軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝が来て

カリカリ、とドアを引っ掻く音で目が覚めた。はて、うちの子にそんな習慣あったかな、と思いながら体を起こす。

ヒヤリとした空気が背中を撫でて、ブルッと身を震わせる。そこらに置いてある上着を羽織って、扉の閂を開けるとドアを引っ掻いていた主が現れた。

朝早いということが分かっているのだろうか、吠え声を上げずに尻尾だけパタパタと振ってお利口さんだ。

「よしよし、えらいぞルーシー」

俺は小声でそう言いながら、昨晩は扉を開けっぱなしにしていたことを思い出した。それでルーシーが入ってきたんだな。

ルーシーはやはり大声を上げることなく、尻尾の速度をあげた。

うーん、これはキャット……いや、ドッグ……でもないな、ウルフドアの設置を考えたほうが良いだろうか。

しかし、今後この子はもっと大きくなるはずだ。森で見かけたことのある大人の狼の大きさを考えると、ドワーフやマリートたち、比較的身体の小さな種族なら余裕で入れるくらいの穴を開けないといけなくなる。

それはちょっと防犯上問題があるな。毎朝機嫌良く家の中を歩くルーシーの姿を見てみたいが、ちょっとそれは諦めたほうが良さそうだ。

ルーシーのお迎えで水を汲みに出る。家を出る前に、部屋の片隅を見てみた。扉を開けっぱなしにしていた理由が昨晩はそこにいて、出たければどうぞと開けっぱなしになっていたはずだから、気が向けばとっくにそこに姿はないはずだ。

しかし、そこにはすやすやと寝入っている狸の姿があった。もうすっかり安心しきっているのか、丸まらずにだらんと伸びきっている。野生が失われつつあるな。

まぁ、それならそれで問題は無い。狸が増えたくらいでうちの食糧事情が悪くなることはない。

根菜を含む野菜についてはカミロのところから仕入れるもののほうがまだ多いが、リディ渾身の畑が順調で最近はそっちで採れたものもかなり使っているし、肉は貯蔵に回す分も十分だからと、敢えて狩りに行かない週もあるくらいなのだ。

鍛冶屋の稼ぎが無くても、しばらくはもつのである。まぁ、それはのんびり暮らすという目標を達成しつつあるというよりは、ここで籠城できるようにという真逆の目的が占めつつあるのだが。

ともかく、新しくここで暮らすことになるかもしれないその姿を見て、俺はルーシーに向かって口に人差し指を当てた。それを見てルーシーは立ったまま尻尾を勢いよく振る。

俺とルーシーはなるべく足音を立てないよう、家の外へとそろりそろりと出て行った。

水汲みをクルルとルーシー、ハヤテと行ってきた。いつもの通りにつつがなく、であるが水の冷たさが若干ゆるんでいたような気がする。夏の盛りでも各所で水が湧いているからか、年中冷たいのは確かなのだが、冬の最中に行ったときよりはだいぶマシなように思えた。

とはいえ、 水(みず) 垢(ご) 離(り) でもないのに寒風の中を冷水に飛び込んでいく勇気はちょっと持てなかったし、身体を綺麗にするなら温泉もあるしで顔を洗うくらいに留めておいた。

娘達も同じ考えのようで、足をつけてパシャパシャと歩き回りはしたが、深いところへザブザブ水をかき分けて進んでいったりはしなかった。

「夕方、お母さん達に温泉に連れてって貰うんだぞ」

俺がそう言うと、娘達は小さく了解の声をあげた。

そんな水汲みが終わって、家に戻ってくると皆が目を覚ましてきていて(アンネはちょうど起きてきたところだったが)、いつもの朝の風景がそこにはある。

いつもと違うのは片隅に狸の姿があることだ。すっかり良くなったのか、身体を起こしてちょうどお座りの体勢で皆が朝の支度をしているのを、まん丸の目でぼんやりと見ている。

その狸は、俺が戻ってきたのに気がつくと、

「ぷきゅう」

と声を出した。一瞬、その狸の声だとは思わなかった。何の音だろう、と思ったのが正直なところだ。

それが狸の声だと分かったのは、再び彼(彼女?)が頭を上げて同じ声を出したからである。

「えっ、この子こんな声で鳴くの?」

「かわいい」

「確かにかわいいですね」

わっとうちの女性陣が狸の側に集まる。すると、狸は三度、

「ぷきゅう」

と声を出した。今度は頭を下げながらだ。俺にはそれがお礼を言ったように見えた。

いや、そう思ったのは俺だけではなかったらしい。

「今お礼した?」

「お礼したわね」

ディアナとアンネが言った。他の皆も頷いている。皆にもあれがお礼に見えたということだ。

しかし、このタイミングでお礼ということは……。

俺が考えたとおり、狸はぴょこんと身体を起こすと、扉のほうへ向かっていく。家の外へ出るほうだ。

慌ててサーミャが少し開いていたその扉を開け放ってやる。

狸は扉からゆっくりと外へと出て行く。ディアナが引き留めたそうにしているのが、後ろからでも分かる。

狸は最後に扉から家の中を覗き込むと、

「ぷきゅう」

そう頭を下げて、扉の向こうへ消えていった。