軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その1

旅の途中に立ち寄った酒場で飲んだくれていた、自称昔はハンサムだったおっちゃんを思いだす。

蒸し暑い日にパンツ一丁で家にいたら、年頃になった一人娘が「だらしないお腹を見せないでよ!」と怒るようになったと嘆いていた。

私は自分の体を見下ろした。

飽食なんてする余裕もなく、お腹は出ていない。というか、下着は着ているから見えてもいない。

――これで駄目なんだ。

兄が着替えている最中に障子を開けてしまい、下履き一枚の姿を見たことがあるけれど「なまっちろいな」と思っただけで、怒りなんて感じなかったのに……

年頃の男の子は、年頃の女の子よりも難しい。

着替えを済ませてラグナルを呼ぶと、ふんと鼻を鳴らしながら隣の部屋から戻ってきた。

「やっと着替え終わったのかよ。おせーよ」

視線は斜め下。しかもズボンのポケットに手を突っ込んでこれである。

ふてくされてます。と顔どころか体全てを使って表している。分かりやすいといえば分かりやすいが、ラグナル第四形態はなかなか扱いが難しそうだ。

「早く飯に行こうぜ。イーリス姉ちゃん起きんの遅すぎ。朝飯なくなっちまうんじゃねえの」

板戸の隙間から入る光も、外から聞こえる話し声や物音も、朝の時間の終わりを告げている。

確かに、ゆっくり寝すぎた。今日はハッキ草の湯液作りが控えているのだ。

私は慌てて支度をすませると、外にでて鍵を閉めた。昨日は振り返ると、手が伸ばされていた。でも今日のラグナルが手を繋ぎたいと思うだろうか? 答えはきっと否だ。

兄の着替えを見ても嫌悪感を抱かなかった私でも、手を繋げと言われたら嫌だと思うのだから。

二つ目の約束の破棄が果たせるかも……。微かな緊張を覚えながら、振り返る。

「ん」

予想に反して、素っ気ない一言とともに、目の前に差し出される手。

何故か明後日の方向に固定されたままの顔と、昨日より一回り大きくなったそれを、私は交互に見た。

「別に無理につながなくても……」

そう言うと、ラグナルは視線だけをこちらに向けた。その瞳が悲しげに揺れるのを見て、ぎくりと体がこわばる。

昨日のラグナルはしっかり者のくせに、意外と泣き虫だった。今日も泣き出してしまうのではと思ったのだ。

顔つきはほとんど変わっていないが、背はやはり拳一つ分伸びている。今のラグナルに往来で泣かれたら、居た堪れない。

私は息を飲んで様子を窺う。

ラグナルは目つきを険しくすると、ジロリと私を睨みつけ、無言で手を取った。

そのまま強引に引っ張り、歩き始める。

――泣かない! 成長した! 偉いぞラグナル!

酒場で会った、おっちゃんは言っていた。娘が小さい頃は、成長を感じるたびにそりゃあ嬉しかったもんだと。

あの時はぴんと来なかったけれど、今、おっちゃんの気持ちが分かった。分かったけど……喜べない。

痛いほどの力で握られた手を見て、私は複雑な思いでいた。

甘えん坊が今ひとつ抜けきっていないのか、これ以上の約束の反故はダークエルフ的に認められないものなのか、彼の心情が掴めない。

時間が遅かったせいで、飯屋の前に並べられた椅子は空席が目立つ。注文の列も出来ていない。

並ばなくてもいいのは楽だが、最後の方になるとクズ肉が本当に小さな小さな欠片になってしまう。親父さんが申し訳なさそうな顔で、野菜を大盛りにしてくれた。

今日購入したパンの数は三つだ。

ラグナルがへの字口でパンを見るものだから、私は念押ししなければいけなかった。

「余裕があるときは食べるって話になったよね」

「言われなくても分かってる」

机の木の節に目を落としながら、ぶっきらぼうな口調でそう言うと、ラグナルは二つ目のパンを口に運ぶ。

不承不承といった様子の癖に食べっぷりは豪快だ。そのうち二つでも足りなくなりそう。

食べ終わると、当然のようにラグナルは私の手を取る。

……今日はもう諦めたから、そんなに力を入れなくても振り払ったりしないのに。

家を出るときに私を睨みつけてから、家に帰り着くまで、どれほど話しかけてもラグナルは一度も私の顔を見なかった。その頑なさといったら、視線を合わせたら負けなゲームでもしているのかと思うほどだ。

扱い方が全く分からない。カーソンに助言を仰ぎに行きたい。しかし、今のラグナルは彼の息子さんの年齢を超してしまっているに違いないから、カーソンも困るだけだろう。

視線も合わないのは、寂しかったが、あまり構われたくないお年頃なのかもしれない。そういう時期は誰にでもあると聞く。

私は気を取り直して、ハッキ草の仕込みに入ることにした。

薪を大量に用意してから、鍋に水を張り、沸騰したらハッキ草を入れていく。あとは水の量が半分ほどに減り、とろみが出るまでひたすら煮詰めるだけだ。

何が面倒って、その間焦げないようにひたすら混ぜ続けなければいけないことだろう。

暇つぶしに書物でも読めればいいが、生憎、ここにはそんな気の利いたものはない。

こうなればただただ無心になるだけである。

何も考えず、ぼおっと匙をかき混ぜること半刻。ラグナルがいつの間にか隣に来て、鍋を眺めているのに気づいた。

「やってみる?」

鍋の中の渦を見ながら問いかける。返事はない。

「疲れちゃった」

そう言って、ちらりと見やれば、ラグナルはさっと視線を逸らした。

――駄目か。

「仕方ねえな。代わってやるよ」

ラグナルは、いかにも本当はやりたくないんだけど! といった雰囲気を醸し出しながら匙を受け取ると、勢いよく鍋を掻き混ぜ始めた。

私は笑いを堪えるのに苦労した。まだまだ可愛いものだ。