作品タイトル不明
その14
――ラグナルは!? ラグナルはそこにいるの? 無事!?
喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込むと耳をすませる。どんな小さな声も聞き逃さないように。
「人数と怪我の具合を教えてくれ」
「さ、にん。俺はみ、ぎうでとあばら。足をやったやつには、酒を飲ませた。あと、もう一人は……意識がない」
三人。その言葉にぎゅっと胸が痛くなる。見えない手に臓腑を鷲掴みにされているようだ。何故なら今日ラグナルとともに遺跡に潜ったベレトの冒険者の人数が三人だったから……
「三人の中にラグナルはいるか?」
キーランが静かに問う。
「今は、はっ……いない」
――どういうこと!? 今はいないって! さっきまではいたの!?
痛みをこらえ、必死に状況を伝えてくれているのはわかる。それでも、もどかしくてたまらなかった。
「奥に縦穴がっ、そこに落ちた。絡繰人形と一緒に。何度も声をかけたんだ。だが、返事がねえ」
すうと頭から血が引いていく。奥に絡繰兵と落ちた?
「イーリス……」
ノアが振り帰り、私と自身をつないだロープを握りしめる。私が取り乱すのを危惧したのだろう。
「大丈夫」
ずっと心の中で唱えている言葉を口に出す。
「絶対に大丈夫」
だから取り乱して、場を混乱させたりしない。そう、想いを込めて茶色い瞳を見つめ返すと、ノアは無言で頷いた。
「縄を下ろして、一人ずつ、引き上げる。出来るか?」
キーランが声をかける。しばしの沈黙のあと「無理だ」と一言返ってきた。
「動けるのは、俺だけだが……左手は指が三本しか残って、ない」
ベレトの剣士たちが一斉に悲痛な顔を見せる。剣士としてはもう使い物にならないかもしれない。そう感じたのだろう。
「分かった」
キーランは腕を組んだ。その視線がベレトの冒険者たちに向けられる。誰を下ろして対処させるか考えているのだと分かった。
「キーラン、私が行く」
ベレトの冒険者を品定めするように見ていた双眸が私を捉えた。
「私ならこの中で一番軽いし、応急処置もできる。光玉も作れる。それに……ラグナルがもし幻を見ていたとしても、必ず正気に戻す」
本当のことを言えば、ルツの方が軽いかもしれないし、応急処置にも限度がある。光玉だって安定しない。ラグナルが、もしも幻に捉えられていたとして、正気に戻せるかどうかも分からない。
それでも私以上の適任者はいないはずだ。
キーランはじっと私を見据え、それから頷いた。
「イーリスを下ろす」
瞬間、腰に巻いたロープがピンと張った気がした。
ノアを振り向くと、彼はロープを手に足元を睨みつけていた。
「イーリスが行くのが一番いい。僕だってそう思うよ」
そう言うと赤い髪を両手でがしがしとかき回した。「あーーー」と絞り出すような声を出して、ふっと顔をあげる。
「けど、絶対に無茶はしないで。突っ走らないで、キーランの指示に従って」
「うん、私、生きるのに貪欲だから」
私は笑った。
役立たずだと罵られても、異母兄の婚約者ができても、故郷を追われても、どれだけ貧乏でも死にたいと思ったことはない。
どんなかたちでも生きていさえいれば、いいことはある。例えば、お饅頭が美味しかったり、風が気持ち良かったり、酒場で陽気なおっちゃんの面白い話が聞けたり、おかん体質な本当の兄より兄のような人に助けられたり、信頼できる仲間に出会えたり、好きなひとができたり……
たとえラグナルがベレトの冒険者よりもひどい怪我を負っていたとしても、生きてさえいてくれればいい。
「ラグナルを見つけて戻ってくる。だから絶対に引き上げてね」
「あったりまえだろ。大船に乗ったつもりでどうぞ」
ノアは軽口を叩くといつもの笑顔を見せた。
「ええ、皆でホルトンに帰りましょう」
「戻ったらベレトの奢りで思いっきり飲まねえとな」
ルツとウォーレスもまた、明るい笑顔を浮かべる。
「じゃあ行ってきます」
ロープに体をくぐらせ、私は穴の中に降りていった。
背にはこの一年、ロフォカレの仕事をするときは肌身離さず持っている応急処置用の荷物が入った袋。いつもと違うのは袋の口から白狐が顔を出している点だろうか。
ロープの反対の端は柱に括り付けられ、さらに幾人もの冒険者がしっかりと握っている。
穴の中はまったくの無のように感じられた。風もなければ水が流れる音もしない。ただ、土の壁がしっとりと湿り気を帯びており、ここを水が通ったのだとわかった。
「穴のすぐ上だ。速度落とせ。ゆっくりだ」
キーランの指示で降下の速度が落ちる。
「止めろ!」
私はぽっかりと口を開けた横穴に向かって手をふった。
「こんにちはー。迎えに来ました」
「……あんた」
私の顔を見て驚きをあらわにする。男は以前、酒場で絡んできた冒険者だった。