軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その3

ウォーレスとノアに別れを告げ、家に入る。

ずっと繋いでいた手を離す寸前、ぎゅっと一際強く握り込まれた。それが彼なりの何かの抗議のように思えて、何も聞けなくなってしまう。

「えーと……荷造り、してくる」

ほろ酔い気分はどこかに飛んでしまった。

私はあえてラグナルの方を見ないようにして、箪笥の引き出しを開けた。彼が何に怒っているかはもちろん気になる。けど今日の彼が素直に答えてくれるとは思えないのだ。ならば触らぬ神に祟りなしである。

領主の城まで馬で半日。馬車だと一日はかかるだろう。近くの街に最低でも一泊はしなければならない。もしも詰問等が長引けば、滞在が伸びる可能性がある。宿泊費……自腹かなあ。

この世には収入が増えればその分出費も多くなるような、目に見えざる仕組みが構築されているのではないだろうか。

――なるべく早く帰ってこられたらいいけど……

ラグナルの分と合わせて着替えを二組。旅費と金平石。なめし革の水筒。その他石鹸や、傷薬など細々としたものを詰めていく。

荷造りが終われば、今度は盥に湯をはる準備だ。

ラグナルはずっとベッドに座ったまま、動く気配も話しかけてくる気配もなかった。多分、まだ怒っているのだろう。

――今日は、このまま口を聞かずに終わりそう。

そう思ったのに。問題は体を清め終わり、いざ就寝という時になって発生した。

ちなみに今日の入浴は交替で荷物部屋に待機になった。

「仕方ないでしょ。ベッドは一台しかないんだから」

「だから俺は床で寝るって言ってるだろ!」

「無理だよ。煉瓦だよ?」

このやり取りをかれこれ二十回は繰り返している。

板の間なら、もうご自由にどうぞと上掛けを渡して放置するところだが、朝晩の冷え込みが気になってきたこの季節に煉瓦の床に子供を寝かせてはおけない。

「昨日まで一緒に寝てたんだから、いいじゃん。何も変わらないって……」

ただちょっと背が伸びて、態度が悪くなっただけである。

ため息とともにそう言えば、ラグナルは眦をつり上げた。

「変わらないわけないだろ! 俺はもう子供じゃない」

自分で子供じゃないと言い張るうちは立派な子供だが、今のラグナルには言い聞かせても無駄どころか油を注ぐようなものだろう。

それはそうと、さっき彼が怒っていた理由がわかった。年頃の男の子は繊細すぎる。

「仕方ないなあ。じゃあ、私が床で寝るから」

「駄目だ。俺が床で寝る」

しかも男らしい気質が芽生えてきたところが始末に負えない。

結局どうなったかというと……

「いいか、絶対に俺の陣地に入ってくるなよ!」

二人の間に、家の補修用に常備している木の角棒を置いての就寝になったのだ。

阿呆らしいことに、決着が着くまで四半時はかかった。

ただでさえ狭いベッドを二人で使っているのに、角材のおかげで端に寝ている私は落ちてしまいそうだ。

だから、ラグナルが眠ったのを確認して即、取り払った。

眠りが深いことを確認したら、金平石の準備をし、解呪に取り掛かる。

これで四回目。微かに、だけど確実に色が薄まってきた文字をそっと撫でる。

今日の解呪で印自体の揺らぎを感じるようになった。

亀の歩みでも、残り六つの金平石を使い切る頃には、きっと――

私は倒れこむようにベッドに横になる。

印が不安定になった分、思いもかけないところで力を持っていかれたのだ。明日からはもっと慎重にしないと……

私はラグナルの寝顔を見ながら眠りについた。

体を揺すられる感覚で目が覚めるのも慣れたものだ。

今朝のラグナルはベッドの上で壁にべったりと背中を付けて、こちらを睨んでいた。

早々に角材を取り払ったのは謝る。朝方に温石代わりにした記憶もうっすらある。だからって何も足で揺すって起こさなくてもよくないか。

「おはよう。ラグナル」

「騙したな。イーリス」

――ん? イーリス?

「端から自分のスペースを守る気なんてなかったんだろ! これだから人間は……」

顔から血の気が引いていくのが分かった。

まずい。人間嫌いのダークエルフの本質が出始めている。

見た目に、昨日と比べて大きな変化はない。少し顔つきがシャープになって、目元から幼さが抜け、多分、身長がまた拳一つ分伸びている。ただし大きな変化はないと言っても、昨日と比べてだ。四度目ともなると、森で出会った頃のラグナルとはもう大分違っていた。

「何言ってるの、そんなことないってば。角材は寝てる間に蹴飛ばしちゃったんじゃないかな?」

「蹴飛ばした角材が部屋の隅に自立するもんか」

すぐさま鋭く言い返されて、ぐうの音も出なかった。どうして、それらしく足元に転がしておかなかったんだ!

「俺は、嘘は嫌いだ」

知っている。ついでに人間も嫌いなことも。

「ごめん……」

私は素直に謝った。それ以外に打つ手がない。

「でも安心してね。明日は街の宿に泊まることになると思うし、別々のベッドに、あー、なんだったら、部屋を二つとるから。謁見が終わって、この街に戻ってくることになったら……」

どうしよう?

「オーガスタスにお願いしてみようか。ロフォカレの宿舎とかあれば貸してくれるかも」

成長すれば当然出てくる問題だったのだ。

頭をひねって出した答えを聞くと、ラグナルは目に見えて狼狽えた。視線をあちこちに彷徨わせながら口を開く。

「別に……そこまでしなくても、反省してくれたらそれでいい。俺が床に寝ればいいだけだし」

またあの問答を繰り返す気なのか。