軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試行錯誤

「インクねぇ……」

頬に手を当てて首を傾げたのはアンネだった。

「そういや、帝国に送る文書に使うって言ってたぞ」

「へえ」

俺が言うと、アンネはあんまり良くない笑い方をした。

皇女殿下の笑みである。一見すると穏やかに微笑んでいるように見えるのだが、我々エイゾウ一家の面々は、あれが獣が獲物を見つけたときに見せるようなもの(実際に獣がそうするかはさておき)であると理解している。

「そう言えば最近、王国と帝国が急速に親交を深めているな」

なにせ極秘のインクで密書を交わそうとしているくらいだし。俺の持っている王家と皇帝の印が入った通行証にしてもそうだ。多分、マリウスやカミロが俺に言ってないだけで、なんだかんだ他にもあるに違いない。

アンネは今度はため息をついて続けた。

「私が〝ここ〟にいるからね」

「娘がいる国だから?」

「結論的にはそうね。私がここにいることは表沙汰にはされてないけれど」

アンネはパパっと自分が平らげた皿を重ねた。彼女は頭が冴えてくると機敏なのである。冴えてくるまでに時間がかかるだけで。

「でもお母様たちやお兄様お姉様は流石に知っている。そこで、私が人質として滞在してるから仕方なく王国に色々便宜を図ったりしているって筋書きにお父様がしてるんだと思うわ」

「なるほど」

「まあ、建前なだけだし、それは皆も分かってるでしょうけどね」

肩を竦めるアンネ。皇女殿下は色々と大変だ。

「よし、それじゃあ便宜を図ってくれている皇帝陛下のためにも、インクづくりを頑張らないとな」

そう言って、俺は空いた皿をまとめて席を立った。

昼食が終わって少し後、俺は鍛冶場で腕を組んでいた。他の家族は普通のナイフや剣を作るらしい。

工房の長ではあるが俺は少しの間、場所を借りているような形になった。

「さて、頑張るにしてもどうアプローチしたもんかな」

とりあえずは真っ当に愛用の鎚で金床に置いたカリオピウムをぶっ叩いてみたが、キィンと綺麗な澄んだ音が鍛冶場に響き渡るだけで終わった。

「まぁ無理か。でもおかしいな」

通常、金床に置いた硬いものを鎚でぶっ叩いて崩れたり、形を変えたりといったことがない場合、衝撃がモロに手に伝わってくるはずだ。

しかし、派手な音を立てたにしては、手には大した衝撃が来なかった。鍛冶仕事なのでチートの影響ということも考えられるが……。

試してみようと思い、俺はリケに手招きをする。

「リケ、ちょっとすまん」

「はい! なんでしょう?」

パタパタとリケが駆け寄ってきた。

「ちょっとこいつをなるべく強くぶっ叩いてみてくれ。手をやられない程度でいい」

「分かりました!」

リケは頷くと、鎚を構えて、思い切り振り下ろした。再びキィンと音が広がる。普段の製作でなら今の一撃でかなり形が変わっているはずだ。

だがやはり、金床の上にはさっきまでと寸分変わらぬ姿で、カリオピウムが鎮座ましましている。

「衝撃が少なすぎないか?」

「そうですね……」

俺がリケに尋ねると、彼女は頷いた。

「今、普通に硬い鋼なんかだと手がそこそこ痺れるくらいの強さで叩いたんですが、全然痛みもしびれもありません」

「だよな」

硬いくせに衝撃を吸収する性質がある。戦鎚には向いていないだろうが、防具ならさぞかし重宝されるだろう。

「衝撃を吸収するのに硬いとなると……」

俺はカリオピウムに目を凝らす。外から入ってくる光の一部を虹色に反射していて、魔力の量がどれくらいなのかがつかみにくいな。

「すまん、リディも来てくれるか」

餅は餅屋だ。魔力のことはリディに聞くに限る。彼女はすぐに駆け寄ってきた。

「どうしましたか?」

「こいつなんだが、魔力がどれくらいこもってるのか、俺にはわかりにくくて……」

「なるほど、失礼しますね」

リディは金床の上に置いたカリオピウムを手に取ってジッと見つめた。そしてすぐに、

「これはかなりの魔力が含まれていますね」

「やっぱり? それで硬いのに衝撃を吸収するのかな」

「おそらくはそうだと思います」

魔力を鉱物にこめると、硬さなどが一定を超えることがある。このカリオピウムも元はゴムのように弾力性がある物質のようだが、魔力をたんまり抱え込んでいるため、容易に壊せないほどの硬さを得たのだろう。

「2人ともありがとう。とりあえず普通に叩いて砕くのは無理って分かっただけでも収穫だよ」

俺が礼を言うと2人は「がんばってくださいね」と言って自分の作業に戻った。

「さて、となると魔力を抜きさるか、あるいは硬さを超えた衝撃を与えるか、か」

俺は再び腕を組む。ふと気づけば、自分の心の中に未知のものに対するワクワク感が芽生えてきている。

仕事に対する義務感と、楽しいと思う心の間で、俺は次の一手を考えるのだった。