軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その2

ドンっという腹に響くような音で目を覚ましたのは、どこまでも広がる草原の大地に聳え立つホルトンの街壁が遠くに見えたころだった。

音から一拍遅れ、大地が揺れた。

皆は一斉に走らせていた馬を止め、怯え暴れようとする馬を落ち着かせる。

夜にも関わらず、無数の鳥の鳴き声が聞こえた。月の光の下、いくつもの鳥の群れが頭上を通り過ぎる。

リュンヌが遺跡を破壊したのだとすぐにわかった。

地下深くに巨大な建造物を作る技術も、光石を錬金する術も、そして狒々神を創りだす技も……古代の叡智はその罪とともに、土中に埋もれたのだ。

馬が落ちつくのを待って、私たちはホルトンに戻った。

街に近づくにつれ、出立するときに潜った南門の辺りがいつもより明るいのに気付く。いや南門だけではない、今は深夜といっていい時間なのに、ホルトンの街全体が明るい。

門を潜ってすぐに、その理由がわかった。平素の夜よりもずっと多く灯りが灯されている。その数は時間を追うごとに増えていく。

ホルトンの街の設立を祝う夏の祭りの夜、街は一日中昼のような喧騒に包まれる。冒険者も人夫も商売人も皆で踊り、ご馳走を食べ、酒を酌み交わし、変わらぬ街の繁栄を願う。小さな子供もこの日ばかりは夜更かしを許された。

まるでその祭りの夜のようだと思った。

しかし、戸口から顔を覗かせる人々の顔は、祭りの夜とは違い不安に染まり、聞こえるのは歓声ではなく、音と揺れの原因を探る声だ。

馬から降り、手綱を引いてロフォカレに向かう道中で、アガレスとバアルの冒険者の一団に出会った。手分けして遺跡を調べていた面々である。アガレスの巨躯の冒険者カーソンや、ノアが(勝手に)ライバル視する、ホルトン一と名高いバアルの魔術師ダンの姿も見える。

私たちに気付くと彼らは驚いた様子で駆け寄ってきた。

「無事だったか! キーラン!」

カーソンは松明を仲間に託すとキーランの背中をその丸太のような腕で叩いた。バンバンと痛そうな音が聞こえる。私なら背中を傷めること請け合いだが、キーランは平気そうだ。

「ウォーレス、ノア、ルツ、イーリス……とダークエルフの……。皆無事で何よりだ。見たところ大した怪我もなさそうだ」

キーランと並ぶ長身のダークエルフが、あの小さくあどけないラグナルと同一人物だとすぐに結びつかなかったようだ。無理もない。

彼らは私たちを探しに街を出るところだったらしい。

見れば皆、武装し、背には遺跡に潜る時に必要な荷を背負っている。鞍がついた馬も用意されていた。

カーソンの言うことには、夕飯前には戻る予定だったキーラン隊が帰ってこない、という情報はアガレスとバアルにすぐに伝わったらしい。当初は明日の朝から救助が派遣される予定だった。しかしあの遺跡に潜った経験のある彼らは、どうにも嫌な予感を覚えたという。これまで潜った遺跡と何かが違うと皆、肌で感じていたのだろう。冒険者は己の直感を大事にする。ベテランであるほどその傾向は強い。

一刻も早い救助が必要であると踏み、夜にも関わらず出立が決まったのだそうだ。有難い限りである。

「心配をかけてすまなかった。皆、この通り無事だ。礼に今度、奢らせてくれ」

キーランが頭を下げると、カーソンはまたその背を叩く。

「なに、持ちつ持たれつだ。早くロフォカレの御仁に顔を見せにいくといい。きっと心配している」

そう言うと、カーソンとダンのチームは、せっかく出立の用意をしたのだしもののついでだ、と周囲の見回りに出た。

道すがら、街の様子を観察する。「棚から物が落ちた」「壁の修理用に組んでいた足場が崩れた」などの声は耳にしたものの幸いなことに大きな被害はでていないようだった。

被害がほぼなく、次の揺れが来そうにない、と分かるとなぜか酒盛りに移行する。やれ口々に「廃坑が崩れたか」「どこかで魔法の実験に失敗したにちがいない」「ルーイが、女房に頭を鍋で殴られた音と、奴が尻餅をついた揺れさ」などと噂する。冒険者と人夫の街ホルトンらしい光景だった。

「お帰りなさい」

オーガスタスの執務室に続く扉を開けると、魔女リュンヌが出迎えた。

ソファに腰掛け優雅にお茶を楽しんでいる。

空になったカップにゼイヴィアが琥珀色の液体を注ぐ。その姿はなんだかとっても様になっている。

絵に描いたような、お嬢様と執事の図だった。

さっきまで遺跡潰しに勤しんでいたとはとても思えない。

というか、お戻りになるの早くないですか……

「お疲れ様。オーガスタスとはもう話をさせてもらったのだけど、あの遺跡は存在しなかったことになるわ。あなた達も早く忘れることね」

まあ、そうだろうな。

問題はアガレスとバアルにどう話をつけるかだが、オーガスタスとゼイヴィアが上手いことやるのだろう。

リュンヌは「さて」と言って湯気を立てるカップを置く。

「用も済んだし、私は失礼するわ」

立ち上がると、私の前に歩を進める。

「その前に聞かせて。ねえ、イーリス。自由になった今、あなたは幸せ?」

私は苦笑した。印の解除から一日も経っていないのに分かるはずがない。

悠久の時を生きるのに、リュンヌは随分と気が早い。

「まだまだ分かりません。今は幸せでも一年後には不幸だと思っているかもしれない。一年後には不幸だと思っていても、十年後には幸せかもしれない。だから、私が生を終える時に、答えを尋ねにきてくれませんか」

冗談交じりにそう提案する。

リュンヌは頷いた。

「それもそうね。その時を楽しみにしてるわ」

魔女は少女のように無邪気に微笑んだ。ふっとその姿が眼前から消える。

現れたのも突然なら、去るのも突然だ。

「幸せかどうか近くで見ているわ」なんて展開にならなくて本当に良かった。

「みな、ご苦労だったね。魔女の言う通り遺跡のことは忘れるように」

いつもどおり執務机に座るオーガスタスが穏やかな声で言う。

「街は無事なようだが、周囲に影響がないともかぎらんからね。被害の報告が上がるかも知れん。そうなれば忙しくなるよ。さあ、今日はもう休みなさい」

オーガスタスに促され、私たちはロフォカレを後にした。

いつもなら隣の酒場で食事をとってから解散になるのだが、今日はそんな気分にはなれない。

想像よりずっと弱いものだったとはいえ、支配され封じられていた力が顕現したのだ。体の変化に戸惑いがあったし、何より私にはやらなければならいことがあった。

私は皆と別れると、ラグナルと共に家路につく。

途中で買って歩きながら食べた串焼きが胃にしみた。

そういえば、小さなラグナルに二本しかなかった串焼きを食べられてしまったこともあったっけ。パンを咥えて、振り返ったラグナルの姿を思い出し、笑声が漏れる。

「どうした?」と尋ねるラグナルに、私は「なんでもない」と答えた。

家の前につくと、ラグナルが足を止める。

「また明日」

と言って去ろうとするラグナルの手を掴んだ。

私の中に流れる魔人の力は頼りない。けれど今ならできる気がするのだ。ラグナルの背にある印の解呪が。

「ラグナル、入って」

ラグナルが目を見張る。

「いや、しかし……」

「いいから!」

私は渋るラグナルを強引に家に押し込んだ。

戸を閉めると、肩にかけていた鞄を下ろす。

いつになく緊張していた。出来る、とは思うものの、ラートーンの支配が解かれて初めての解呪である。しかも力では比べようもないほどリュンヌに軍配が上がる。

もし失敗すれば、ラグナルはきっと失望するだろう。

「ラグナル……大丈夫、とは思うんだけど初めてだから上手く出来るかわからない。でも精一杯やるから! 服を脱いで、ベッドに横になって」

口早に告げる。

ラグナルの黒い瞳が限界まで見開かれた。

「本気……なのか?」

そう問う声はかすれていた。

「え……あ、あの、そんなに驚かなくても……。あ、いやならいいの。無理にとは全然言わないから」

一度解呪に失敗している身である。信用がないのは仕方ない。

簡単な解呪から段階を重ねて、ラグナルに安心してもらってからの方がいいだろう。

「ノアあたりで練習してからにするよ」

幸い彼の体には印がいっぱい刻まれている。ルツの許可をとって、古い印をいくつか解除させてもらおう。

我ながらいい案だと思ったのに、ラグナルの顔がみるみるこわばる。

褐色の指が伸び、私の腕を掴んだ。

「そんなこと、誰が許すか!」

――あ、あれ? 怒ってる?

「そ、そうだよね! 仲間を試験台にしようだなんてダメだよね!?」

まさかラグナルがノアのことでそんなに怒りを露わにするとは思わなかった。きっと遺跡の中で背中を預けあい、絆がうまれていたのだ。

しかしノアがダメとなると……

――蝸牛でも捕まえて、自分で印術かけて解いてみようかな。

そう思案していると、ラグナルが低く呟いた。

「黒魔法の使用許可を」

「え? どうして?」

「支度をする」

以前、ラグナルが家中の明かりをつけたことを思い出す。

刃で指を切らなければならないし、明るいにこしたことはない。

しかしなぜ急に解呪をやる気になったのだろう。

「無理しなくていいんだよ?」

「無理など……していない。むしろ待たされるほうが、苦しい。許可を」

私に任せるのも不安だが、それ以上に時の支配を受け続けるのは辛いのだろう。

「許可します」

明かりを点けるぐらいなら大して魔力も使わない。私は許可をだした。

その途端、勢いよく体が引き寄せられる。

気づいた時にはラグナルに抱きしめられていた。

「お願いだ。俺だけにしてくれ」

――え?

「俺はイーリスだけだと約束するから」

――は?

身じろぎも出来ないほどきつく私を抱きすくめていた腕がゆるむ。

かと思えば、ラグナルの顔が近づいて来る。

行く先々で月や星の光に例えられた銀の髪がさらりと流れる。深い漆黒の瞳には私だけが写っていた。

上から覆いかぶさるように近づいていた顔は、なぜか徐々に下がり、ついには目線が私と並ぶ。

うそ……でしょ……

「ラグナル、逆行してるー!!」