唐突に話を振る。

この街でも馬車を降りたとたんに、ラグナルは無言で私の手をとって歩き始めた。皆の視線が痛かったけど、大人の配慮で触れずにいてくれると思っていたのに……。今、突っ込むか。

昼食ぐらい心穏やかに食べたかった!

ちらりと隣のラグナルを見れば、彼は無言でノアを睨みつけただけで、付け添えの野菜を口に運んでいる。

「色々と深いわけがあって……」

深いわけなどない。ただ単に、好奇心の赴くままに動き回っていたころの、ラグナルの行動を抑制するために編み出した、水たまり並みの浅知恵の結果だ。

「もしかして、それも約束とかいうやつ?」

私は驚いてノアを見た。ノアがダークエルフの習性について、オーガスタスほど明るい様子はなかったのに。

「オーガスタスから聞いてな。ラグナルと口約束を交わす時はくれぐれも注意しろと」

酒を頼もうとして、ルツに窘められていたウォーレスが、口を挟む。

「ああ、なるほど……」

忠告したにも関わらず軽々しく約束を交わしていた私を見て、危惧したわけか。

「黒魔法の使用にも制限かけてるでしょ? ダークエルフの根幹を侵すなんて、イーリスって結構命知らずだよねえ」

ラグナルが成長する姿を見ても、喧嘩をふっかけるノアにだけは言われたくない。

「他にも何か約束を? ああ、成長後は経済面で尽くすという話は覚えています」

ゼイヴィアは食事の手を止め、興味深げに私を見た。

真顔で言葉を置き換えるのはやめてほしい。尽くすじゃなくて、稼ぐです。

「色々と語弊があると思うんですが!」

私は強く抗議した。

「そうですか? そう変わりないと思いますが。それで他にどんな約束を?」

全く通じなかった。歯牙にもかけず流されて、疲れを感じながら私は質問に答える。

「えーと、黒魔法を使う時は事前に申請し許可を得る。余裕のない時、食料は平等に分ける。街では手を繋ぐ……」

あと、何だろう?

「二つ名の話を本人にしない。って意味ない約束あったじゃん」

指折り数えて思い出していると、テーブルに肘をついてフォークをくるくる回しながらノアが付け足す。

「そういえば、そんなのあったっけ……。その五つですかね」

本人に対して本人に話すな。なんて、本当に無意味な約束だ。

「イーリスさんよ。まだ何かありそうなんだが」

――え?

ウォーレスを見ると、彼の顔はラグナルに向いていた。

恐る恐る隣に視線を向けると。そこには心底呆れた顔をしたラグナルが。

目が合うと、彼は小さく息を吐いた。溜息と、鼻で笑う感じと、自嘲が混じった複雑な吐息だ。

「まさか忘れてるとは思わなかった」

「ご、ごめん。まだあった? どんな約束だっけ?」

私は小さくなって尋ねた。

「別に、大した約束じゃない」

ラグナルはそう言うと、さっと視線を反らしてしまう。その後は例の話しかけるなオーラを出して拒絶である。取りつく島もなかった。

「反抗期か」

それまで黙々と食事を口に運び、驚異的なスピードで皿を空にしていたキーランがぼそっと呟く。

「反抗期だな」

「反抗期ですね」

「だっせー」

「やめなさい、ノア」

その言葉にウォーレスとゼイヴィアが続き、ノアが馬鹿にし、ルツが窘めた。

耳を赤く染め、手を握り締めて、黙って羞恥に耐えたラグナルは偉かったと思う。

そうか、反抗期か……

昼食時がこんな有様だったせいで、その後の馬車の空気が輪をかけて酷くなったのは言うまでもない。

領主の城に着いた時の開放感といったら、刑期を終えて牢獄から解放されたらこんな心地がするんじゃないかと思うほどだ。

城は、近くの街を見下ろす小高い丘の上に築かれていた。周りには掘りが巡らされ、塁壁の四隅には見張り塔。やや物々しい見た目だ。

日没を間近に控え、西の壁は夕日に赤く照らされ、東側は闇に沈んでいる。

跳ね橋を渡ると、数人の騎士を従えた顔色の悪い男が待ち構えていた。

「これは、マーレイ様にお出迎えいただけるとは……」

ゼイヴィアが恭しく頭を垂れる。

「城代のルーサー・マーレイです。現領主の従兄弟にあたります」

ゼイヴィアに倣って礼をとると、隣でルツが耳打ちする。

「いやいや、狒々神を倒した英雄を出迎えねば、それこそ非礼にあたるというもの。さあさあ長旅でお疲れでしょう。詰まらぬ話は明日にして今宵は城でゆるりと過ごされるが良い。そういえばウーイル家のご子息とご令嬢が討伐隊に参加しておられたとか。もしや後ろのお二人が? 話に聞く通り、見事な赤毛ですな」

マーレイはそう言うと、ルツとノアに視線を移す。

ルツは優雅に腰を折り、ノアは面倒だと言わんばかりの横柄な態度で、それでも形に則った挨拶を述べる。

いいところの跡取りだとウォーレスが言っていたが……。思ったより遥かにいいところの出のようだ。

そんな二人がどうして討伐ギルドで危険な冒険者なんてやっているのか。気になるが、知らない方が幸せなことの類に属しそうなので絶対聞かない。

その後もマーレイはルツとノアを褒め称え、歓待するのに終始した。

それならそれで放っておいてくれてもいいのに、晩餐を共にし、武勇伝を聞かせてほしいと言う。

なのに食事の最中もルツとノア以外には目もくれなかった。

不自然なほどに。