軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その7

違うんだ、そうじゃないんだと言いかけて、開いた口をそっと閉じた。

弁明しようとすればするほど墓穴を掘ってしまいそうだ。

ここはもう変に足掻くより、流れに身を任せたほうがいいのではないだろうか。

たった一晩でこれだけ中身が変わったのだから、明日になったら「こんなボロ屋、今すぐ出てってやる」と言いだしてもおかしくない。

その時のことを想像すると、少し寂しかった。子供が巣立っていく親はこんな気持ちなのだろうか? と思ったが、どうもしっくりこない。どちらかと言うと、保護した野生動物を野に返す感覚に近い気がする。

飯屋に着くと、昨日と同じように列に並び、クズ肉と野菜を挟んだパンを二つ注文した。

親父さんが「おつかれさん」と言って渡してくれたパンは、肉が大盛りになっていた。憎い心遣いである。

ラグナルはパンを手にした途端、きらきらとした瞳になって、昨晩よりもさらに早口で食前の祈りを捧げていた。ほんの数口でぺろりと平らげたあと、物足りなさそうにお腹をさする。体が大きくなったのだから、昨日と同じ量で足りないのは道理かもしれない。まだ半分も食べていなかった私のパンを分けようとしたが、断固拒否された。曰く――

「俺はイーリス姉ちゃんとの約束を破る気はない」

無駄にキリッとした顔で言われて、返す言葉がなかった。私は破棄したいんだよ……

仕方なく、ロフォカレへ向かう道中で、煮込み豆を包んで焼いたパンを四つ買った。二つずつ分けて袋に入れてもらう。これは比較的安価で栄養価が高くおまけにボリュームのある優れものだ。難点は足が早いこと……

龍涎石を出来るだけ高価で買いとってくれる店を探すつもりでいたが、もうこうなったら買い取ってくれさえすれば、どこでもいいやという気さえしてきた。

寂しくなる一方の懐具合を嘆きながら、袋を一つラグナルに渡す。

「四つ買ったから、半分こね。私はあとで食べるから先に食べてていいよ」

これなら半分この約束に抵触しまい。

ラグナルは眉を寄せて袋を見ながら言う。

「イーリス姉ちゃん、貧乏なんだろ? 俺に食わすためにこういう手を使うのはなしだ」

今日のラグナルはやはり一筋縄じゃいかない。

「ラグナルのためじゃないよ」

子供の俺にひもじい思いをさせたやつ、と宵闇の冴えた月に恨まれては困る。

「ラグナルは成長期なんだから、食べる量が違うのは当たり前でしょう。それに早く大きくなって稼いでくれるんだよね? なら食べなきゃ」

若干自分の首を締めた気もするが、そう言うとラグナルはやっと袋を受け取った。

……ラグナルって成長期って解釈でいいのかな? 自分で言っといてなんだか釈然としない。

昨晩のお祭り騒ぎが嘘のように街の様子はいつも通りに戻っていた。

討伐ギルドが大物を仕留めて皆が盛り上がる。なんて騒ぎはコールの森の近くにある、この街の人々は、皆何度も経験しているからだろう。

どれだけ盛り上がっても翌日にはいつもの営みが始まる。ちょっと道端に落ちているゴミが多いぐらいだ。

パンをかじるラグナルとのんびり歩き、ロフォカレに着いたとき、ちょうど道の反対側からやってくるノアの姿が見えた。

「おはよー」

と手を振るノアに軽く会釈して返す。

繋いだラグナルの手に力が篭った。苦手意識は抜けないままらしい。

「あれえ? ラグナル、なんか違う?」

ノアは目ざとくラグナルの変化に気づいた。

「今朝起きたら、こうなってて……」

「何それ。寝たら元に戻っちゃうの? なーんか拍子抜け」

もちろん寝たからではない。印が少しずつ解けているからだ。

きっとルツなら何か察するだろう。

だから今日、ルツに指摘されたら、昨晩体を洗う際に印の存在に気づいたと言おうと思っていたのだが……

「そういえばルツは?」

ノアの隣にいつもいる猛獣使いがいない。

「ワンドの修理。あれは本来、昨日みたいに魔術を放つ用じゃないからねえ」

印術に特化した魔術具だもんな。

「それにしても、ふうん。見た目はあんまり変わんないけど、中身は随分変わった感じだね」

にまにまと笑いながらラグナルを眺め回すノア。

「イーリス姉ちゃん、行こう」

ラグナルはそんなノアを無視して私の手を引く。

「と、思ったけどそんなに違わないかなぁ。イーリスの後ろに隠れてるのは、そのまんまだもんねえ」

ぴくり、とラグナルの肩が震えた。繋いだ手にはますます力が込められる。

「隠れてない!」

ラグナルはノアに向き直って睨みつけた。

「えー、本当にぃ?」

「イーリス姉ちゃん。許可を」

何の!? なんて聞くまでもない。黒魔法の使用許可を求めているのだ。

パチ、と音がして銀色の髪が揺れる。ラグナルはゆっくりと掌をノアに向けた。ノアはスタッフを構えて応戦態勢だ。って二人してなんで遣り合う気なのかな。

「無理無理! こんな街中で許可なんて絶対に出せません。ノア、子供を揶揄うのはやめて。ラグナル、オーガスタスのとこに行くよ」

繋いだままの手をひっぱるが、ラグナルはその場で足を踏ん張り動いてくれる気配がない。

こうなれば実力行使である。

私はラグナルを強引に抱え上げた。

思ったより重い。けど運べないほどではない。

「おいっ、イーリス姉ちゃん。降ろせよ!」

衆目の中で大立ち回りなんてされたら敵わない。私はラグナルを抱き上げたままギルドハウスに入った。とにかくノアと引き離そう。そう思ったのに……

「運ばれてやんのー。うける」

ぎゃはははと、なんだか聞き慣れた感のある声をあげてノアがロビーで笑い転げる。

ラグナルは腕の中でぷるぷると怒りに震えていた。

「ノア、なんでついてくるの!?」

「なんでって、僕、一応ここの所属なんだけど?」

そうでした。

「イーリス姉ちゃん。降ろして。もうあんな奴無視するから」

そういうラグナルの顔は怒りのためか真っ赤になっていた。目尻には涙まで浮かんでいる。

なにも泣くほど怒らなくても……

そっと床に下ろすと、ラグナルは袖で顔をこすった。それからようやく笑いが納まりつつあったノアに向けて、びしっと指をさす。

「お前、覚えてろよ! いつか絶対に後悔させてやるからな!」

プッとノアが吹き出した。

「すげえ。そんな完璧な捨て台詞、初めて聞いたかも」

……私もです。