軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その19

「イーリス大丈夫? お顔が真っ青よ?」

あまり大丈夫じゃない。

祖先の醜聞に打ちのめされかけた。

「私はいくらでも待ってあげられるけど、彼らは待てるかしらね?」

リュンヌは口元に指をあて、婉然と笑う。

少女の姿形をしているが、今は見た目通りの年齢には見えない。

私は気持ちを切り替えて、眠る狒々神たちを見回した。

この数の狒々神に印術をかけて操る。

信じられないが、魔女が言うのだからできるのだろう。

支配が解ければ、少なくとも狒々神による襲撃は止められる。狒々神を使役できれば、出口を探すのも楽になるだろう。救助をまたず遺跡から脱出できる確率が大幅に高まる。

問題はそのあとだ。

ラートーンの力の及ばぬこの大陸で力を取り戻した私は、かつての先祖たちと同じ間違いを犯さないでおれるだろうか?

忌むべき力だと知っている。それと同時に甘美な力だとも分かっている。

『俺が止めてやる』

聞こえるはずのないラグナルの声が聞こえた気がした。

『力の使い方を誤らぬように、イーリスが後悔しないように。俺が止めてやる』

ああ、そうだ。彼はそう言って約束してくれた。

私は自分が信じられない。力を使わないでいられる自信がない。でも……

――ラグナルは信じられる。

「偉大なる西の大陸の魔女」

私は姿勢を正すとリュンヌを真正面から見据えた。

「東の大陸の魔人、ラートーンの支配を解いてください」

頭を下げる。

くすり、と頭上からリュンヌの笑声が聞こえた。

「イーリス・秋津。我が同胞ラートーンの血脈よ。そなたの願い、この西の魔女リュンヌが叶えよう」

リュンヌがそう告げると、臍が熱くなった。

イーが解呪を行う時、印がほのかに熱をもつことがある。じんわり暖かくなると評されるそれとは全く違う。まるで真っ赤な火かき棒を押し当てられたようだ。

灼熱の棒のようなリュンヌの力は無遠慮に皮膚を透過し、腹の中をかき回す。

――ご、強引すぎる

それは力尽くの解呪だった。

技術などない。ただ膨大な魔女の力で無理やり術を断ち切り、印を剥がしていく。

そういえば、ラグナルの印を見た時、思ったっけ。なんて力任せで繊細さの欠けらもない印術なんだろうと……

臍から焼けた金属の棒で内臓が引き抜かれるような、そんな感覚がどれほど続いただろうか。

ふと、熱が引いた。

こわばっていた体の力が抜け、膝からその場に崩れ落ちる。

いつのまにか止めていた息を大きく吐き出した。額から流れ落ちた汗が頰を伝い顎から滴りおちる。口の中がカラカラに乾いていた。

――解呪に同意していてもこれ……

もしも同意なく解呪が行われていたら、私は正気を失っていたかもしれない。

何度も大きく呼吸をすると、手をついて立ち上がった。

「おめでとう。これで貴女は自由よ」

ああ、これが魔人の力。

体の中を、血とともに流れる力は、さっきまでは確かに感じられなかったものだ。それがルツやノアの持つ魔力と同じものなのかどうか私にはわからない。

でも……なんというか……これ、思っていたようなものでは……ないような……

目を閉じてうちなるものを感じ取ろうとするが、どうも、なんというか、うまい言葉がみつからないが……。

――頼りない?

眉を寄せて考え込み、やっと言葉がみつかった。

そう、支配を解かれて得られた力は余りに頼りなかった。

とてもこれだけの数の狒々神を操れる気がしない。

「まずは実践ね」

リュンヌは弱気になる私の腕を引っ張ると、一体の狒々神の前に立たせた。

目を閉じ、静かに溶液の中に浮かぶ狒々神。

自信は少しもなかったけれど、まずはやってみなければわからない。というかやるしかない。皆を助けるために、やるしかないのだ。

私は掌を透明な容器に押し当てた。印術の勉強は碌にしてこなかった。けど、どうすればいいかわかる。

目を閉じて印を構築する。

髪を編むように面白いようにそれはできた。

目を開けると、目の前の狒々神の胸に紅い真円の印が刻まれていた。

「面白い印ねえ。東の古語とこの大陸の文字が混じってる」

知りうる限りの知識で編んだら自然とそうなった。

術を始動させる最後の一文字を狒々神に刻む。

その瞬間私はわかった。

ここで何が行われていたかを。

愕然とする。

そんなことが可能なはずがない。可能であってほしくない。

――たまたまこの個体がそうなのかも。

私は隣の狒々神の前に移り、同じように印術を施した。

その隣にも、その隣にも。

十数体の狒々神に印を施し、私は今度こそ悟った。

ここにいる全ての狒々神を支配下におけるはず、とリュンヌが断言するはずだ。

今なら私にも確実に支配できると言える。

逆に言えば、ここにいない狒々神は、きっと支配できない。

この狒々神たちには自我がなかった。

空っぽのただの器にすぎないのだ。

狒々神の前で呆然とする私の隣にリュンヌがやってくる。

「もうわかったかしら? ここはね、狒々神を作っていた所なのよ。魔獣と……を掛け合わせてね。口に出すのもおぞましい。許されざる所業だわ」

嗚咽がもれる……吐き気がした。

「地上にいるやつらは、ここから逃げ出した狒々神が長い時を経て意思を獲得したものよ。全ての施設を破壊したと思っていたのに、やっぱりまだ残っていたのね」

リュンヌは潰し損ねた施設を探して旅をしていたのかもしれない。ふと、そう思った。

そうとわかった以上、狒々神たちを使役するのは気がひけた。が、今は犠牲になってもらわねばならない。

私は目の前の狒々神に目を開けるよう、命をだした。